認知戦・認知バイアス・ストローマン論法──メディア、政治家、知識人が社会に及ぼす影響と対策【全7回・総合案内】
はじめに──私たちの判断は、本当に自分自身のものなのか
私たちは、自分の意思で情報を選び、自分の頭で考え、自分自身の判断によって意見を形成していると考えがちである。しかし、私たちが何に注目し、何を重要だと感じ、誰を信頼し、誰に怒りや不安を向けるかは、接触する情報の内容と提示方法から大きな影響を受けている。テレビや新聞がどの出来事を報道するか、政治家が社会問題をどのような言葉で説明するか、知識人や専門家が誰の発言を支持し、誰を批判するか、SNSのアルゴリズムがどの投稿を繰り返し表示するかによって、同じ出来事に対する私たちの認識は大きく変わり得る。さらに、生成AIによって文章、画像、音声、動画を容易に作成できる時代となり、情報が事実であるか、誰が発信したものであるかを判断することは、ますます難しくなっている。本連載では、現代の情報環境において人間の認知がどのような影響を受け、社会の分断や相互不信がどのように生じるのかを、認知戦、認知バイアス、ストローマン論法という三つの視点から考察する。
認知戦とは何か
認知戦とは、人間や集団の知覚、感情、記憶、信念、判断、意思決定、行動などへ働きかけ、攻撃や働きかけを行う主体にとって有利な状況を形成しようとする活動である。認知戦において利用されるのは、明白な虚偽情報だけではない。事実の一部分だけを強調すること、重要な背景を省略すること、同じ主張を繰り返すこと、感情を刺激する映像や言葉を使用すること、既存の社会的不満や対立を増幅することなども、人々の認知へ影響を与える手段となる。認知戦の目的は、特定の主張を信じさせることだけではない。何が事実であるか分からない状態をつくり、人々を情報疲労や無力感に陥らせ、政府、報道機関、専門家、選挙、科学、司法、さらには市民同士への信頼を弱めることも、その目的となり得る。社会の構成員が共通の事実に基づいて話し合えなくなり、互いを敵視する集団へ分断されれば、外部から強制されなくても、その社会の意思決定能力は内側から弱まっていくのである。
情報戦、心理戦、プロパガンダとの違い
認知戦は、情報戦、心理戦、プロパガンダなどと重なる部分を持つが、完全に同じ概念ではない。情報戦とは、情報の収集、利用、防護、妨害などを通じて、情報上の優位を獲得しようとする広範な活動である。心理戦は、対象者の感情、士気、態度、行動などへ影響を与える活動を中心とする。プロパガンダは、特定の思想、政策、組織、国家などに対する支持や反対を形成するため、情報や象徴を計画的に提示する活動である。これに対して認知戦は、人間が情報を知覚し、理解し、記憶し、判断する過程そのものを重要な対象とする。何を伝えるかだけでなく、情報を受け取った人が世界をどのように理解し、誰を信頼し、どのような選択を行うかにまで影響を及ぼそうとする点に特徴がある。
認知戦は戦場だけで行われるものではない
認知戦という言葉から、外国政府による情報工作や戦時中のプロパガンダを想像する人は多いであろう。実際、現代の安全保障において、認知領域は陸、海、空、宇宙、サイバー空間などと密接に関係する重要な領域となっている。しかし、人間の認知へ影響を与えようとする活動は、軍事や外交だけに存在するものではない。選挙で支持を獲得しようとする政治家、視聴率や購読者を増やそうとするメディア、政策への賛同を求める専門家や知識人、商品を販売する企業、注目を集めたいインフルエンサーなども、人々の関心、感情、判断、行動へ働きかけている。もちろん、政治的主張、説得、広告、広報をすべて認知戦と呼ぶことは適切ではない。民主主義社会では、自らの考えを示し、他者の理解や支持を求める行為は不可欠である。重要なのは、通常の説得と、事実の意図的な歪曲、発信主体の偽装、組織的な拡散、心理的弱点の悪用などを伴う操作的活動を区別することである。
認知戦という言葉を安易に使用する危険性
自分と異なる意見や、自分にとって不都合な批判を、十分な証拠もなく「認知戦」「プロパガンダ」「外国勢力による工作」と断定することには大きな危険がある。偏った情報が発信されたとしても、それが必ずしも計画的な認知戦であるとは限らない。発信者自身の思い込み、知識不足、取材時間の不足、編集上の制約、組織内の同調圧力などによって、意図せず偏りや誤りが生じる場合もある。明確な根拠を示さず、反対意見を認知戦として排除すれば、その断定自体がレッテル貼りや情報操作となり、社会の不信と分断を深める。本連載では、認知戦という言葉を気に入らない相手を攻撃するための道具として使用せず、誰が、どのような目的で、どのような方法を用い、どのような影響を生じさせているのかを、可能な限り検証可能な根拠に基づいて分析する。
認知バイアスとは何か
人間は、目の前に存在するすべての情報を、常に公平かつ正確に処理しているわけではない。限られた時間と認知能力の中で素早く判断するため、過去の経験、感情、既存の信念、所属集団の価値観、周囲の反応などを判断の手がかりとして利用している。この仕組みは、日常生活を効率的に送るために不可欠である一方、判断を一定の方向へ偏らせる場合がある。この認知上の偏りが、認知バイアスである。認知バイアスは、知識の不足した人や判断力の低い人だけが持つ欠点ではない。学歴、職業、社会的地位、政治的立場にかかわらず、すべての人に生じ得る人間の基本的な認知特性である。
私たちの判断を左右する代表的な認知バイアス
自分の考えに合う情報を積極的に集め、それに反する情報を軽視する傾向は「確証バイアス」と呼ばれる。強く印象に残った事件や映像を見た後、その出来事が実際以上に頻繁に起きていると判断する傾向は「利用可能性ヒューリスティック」と関係する。肩書や社会的地位を持つ人物の発言を、内容を十分に検証せず信頼する傾向は「権威バイアス」と呼ばれる。自分が所属する集団を好意的に評価し、異なる集団へ厳しい評価を下す傾向は「内集団バイアス」である。また、人間は同じ主張を繰り返し目にすると、証拠の強さとは関係なく、その情報を真実らしいと感じやすくなる。この「真実錯覚効果」は、同じ主張を大量かつ継続的に拡散する情報操作が効果を持つ理由の一つである。
認知バイアスを知ることで生じる新たな思い込み
認知バイアスについて学ぶ際に注意しなければならないのは、それを他者の愚かさを説明する道具として使用しないことである。自分と異なる意見を持つ人を「認知バイアスに支配されている」と決めつけながら、自分自身の判断は客観的であると思い込むなら、認知バイアスについて得た知識が、かえって自らの偏りを強化する。自分よりも他者の認知バイアスを容易に発見できる傾向は「バイアスの盲点」と呼ばれる。認知戦に対する最大の脆弱性の一つは、「操作されるのは他人であり、自分は真実を見抜いている」という確信である。認知バイアスの理解は、他者を見下したり分類したりするためではなく、自分自身の判断過程を点検するために用いる必要がある。
ストローマン論法とは何か
ストローマン論法とは、相手の実際の主張を正確に扱わず、単純化、誇張、歪曲した別の主張へ置き換え、その弱くされた主張を攻撃する論法である。日本語では「藁人形論法」とも呼ばれる。例えば、ある人物が「この政策を実施する前に、費用と副作用を慎重に検討すべきである」と述べたにもかかわらず、「この人物は問題を放置しようとしている」と批判する場合、実際の主張が別の主張へ置き換えられている可能性がある。相手が述べていない極端な主張をつくり、それを批判して勝利したように見せることができるため、ストローマン論法は政治討論、報道、SNS上の議論などで頻繁に用いられる。
切り取りが存在しない敵をつくる
ストローマン論法には、相手の主張を意図的に歪める場合と、十分に理解しないまま無意識に歪める場合がある。また、発言の一部分だけを切り取り、前後の文脈、条件、留保を省略することによっても、実質的なストローマンが形成される。現代の情報環境では、長い演説、論文、インタビューなどが、数十秒の動画や短い投稿へ編集されるため、元の主張が失われやすい。切り取られた発言を見た人々が原文を確認しないまま批判を拡散すれば、本人が実際には主張していない内容をめぐって社会的対立が拡大する。ストローマン論法が社会へ及ぼす最大の害は、単に議論の質を低下させることではなく、異なる立場の人々が互いの実際の考えを理解できなくなることである。
なぜ人は事実だけでは動かないのか
人間の判断は、事実や論理だけによって決まるものではない。恐怖、怒り、嫌悪、共感、誇り、正義感、帰属意識などの感情は、何に注意を向け、何を記憶し、どの情報を信じ、どのような行動を選択するかに大きな影響を与える。特に、強い怒りや恐怖を引き起こす情報は注目を集めやすく、SNS上でも共有されやすい。情報を発信する側にとって、正確で慎重な説明よりも、敵と味方を明確に分け、危機感を刺激する短い主張のほうが、多くの反応を獲得しやすいのである。しかし、情報によって感情が強く動かされたことは、その情報が重要である可能性を示しても、その内容が正しいことの証拠にはならない。
ナラティブが複雑な現実を単純化する
物語、すなわちナラティブも、人間の判断へ強い影響を与える。複雑な社会問題を理解するためには、多数の事実、異なる立場、歴史的背景、不確実性などを考慮する必要がある。しかし、「善良な市民と腐敗した権力」「抑圧された人々と悪意ある集団」「真実を語る少数者と真実を隠す専門家」といった単純な物語は、複雑な現実を理解しやすい形へ整理する。物語そのものが悪いわけではない。物語は、情報を理解し、記憶し、他者と共有するために重要である。問題は、物語に適合しない事実が無視され、登場人物が善と悪へ単純化され、その物語を疑う人まで敵として扱われることである。認知戦では、個別の虚偽情報以上に、長期的に維持されるナラティブが人々の世界観を形成する場合がある。
メディアは現実を報じるだけではない
メディアは、社会で起きている出来事を市民へ伝え、権力を監視し、公共的な議論を支える重要な役割を担っている。しかし、世界で発生するすべての出来事を報道することは不可能であるため、メディアは必ず、何を報道し、何を報道しないかを選択する。どの出来事を大きく扱うか、誰の発言を紹介するか、どの映像を使用するか、どの言葉を見出しに置くかによって、読者や視聴者が受け取る印象は変化する。個々の事実関係が正確であっても、選択と提示の方法によって、特定の見方が強調される可能性があるのである。
メディアの偏りは意図だけから生まれるのではない
メディアの偏りは、必ずしも記者や編集者による意図的な操作だけから生じるものではない。締切、取材資源、紙面や放送時間の制約、視聴率、広告収入、情報源との関係、組織文化など、複数の要因が報道内容へ影響を与える。注目を集める対立や失言は報道されやすい一方、長期的な政策分析や、対立を越えた地道な合意形成は報道されにくい。この構造が続けば、社会の現実そのものが対立と危機に満ちているように見える場合がある。本連載では、メディアを一括して敵視するのではなく、報道が現実を選択し、構成する仕組みを理解し、信頼できる報道を支えるために何が必要かを考える。
政治家の言葉は敵と味方をつくる
政治家には、複雑な政策を市民へ説明し、社会が進むべき方向を示し、異なる利害を調整する役割がある。一方で、選挙や政党間競争では、短く分かりやすい主張によって支持者を動員することが求められる。そのため、政治的な言葉は、ときに社会を「われわれ」と「彼ら」に分け、特定の集団を問題の原因として描き、反対意見を極端な主張へ置き換える。政治家が繰り返し使用するラベルや表現は、人々が政策や人物を評価する際の枠組みとなり得る。政治家による正当な説得と認知操作的な言説を区別するためには、自分が支持する政治家の発言に対しても、反対する政治家と同じ基準で事実確認を行わなければならない。
知識人と専門家はなぜ権威となり、なぜ誤るのか
現代社会では、医療、経済、安全保障、科学技術、法律などの複雑な問題を、市民一人ひとりが独力で検証することは困難であり、専門家の知識と助言は不可欠である。しかし、専門家も人間であり、認知バイアス、価値観、所属組織、政治的立場、利益関係などから完全に自由ではない。また、ある分野の専門家であることが、別の分野についても正しい判断を保証するわけではない。専門家の発言を評価する際には、肩書だけでなく、その発言が専門領域に属するか、どのような証拠に基づいているか、反対する研究や見解をどのように扱っているか、利益相反が開示されているかを確認する必要がある。専門家を無条件に信頼することと、専門家を全面的に拒絶することのいずれも、健全な判断とはいえない。
SNSと生成AIが変える情報環境
SNSは、誰もが情報を発信できる環境を生み出し、多様な声を社会へ届け、政府や既存メディアの誤りを市民が検証できる可能性を広げた。一方で、確認されていない情報、文脈を失った映像、感情的な批判なども、短時間で広範囲へ拡散されるようになった。SNSのアルゴリズムは、必ずしも最も正確で有益な情報を優先するわけではない。利用者の反応を集める情報が表示されやすいため、怒り、恐怖、対立を刺激する投稿が広がりやすい構造を持つ場合がある。さらに、生成AIの普及によって、文章、画像、音声、動画を低い費用で大量に生成できるようになり、本物らしい偽情報や、特定の集団へ最適化されたメッセージを作成することも容易になっている。今後は、「映像があるから事実である」「多くの人が共有しているから正しい」という判断基準が、ますます危険になる。
中国の認知戦を取り上げる理由
本連載では、中国による認知戦、情報操作、影響力工作を重要な分析対象として取り上げる。中国による台湾への認知戦、国際社会に対するナラティブ形成、統一戦線工作、SNSを含む情報空間での活動は、日本の安全保障と社会の意思決定にも関係する重要な問題である。中国の事例を除外すれば、東アジアで展開される認知戦の実態や、日本社会が直面するリスクを十分に理解することはできない。ただし、中国政府、中国共産党、軍、関係機関などによる活動と、中国人一般、中国社会、中国文化は明確に区別しなければならない。国家や組織による活動への批判を、民族や国籍を理由とする偏見へ転化させることは、それ自体が認知戦による分断を助長する結果となる。
中国・欧米・アジア・日本の事例から何を学ぶのか
認知戦や情報操作の形態は、それぞれの地域が持つ政治制度、歴史、文化、社会的対立、メディア環境によって異なる。中国による対外的な情報操作や台湾への認知戦に加え、ロシアによる欧米社会への情報干渉、米国の選挙と政治的分断、欧州による外国情報操作・干渉への対策などは、国家と社会が認知領域をどのように捉えているかを示す重要な事例である。アジアでは、台湾、韓国、フィリピン、シンガポール、インドなどにおいて、選挙、外交、安全保障、民族、宗教などに関する情報操作や偽情報への対策が進められている。日本でも、安全保障や外交をめぐる国外からの情報操作だけでなく、国内政治、災害、感染症、外国人政策、経済政策などをめぐって、未確認情報、切り取り、極端な主張が拡散される可能性がある。各国の事例を学ぶ目的は、特定の国だけを一方的に非難することではなく、それぞれの主体、目的、手段、拡散経路、社会的影響を比較し、日本社会の脆弱性と必要な対策を考えることである。
認知戦が社会に及ぼす本当の影響
認知戦の成功は、必ずしも大多数の人々に特定の虚偽を信じさせることではない。何が真実か分からないと感じさせ、社会の制度や他者への信頼を失わせることでも達成される。人々が、政府は常に嘘をついている、メディアはすべて操作されている、専門家は信用できない、反対意見を持つ市民は悪意を持っていると考えるようになれば、共通の事実に基づく社会的意思決定は困難になる。また、攻撃や非難を恐れた人々が発言を控えるようになれば、社会から多様な意見が失われる。表面的には一つの意見へ合意しているように見えても、実際には多くの人が沈黙しているだけかもしれない。異論が示されず、誤りが訂正されない社会は、重大な判断ミスを起こしやすいのである。
市民は被害者であると同時に増幅者にもなり得る
認知戦や情報操作は、強力な国家、政治家、メディア、巨大企業などだけによって成立するものではない。情報を受け取った市民が反応し、共有し、さらに他者へ伝えることによって、その影響は拡大する。強い怒りを感じた投稿を内容を確認せずに共有すること、反対する人物の失言だけを拡散すること、自分の集団に都合のよい誤情報を訂正しないことなどによって、一般の市民も結果的に偏った情報環境を形成する。善意や正義感があっても、情報操作への加担を防げるとは限らない。むしろ、社会を守りたい、不正を告発したいという強い思いが、行動を急がせ、慎重な確認を省略させる場合がある。認知戦への防御は、誰かに情報を管理してもらうことだけではなく、一人ひとりが情報の拡散者として責任を持つことから始まる。
偽情報対策が言論統制にならないために
偽情報や外国からの情報操作への対策は必要である。しかし、政府、メディア、専門家、プラットフォームなどが、何が真実で何が偽情報であるかを一方的に決定できる仕組みには危険も伴う。科学的知識や社会的理解は、新たな証拠によって修正される可能性を持つ。異論を排除することによって表面的な秩序を維持しても、誤りを訂正する機会まで失われれば、長期的には社会の信頼を損なう。したがって、偽情報対策には、透明性、検証可能性、異議申立ての機会、独立した監督、判断根拠の公開が必要である。また、明確な虚偽の事実と、価値判断、予測、風刺、少数意見を区別しなければならない。認知戦に強い社会とは、権力が情報を一元管理する社会ではなく、多様な意見が存在しながら、根拠の確認、誤りの訂正、発信者の説明責任が機能する社会である。
本連載の目的
本連載の目的は、読者に「誰が認知戦を行っているか」を安易に断定するための知識を提供することではない。認知戦、認知バイアス、ストローマン論法がどのように結びつき、人間の判断と社会の意思決定へ影響を与えるのかを理解することである。また、認知戦という概念そのものが、反対意見を排除するためのレッテルとして利用される危険についても検討する。外部からの情報操作を警戒すると同時に、自分自身の偏り、所属集団の思い込み、支持するメディアや政治家の発言にも批判的な視点を向けることが、本連載全体を貫く基本姿勢である。最終的には、偽情報を見抜く技術だけでなく、誤りを認め、相手の主張を正確に理解し、異なる立場の人々と対話を続けるための認知レジリエンスを育てることを目指す。
全7回の構成
第1回 認知戦とは何か──情報戦・心理戦との違いと認知バイアスの基本
第1回では、認知戦、情報戦、心理戦、プロパガンダ、偽情報、誤情報などの関連概念を整理し、それぞれの違いを明らかにする。また、人間の脳が情報を知覚し、意味づけ、判断する基本的な仕組み、主要な認知バイアス、ストローマン論法の構造について解説する。認知戦を理解するための基礎を築くとともに、通常の政治的説得、正当な批判、意見対立、誤報などを認知戦から区別するための視点を提示する。
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第2回 認知バイアスはなぜ人を動かすのか──感情・反復・物語による情報操作
第2回では、恐怖、怒り、嫌悪などの感情が、人間の注意、記憶、判断へ与える影響を扱う。また、繰り返された情報を真実らしく感じる仕組み、情報の提示方法によって印象を変えるフレーミング、社会が注目する論点を左右するアジェンダ設定、複雑な現実を単純な物語へ変えるナラティブの力について解説する。善意、正義感、被害者意識、集団への帰属意識が情報操作に利用される危険性についても考察する。
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第3回 メディア・政治家・知識人による認知戦──ストローマン論法と世論操作
第3回では、メディアが出来事を選択し、見出し、映像、解説などを通じて現実の見え方を構成する仕組みを検討する。また、政治家が用いるラベリング、二分法、恐怖訴求、論点ずらし、スケープゴート化、ストローマン論法を分析する。さらに、知識人や専門家の権威が市民の判断へ与える影響、専門外発言や利益相反の問題、SNS、インフルエンサー、生成AIによる世論形成について考察する。
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第4回 世界の認知戦事例──中国・欧米・アジア・日本の情報操作と分断
第4回では、中国、欧米、アジア、日本における認知戦と情報操作の事例を比較する。中国による台湾や国際社会に対する情報操作、統一戦線工作、対外的なナラティブ形成、日本社会と安全保障への影響を検討する。また、ロシアによる欧米社会への情報干渉、米国の選挙と政治的分断、欧州における対策、台湾、韓国、フィリピン、シンガポール、インドなどの情報環境、日本国内に見られる切り取り、同調圧力、場の空気、権威への依存などを扱う。各国を単純な善悪で評価せず、認知戦の主体、目的、手段、拡散経路、社会的影響を検証可能な根拠に基づいて分析する。
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第5回 認知戦が社会を壊す仕組み──分断・不信・沈黙が民主主義を弱らせる
第5回では、認知戦や認知バイアスが、民主主義と社会的信頼にどのような影響を与えるかを考察する。政府、報道、科学、司法、選挙などへの信頼が失われる過程、社会が敵と味方へ二分される仕組み、ストローマン論法によって対話が成立しなくなる状況、攻撃を恐れた人々が沈黙する危険性を分析する。また、市民自身が未確認情報を共有することによって、認知戦や社会的分断の増幅者になり得ることも検討する。
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第6回 認知戦への対策──偽情報と認知バイアスから判断力を守る方法
第6回では、認知戦、偽情報、認知バイアス、ストローマン論法への具体的な対策を提示する。個人が発信者、情報源、一次資料、証拠、文脈、反対証拠を確認する方法、感情的な情報へ反応する前に立ち止まる習慣、相手の主張を可能な限り合理的な形で理解するスティールマン論法などを紹介する。また、メディア、政治家、専門家に求められる説明責任、政府による偽情報対策が言論統制にならないための原則、学校、企業、行政におけるメディア・リテラシー教育について考察する。
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第7回 認知戦に負けない社会をつくる──チェックリストと認知バイアス自己点検
最終回では、連載全体を総括し、読者が学んだ知識を日常の情報行動へ生かすための実践方法を提示する。情報に接した際の確認チェックリスト、ストローマン論法を見破るための判定ワーク、自分自身の認知バイアスを振り返る自己点検、異なる意見を持つ人との対話を壊さないための原則などを扱う。認知戦に強い社会とは、誰も誤らない社会ではなく、誤りを発見し、訂正し、対話を続ける能力を持つ社会であることを示す。
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本連載を読むうえで大切にしたい三つの姿勢
第一に、発信者への好悪だけで情報の真偽を判断せず、発信内容と証拠を確認する姿勢が必要である。信頼しているメディア、政治家、専門家であっても誤る可能性があり、反対する人物が正しい情報を示す場合もある。誰が述べたかは情報を評価する材料の一つであるが、それだけで真偽を決めることはできない。自分が支持する側と反対する側に、同じ検証基準を適用することが重要である。
第二に、強い感情を抱いたときほど、即座に反応しない姿勢が必要である。怒りや恐怖を感じた情報は記憶に残りやすく、他者と共有したいという衝動を生じさせる。しかし、感情が強く動いたことは、その情報が正しいことの証拠ではない。共有や批判を行う前に、原文、前後の文脈、情報源、日付、反対証拠などを確認する必要がある。
第三に、自分自身の判断も誤り得ると認める知的謙虚さが必要である。認知戦や認知バイアスについて学ぶと、他者の誤りが目につきやすくなる。しかし、本当に重要なのは、他者を「操作された人」と見下すことではなく、自分がなぜ特定の情報を信じたいのか、なぜ特定の人物を疑いたいのかを問い続けることである。よりよい証拠に接したときに自分の考えを変えられることは、判断力の弱さではなく、認知的な強さである。
おわりに──認知を守ることは、対話を守ることである
認知戦に負けない社会とは、すべての人が同じ事実認識や価値観を持つ社会ではない。異なる経験、立場、価値観を持つ人々が、相手の主張を歪めることなく理解しようとし、共有できる事実を探し、必要であれば自分の判断を修正できる社会である。認知戦が標的とするのは、人々の頭の中だけではない。それは、人と人との信頼、社会制度への信頼、異なる意見を持つ者同士が対話できる関係である。相手を理解する前に敵と決めつけ、事実を確認する前に情報を共有し、自分の集団の誤りだけを見逃す社会では、外部から大規模な操作を受けなくても、分断と不信が拡大していく。
私たちは、情報の受け手であると同時に発信者でもある。一人ひとりが情報をどのように受け取り、どのような言葉で他者へ伝えるかによって、社会の情報環境は変化する。認知戦、認知バイアス、ストローマン論法について学ぶ目的は、議論で相手に勝つことでも、自分と異なる意見を持つ人を操作された存在として分類することでもない。自分自身の認知を守り、他者の尊厳を守り、事実に基づく対話が可能な社会を守ることである。本連載が、日々流れてくる情報に一度立ち止まり、「誰が、どのような根拠に基づいて発信しているのか」「何が強調され、何が省略されているのか」「なぜ私は、この情報を信じたい、あるいは否定したいと感じるのか」と問い直すきっかけになれば幸いである。
次回予告
次回は、「認知戦とは何か──情報戦・心理戦との違いと認知バイアスの基本」をテーマに、認知戦、情報戦、心理戦、プロパガンダ、偽情報などの違いを整理する。また、人間の脳が情報を知覚し、意味づけ、判断する仕組み、主要な認知バイアス、ストローマン論法の基本について、身近な事例を交えながら解説する。
参考文献・関連資料
European External Action Service. (n.d.). Information integrity and countering foreign information manipulation and interference.
Kahneman, D. (2011). Thinking, fast and slow. Farrar, Straus and Giroux.
カーネマン,D.(村井章子訳)(2012)『ファスト&スロー――あなたの意思はどのように決まるか?』早川書房.
Mercier, H., & Sperber, D. (2017). The enigma of reason. Harvard University Press.
NATO Allied Command Transformation. (n.d.). Cognitive warfare.
Tversky, A., & Kahneman, D. (1974). Judgment under uncertainty: Heuristics and biases. Science, 185(4157), 1124–1131.
防衛省「認知領域を含む情報戦への対応」