般若心経の実践方法──30分メンタルフィットネスと7日間プログラム

シエアする:

般若心経の実践方法──30分メンタルフィットネスと7日間プログラム

本記事は、全12回シリーズ「般若心経とメンタルヘルス──『空』『無所得』『心無罣礙』から学ぶ、苦しみに囚われない心のつくり方」の第11回である。

ここまで私たちは、般若心経を「理解する」ことを中心に進んできた。

観自在。

五蘊。

空。

色即是空・空即是色。

心無罣礙。

無有恐怖。

遠離一切顛倒夢想。

無所得。

そして、

不安。

怒り。

悲しみ。

喪失。

読経。

呼吸。

瞑想。

脳科学。

第10回までで、般若心経を思想、心理、身体、そして科学という複数の角度から見てきた。

しかし、般若心経には、

行深般若波羅蜜多時

とある。

「般若」を知識として知るだけではなく、「行」として生きるという方向が、経典の冒頭から示されている。

もちろん、ここで紹介する実践法を、そのまま伝統的な仏教修行と同一視することはできない。

また、以下の30分プログラムや7日間プログラムは、般若心経そのものに記載されている修行法でもない。

本シリーズで学んできた内容を、現代の日常生活で自分の心を観察するために使えるよう再構成した、

本シリーズ独自のセルフケア実践案

である。

目的は、

「般若心経を唱えれば悩みが消える」

ということではない。

不安があるとき。

怒っているとき。

悲しいとき。

考えが頭から離れないとき。

結果に執着しているとき。

その状態を無理に消そうとする前に、

自分の心に何が起きているのかを観るための時間をつくること

である。

第44章 聴く・唱える・読む──般若心経を日常に取り入れる方法

般若心経を実践すると聞くと、

「毎日座禅をしなければならない」

「長時間唱えなければならない」

と思うかもしれない。

しかし、日常生活へ取り入れる入口はいくつもある。

もっとも基本的なのは、

聴く。
唱える。
読む。

という三つである。

まず「聴く」

自分で唱えることに抵抗がある場合、まず読経を聴いてみる方法がある。

般若心経の意味をすべて理解していなくてもよい。

声。

呼吸。

間。

リズム。

音の重なり。

それらをそのまま聴く。

ここでの目的は、

「ありがたい気持ちにならなければならない」

ことではない。

落ち着く人もいる。

何も感じない人もいる。

宗教的な抵抗を感じる人もいるだろう。

どの反応が正しいということではない。

重要なのは、

聴いている自分に何が起きているかを観ること

である。

心が静かになった。

別のことを考えていた。

少し眠くなった。

なぜか悲しくなった。

何も変わらなかった。

それでよい。

「効果」を期待しすぎず、自分の反応を観察する。

それが最初の実践となる。

次に「唱える」

声に出すと、黙読とは違う経験になる。

呼吸する。

声を出す。

自分の声を聞く。

経文を追う。

一定のリズムを保つ。

途中で心がそれれば、また経文へ戻る。

第10回で考えたように、発声を伴う読経には、呼吸、注意、聴覚、リズムなど複数の要素が含まれる。

しかし、

「こう唱えれば自律神経が整う」

と決めつける必要はない。

まずは、

自分が無理なく唱えられる速度と声量

でよい。

大きな声である必要もない。

一巻唱え終わった後に、

「いま身体はどうなっているだろう」

と観てみる。

呼吸。

肩。

胸。

腹。

心拍。

気分。

その変化を評価せず確認する。

「読む」──意味へ戻る

三つ目は、読むことである。

読経では、言葉の意味を逐一考えず唱えることもある。

一方、ゆっくり読むと、

ある一語が突然、自分の経験と結びつくことがある。

例えば、

照見五蘊皆空

を読む。

「いま感じている不安も固定されたものではないのかもしれない」

と思う。

心無罣礙

を読む。

「いま自分の心には何が引っ掛かっているのだろう」

と考える。

無有恐怖

を読む。

「恐怖を消そうとするのではなく、恐怖との関係を変えるとはどういうことだろう」

と問い直す。

無所得

を読む。

「私は何を絶対に手に入れなければならないと思っているのだろう」

と観る。

読むことは、答えを得ることではない。

むしろ、

自分へ問いを返すこと

なのである。

一日一語でもよい

毎日、般若心経全文を読む必要はない。

今日は、

「観自在」。

明日は、

「色即是空」。

別の日には、

「心無罣礙」。

その一語だけを取り上げてもよい。

重要なのは量ではない。

日常生活の出来事と、般若心経の言葉を結びつけることである。

第45章 写経・歩行・就寝前──自分に合った実践を見つける

般若心経との向き合い方は、読経だけではない。

人によって、集中しやすい方法は違う。

声を出す方が合う人もいる。

静かに読む方がよい人もいる。

手を動かした方が落ち着く人もいる。

歩きながら考えた方がよい人もいる。

だから、

自分に合う方法を探す

ことが重要である。

写経──「速く答えを出す」ことから離れる

写経は、般若心経を一文字ずつ書き写す実践である。

現代の日常生活は非常に速い。

メール。

SNS。

会議。

ニュース。

通知。

次から次へ情報が入る。

その中で、経文を一文字ずつ書く。

急いで結論を出す必要はない。

美しい字を書く必要もない。

「うまく書かなければならない」

と思うと、それ自体が新しい執着になる。

一文字書く。

次の文字を書く。

間違えたら気づく。

また続ける。

写経をメンタルヘルスの観点から使うなら、

完成作品をつくることより、書いている間の自分を観ること

を重視してよい。

書きながら、心の動きを観る

写経中にも、さまざまな思考が起こる。

「字が下手だ」

「集中できない」

「時間がもったいない」

「早く終わらせたい」

そのとき、

「ああ、いま評価している」

と観る。

これも「観自在」の練習になる。

完璧に集中する必要はない。

心がそれる。

気づく。

戻る。

その繰り返しである。

歩行──身体を動かしながら「今」へ戻る

座って静かにすることが苦手な人もいる。

その場合、歩くことを使ってもよい。

ただし、交通量の多い場所や階段など、安全確保が必要な場所では内面への集中を優先しない。

安全な場所で、普通に歩く。

足が地面に触れる。

次の足が出る。

呼吸する。

周囲の音が聞こえる。

風を感じる。

その身体感覚へ注意を向ける。

そのうえで、一つだけ言葉を置く。

例えば、

観自在。

歩きながら、

「いま、自分には何が起きているか」

を見る。

あるいは、

色即是空。

目の前の景色も、季節も、自分の身体も変化していることを感じる。

歩行中に哲学的な結論を出す必要はない。

身体を使って、

「考えている自分」だけから少し離れる。

それでよい。

就寝前──一日を「解決」せず終える

夜、布団に入ってから考え事が始まることがある。

今日の失敗。

明日の仕事。

人間関係。

将来。

頭の中で問題解決が始まる。

しかし、夜中に考えても答えが出ない問題は多い。

そんなとき、般若心経全文を読まなくてもよい。

例えば、

心無罣礙

という一語だけを置く。

そして、

「今日、心に引っ掛かっているものは何だろう」

と考える。

答えが出たら、

「これは明日考える」

と区切る。

問題を解決するのではない。

今夜は、この問題を一度置く。

それも「手放す」練習になる。

第46章 30分般若心経メンタルフィットネス

ここから、本シリーズで学んできた内容を一つの30分実践へまとめる。

正式構成では、

呼吸
↓
聴く
↓
唱える
↓
観る
↓
手放す
↓
沈黙

という流れを採用する。

以下の時間配分は、日常で30分間実践できるよう、本稿で設計した一例である。

医学的治療プログラムではない。

「30分やれば効果が出る」という意味でもない。

時間は自分に合わせて短くしてよい。

0〜3分 呼吸──まず身体へ戻る

椅子に座る。

床に座ってもよい。

無理に姿勢を正す必要はない。

呼吸を操作しすぎず、

「吸っている」

「吐いている」

ことへ注意を向ける。

三分間。

何か考えが浮かんでもよい。

追い払わない。

ただ、

「考えていた」

と気づき、呼吸へ戻る。

呼吸を深くすることが苦しい人は、自然な呼吸のままでよい。

3〜8分 聴く──音へ注意を預ける

信頼できる般若心経の読誦音声を聴く。

五分程度を目安とする。

意味を分析しなくてよい。

声。

響き。

リズム。

間。

そこへ注意を向ける。

途中で別のことを考えていたら、

「いま考えていた」

と気づいて、再び音へ戻る。

目的は完璧な集中ではない。

それたことに気づくこと

も実践なのである。

8〜13分 唱える──声と呼吸を一つにする

次に、自分で般若心経を唱える。

声量は小さくてよい。

途中で息が苦しくなったら無理をしない。

人によって読経速度は違う。

全文が難しければ、一部でもよい。

ここでも、

「うまく唱えなければ」

という評価を手放す。

上手か下手かではない。

自分の声を聞く。

呼吸を感じる。

言葉が出ていく。

それを観る。

13〜20分 観る──いま自分に何が起きているか

ここから七分間、静かに自分を観る。

問いを一つずつ置く。

いま身体では何が起きているか。

胸。

肩。

腹。

顔。

呼吸。

いまどんな感情があるか。

不安。

怒り。

悲しみ。

安心。

疲れ。

何も感じない。

何でもよい。

いまどんな考えがあるか。

「明日が心配だ」

「あの人が許せない」

「自分はダメだ」

「早く終わらないかな」

その考えも否定しない。

ここで思い出すのは、

観自在。

変えようとする前に、観る。

20〜25分 手放す──なくすのではなく、握る力を緩める

次に、いま心にもっとも引っ掛かっているものを一つ選ぶ。

仕事。

人間関係。

不安。

失敗。

評価。

喪失。

何でもよい。

そして自分に問う。

「私はいま、何を絶対にこうでなければならないと思っているだろう。」

例えば、

「絶対に成功しなければならない」

「絶対に嫌われてはいけない」

「以前の状態に戻らなければならない」

「この不安を今すぐ消さなければならない」

かもしれない。

ここで「手放す」とは、

それを捨てることではない。

忘れることでもない。

諦めることでもない。

握っている手を、少しだけ緩める。

「成功したい。でも成功だけが自分ではない」

「大切な人を忘れない。でも悲しみだけが人生のすべてでもない」

「不安はある。でも不安が未来を決めているわけではない」

と置いてみる。

25〜30分 沈黙──答えを求めず、そのまま座る

最後の五分間は、何もしない。

経文も唱えない。

問題を分析しない。

答えを探さない。

ただ座る。

思考が出てきたら、

出てきたことに気づく。

また静かに戻る。

般若心経を理解しようとしなくてよい。

今日の問題を解決しなくてもよい。

五分間だけ、

何かを得ようとしない。

ここで「無所得」という言葉が、少し違って感じられるかもしれない。

30分プログラムの目的は「良い状態になること」ではない

この30分を行った後、

落ち着く日もある。

何も変わらない日もある。

逆に悲しみが出てくる日もあるかもしれない。

だから、

「30分やったのに落ち着かなかった」

を失敗としない。

このプログラムの目的は、

必ずリラックスすることではない。

いまの自分に気づく時間を確保すること

である。

ここでも、結果に執着しない。

「落ち着く」という結果を得るためだけに行えば、

「落ち着かなかった」という新しい苦しみが生まれる。

実践そのものを観る。

それでよい。

第47章 7日間プログラム前半──「観自在」から「色即是空」へ

次に、7日間の実践へ進む。

正式構成では、1〜3日目を、

「観自在」から「色即是空」へ

進む前半とする。

以下の各日の具体的ワークは、この構成を実践できる形へ本稿で展開したものである。

一日10〜20分程度でもよい。

全部できなくてもよい。

一週間で何かを「達成」するためのプログラムではない。

1日目 観自在──まず、自分の心を観る

今日の言葉

観自在

今日のテーマ

変えようとする前に観る。

実践

五分間、静かに座る。

次の三つを確認する。

身体。

感情。

思考。

例えば、

「肩が硬い」

「少し不安だ」

「明日の仕事を考えている」

と気づく。

それを変えない。

評価もしない。

ただ観る。

今日の問い

「いま、自分の中で何が起きているだろう。」

夜の振り返り

今日一日で、

感情に気づく前に反応してしまった場面はあったか。

逆に、

「いま怒っている」

「いま不安だ」

と気づけた場面はあったか。

2日目 五蘊──「私は不安だ」から「不安が生じている」へ

今日の言葉

色・受・想・行・識

今日のテーマ

経験を一つの塊にしない。

実践

今日、少し心が動いた出来事を一つ選ぶ。

その出来事について、

身体では何が起きたか。

どんな快・不快があったか。

どんな意味づけをしたか。

どんな反応や衝動が生じたか。

それらにどう気づいたか。

と分けてみる。

五蘊を現代心理学の五項目へ一対一で翻訳するのではない。

あくまで、

「恐怖」「怒り」「悲しみ」を巨大な一塊にしないための観察

として使う。

今日の問い

「これは私そのものなのか。それとも、いま私の中で起きている経験なのか。」

3日目 色即是空──変化しているものを見る

今日の言葉

色即是空 空即是色

今日のテーマ

現在を永久に固定しない。

実践

今日一日、

「変わったもの」

を三つ探す。

朝と夜の気分。

空の色。

身体の疲れ。

仕事の状況。

人との会話。

何でもよい。

さらに、

いま自分が、

「ずっとこのままだ」

と思っているものを一つ書く。

「この不安はずっと続く」

「この仕事しかない」

「私はもう変われない」

などである。

そして、

「本当に、未来まで完全に決まっているだろうか」

と問い直す。

今日の問い

「いまあるものを、私は固定されたものとして見ていないだろうか。」

第48章 7日間プログラム後半──「心無罣礙」から「無所得」へ

4〜7日目は、さらに心の「囚われ」へ入っていく。

心無罣礙。

無有恐怖。

遠離一切顛倒夢想。

無所得。

この四つを一日ずつ扱う。

4日目 心無罣礙──心の「引っ掛かり」を見つける

今日の言葉

心無罣礙

今日のテーマ

何が心を占領しているのかを見る。

実践

紙に一つ書く。

「いま一番、心に引っ掛かっていること」

仕事。

人間関係。

病気。

お金。

将来。

過去の失敗。

何でもよい。

次に、

「なぜこれが引っ掛かっているのか」

を見る。

失いたくない。

認められたい。

失敗したくない。

元に戻りたい。

答えが出なくてもよい。

今日の問い

「私は何を握りしめているのだろう。」

5日目 無有恐怖──恐怖があっても行動を選ぶ

今日の言葉

無罣礙故 無有恐怖

今日のテーマ

恐怖をゼロにしようとしない。

実践

いま怖いことを一つ選ぶ。

その恐怖について、

事実

と、

未来への予測

を分ける。

例えば、

事実:

「来週プレゼンテーションがある。」

予測:

「失敗して評価を失う。」

そして、

「恐怖があったままでも、今日できる一つの行動は何か」

を決める。

資料を10分確認する。

相談する。

予約を取る。

一通メールを書く。

小さくてよい。

今日の問い

「怖くなくなってから動こうとしていないだろうか。」

6日目 遠離一切顛倒夢想──事実と物語を分ける

今日の言葉

遠離一切顛倒夢想

今日のテーマ

頭の中の物語を現実そのものにしない。

実践

今日、心に強く浮かんだ考えを一つ選ぶ。

例えば、

「自分は評価されていない」

とする。

次に三つへ分ける。

事実

「今回の提案が採用されなかった。」

解釈

「上司は自分を評価していないのかもしれない。」

物語

「自分には能力がなく、この会社ではもう未来がない。」

こうして並べる。

今日の問い

「私はいま事実を見ているのか、それとも物語の中にいるのか。」

7日目 無所得──大切にしながら、握りしめすぎない

今日の言葉

以無所得故

今日のテーマ

目標と自己価値を分ける。

実践

いま最も得たいものを一つ書く。

昇進。

成功。

評価。

愛情。

お金。

健康。

資格。

何でもよい。

次に、

「それを得られなかったら、自分には価値がないと思っていないか」

と問う。

さらに、

その目標について、

自分が選べる行動

と、

自分だけでは決められない結果

を分ける。

最後に、

「結果を大切にしながら、結果だけに自分を預けないために、今日何をするか」

を一つ決める。

今日の問い

「私は目標を持っているのか。それとも目標に持たれているのか。」

7日間セルフチェックシート

7日間の最後に、次の項目を振り返る。

点数をつける必要はない。

「はい・少し・まだ難しい」程度でよい。

観る

感情が生じたとき、すぐ反応する前に「いま何が起きているか」と観る瞬間があったか。

五蘊

「私は不安だ」ではなく、「不安が生じている」と捉えられる瞬間があったか。

空

現在の状態を「ずっとこのまま」と固定せずに見られたか。

心無罣礙

自分の心に何が引っ掛かっているのか、一つでも言葉にできたか。

無有恐怖

恐怖がなくならなくても、小さな行動を一つ選べたか。

遠離一切顛倒夢想

事実と、自分の解釈・物語を区別できた場面があったか。

無所得

目標を大切にしながら、結果だけで自分の価値を決めないという感覚を少しでも持てたか。

最後に一つだけ書く。

「この7日間で、自分について気づいたことは何か。」

それが、このプログラムでもっとも重要な記録である。

7日間で「変わろう」としすぎない

ここで、大切なことがある。

この7日間プログラムを、

「一週間で不安をなくす」

「一週間で執着を手放す」

「一週間で心無罣礙になる」

ためのプログラムにしてはいけない。

それでは、

「変わらなければならない」

という新しい執着が始まる。

できない日があってよい。

忘れる日もある。

集中できない日もある。

怒ってしまう日もある。

反芻する日もある。

七日目になっても不安はある。

それでよい。

実践とは、

完璧な心をつくることではない。

気づかなかったものに、少し気づくこと。

そこから始まる。

実践を「自己管理の義務」にしない

現代人は、健康さえ「成果」にしやすい。

毎日瞑想しなければ。

毎日読経しなければ。

心を整えなければ。

感情をコントロールしなければ。

すると、セルフケアが新しい義務になる。

できなかった日は自己嫌悪する。

これでは本末転倒である。

般若心経をメンタルフィットネスとして使うなら、

実践そのものにも、

無所得

の視点が必要である。

今日は五分だけ。

今日は聴くだけ。

今日は何もしない。

それでもよい。

自分を追い込むためのプログラムではない。

自分を観るための余白をつくるプログラムなのである。

実践が苦しくなる場合は中止してよい

もう一つ重要な注意がある。

呼吸へ注意を向けること。

静かに座ること。

内面を観察すること。

こうした実践が、すべての人に適しているとは限らない。

トラウマ経験がある人などでは、内面へ注意を向けることで強い記憶や不安が生じる場合もある。

読経自体に宗教的抵抗を感じる人もいる。

その場合、

無理に続ける必要はない。

目を開ける。

立つ。

周囲を見る。

歩く。

人と話す。

実践を中止する。

必要なら専門家へ相談する。

「続けられない自分が悪い」と考えないこと

が重要である。

般若心経を精神医療の代わりにしない

本シリーズで繰り返している原則を、ここでも確認しておきたい。

30分プログラム。

7日間プログラム。

読経。

写経。

呼吸。

歩行。

沈黙。

これらは、あくまでセルフケアのための実践案である。

精神疾患の診断・治療プログラムではない。

強い抑うつ。

自殺念慮。

重度の不安。

PTSD。

解離症状。

精神病症状。

日常生活が著しく困難な状態。

そうした場合には、セルフケアだけで対処しようとせず、精神科・心療内科などの医療機関や、適切な心理専門職の支援を利用する必要がある。

般若心経を大切にすることと、医学を利用することは矛盾しない。

それぞれの役割を区別することが重要である。

第11回のまとめ

第11回では、ここまで学んできた般若心経を、日常生活へ落とし込んだ。

まず、

聴く。

唱える。

読む。

という三つの入口を考えた。

さらに、

写経。

歩行。

就寝前。

という実践へ広げた。

そして、

呼吸
↓
聴く
↓
唱える
↓
観る
↓
手放す
↓
沈黙

という30分般若心経メンタルフィットネスを提示した。

このプログラムの目的は、

心を空っぽにすることではない。

不安を消すことでもない。

悲しみをなくすことでもない。

いま自分に何が起きているのかを観る時間をつくること

である。

さらに7日間プログラムでは、

1日目 観自在──まず観る。

2日目 五蘊──経験を一つの塊にしない。

3日目 色即是空──現在を永久に固定しない。

4日目 心無罣礙──心の引っ掛かりを見る。

5日目 無有恐怖──恐怖があっても行動を選ぶ。

6日目 遠離一切顛倒夢想──事実と物語を分ける。

7日目 無所得──結果だけに自己価値を預けない。

という流れをつくった。

ここで一つ重要なことに気づく。

般若心経の実践とは、

特別な心の状態になることだけではない。

日常の中で、

「いま不安がある」

と気づく。

「自分は思い込みの中にいるかもしれない」

と気づく。

「この結果を握りしめすぎている」

と気づく。

そして、

ほんの少しだけ、別の行動を選ぶ。

それもまた「行」である。

ここまで来ると、本シリーズはいよいよ最終回へ進む。

最後に残っている言葉がある。

般若心経を締めくくる、

羯諦 羯諦
波羅羯諦
波羅僧羯諦
菩提薩婆訶

である。

「行け、行け、彼岸へ行け」

と訳されることの多い、この最後の真言をどう読むのか。

最終回では、全11回でたどってきた道をもう一度つなぎ直し、

仕事。

病気。

老い。

死別。

死への恐怖。

という人生の根源的な問題へ戻る。

そして、

苦しみのない人生ではなく、苦しみに囚われない人生

とは何なのか。

連載全体の答えを考える。

次回予告

第12回 「羯諦羯諦波羅羯諦」とは何か──般若心経が教える苦しみに囚われない生き方

最終回では、まず世界へ目を向ける。

欧米では、

MBSR。

MBCT。

ACT。

などを通して、仏教思想の一部と現代心理療法との対話が進んできた。

アジアでは、

ベトナム。

タイ。

インド。

韓国。

ネパール。

など、それぞれの文化の中で仏教的実践が受け継がれている。

日本には、

読経。

写経。

坐禅。

という長い実践の歴史がある。

ただし、ここでも般若心経と現代心理療法を同じものとはしない。

その違いを保ちながら、

人生の苦しみをどう見るかを考える。

仕事を失う。

人間関係が壊れる。

病気になる。

老いる。

大切な人を失う。

自分自身の死を意識する。

そうした人生の根源的な苦しみを、もう一度、

観自在。

五蘊皆空。

色即是空・空即是色。

無所得。

心無罣礙。

無有恐怖。

遠離一切顛倒夢想。

という流れから読み直す。

そして最後に、

羯諦 羯諦
波羅羯諦
波羅僧羯諦
菩提薩婆訶

へ戻る。

般若心経は、

「苦しみのない人生」を約束する経典なのか。

それとも、

苦しみがあっても、それでも歩いていくための智慧

なのか。

次回、全12回の結論へ進む。

連載全体の構成・総合案内はこちらへ
「般若心経とメンタルヘルス──『空』『無所得』『心無罣礙』から学ぶ、苦しみに囚われない心のつくり方【全12回・総合案内】」

参考文献・関連資料

般若心経・仏教思想

中村元・紀野一義(訳註)(1982)『般若心経・金剛般若経』岩波書店(岩波文庫)。

般若心経の「観自在」「五蘊」「空」「色即是空・空即是色」「無所得」「心無罣礙」「無有恐怖」「遠離一切顛倒夢想」など、本シリーズで扱ってきた主要概念を確認するための基本文献である。

佐々木閑(2014)『NHK「100分de名著」ブックス 般若心経』NHK出版。

般若心経の成立背景、大乗仏教における位置づけ、般若思想を理解するための参考資料である。

Thich Nhat Hanh. (2017). The other shore: A new translation of the Heart Sutra with commentaries. Parallax Press.

ティク・ナット・ハンによる般若心経の現代的英訳と解説である。般若心経を現代生活の中でどのように受け止めるかを考える際の参考となる。

84000: Translating the Words of the Buddha. The Heart of the Perfection of Wisdom, the Blessed Mother.

般若心経の英訳、序説、注釈、用語集などを収録する学術的オンライン資料である。

マインドフルネス・心理療法

Kabat-Zinn, J. (2013). Full catastrophe living: Using the wisdom of your body and mind to face stress, pain, and illness (Rev. ed.). Bantam Books.

現在の経験に注意を向ける現代的なマインドフルネス実践を理解する際の代表的文献である。ただし、本稿の30分・7日間プログラムをMBSRとして提示するものではない。

Segal, Z. V., Williams, J. M. G., & Teasdale, J. D. (2012). Mindfulness-based cognitive therapy for depression (2nd ed.). Guilford Press.

思考や感情を固定的な自己と同一視せず、「心に生じている経験」として観察する脱中心化を理解する際の参考となる。

Hayes, S. C., Strosahl, K. D., & Wilson, K. G. (2011). Acceptance and commitment therapy: The process and practice of mindful change (2nd ed.). Guilford Press.

不安や恐怖を完全に除去してから行動するのではなく、心理的経験が存在しながらも価値に沿った行動を選ぶという観点を理解する際の参考資料である。

Ho, C. Y. Y., Yu, B. C. L., & Mak, W. W. S. (2022). Nonattachment mediates the associations between mindfulness, well-being, and psychological distress: A meta-analytic structural equation modeling approach. Clinical Psychology Review, 95, 102175.

非執着とマインドフルネス、ウェルビーイング、心理的苦痛との関係を検討した研究である。本稿では、この心理学上のnonattachmentと般若心経の「無所得」を同一視していない。

※本稿で提示した「30分般若心経メンタルフィットネス」と「7日間プログラム」は、般若心経そのものに記載された伝統的修行法ではない。本シリーズで扱ってきた「観自在」「五蘊」「空」「色即是空」「心無罣礙」「無有恐怖」「遠離一切顛倒夢想」「無所得」を、現代の日常生活で振り返るために再構成したセルフケア実践案である。

また、これらは精神疾患の治療プログラムではなく、MBSR、MBCT、ACTなどの心理療法・心理的介入そのものでもない。

実践中に強い不安、フラッシュバック、解離感、著しい抑うつなどが生じる場合には無理に継続せず、必要に応じて医療機関や適切な心理専門職へ相談することが重要である。

ご感想、お問い合せ、ご要望等ありましたら下記フォームでお願いいたします。

投稿者プロフィール

市村 修一
市村 修一
【略 歴】
茨城県生まれ。
明治大学政治経済学部卒業。日米欧の企業、主に外資系企業でCFO、代表取締役社長を経験し、経営全般、経営戦略策定、人事、組織開発に深く関わる。その経験を活かし、激動の時代に卓越した人財の育成、組織開発の必要性が急務と痛感し独立。「挑戦・創造・変革」をキーワードに、日本企業、外資系企業と、幅広く人財・組織開発コンサルタントとして、特に、上級管理職育成、経営戦略策定、組織開発などの分野で研修、コンサルティング、講演活動等で活躍を経て、世界の人々のこころの支援を多言語多文化で行うグローバルスタートアップとして事業展開を目指す決意をする。

【背景】
2005年11月、 約10年連れ添った最愛の妻をがんで5年間の闘病の後亡くす。
翌年、伴侶との死別自助グループ「Good Grief Network」を共同設立。個別・グループ・グリーフカウンセリングを行う。映像を使用した自助カウンセリングを取り入れる。大きな成果を残し、それぞれの死別体験者は、新たな人生を歩み出す。
長年実践研究を妻とともにしてきた「いきるとは?」「人間学」「メンタルレジリエンス」「メンタルヘルス」「グリーフケア」をさらに学際的に実践研究を推し進め、多数の素晴らしい成果が生まれてきた。私自身がグローバルビジネスの世界で様々な体験をする中で思いを強くした社会課題解決の人生を賭ける決意をする。

株式会社レジクスレイ(Resixley Incorporated)を設立、創業者兼CEO
事業成長アクセラレーター

【専門領域】
・レジリエンス(精神的回復力) ・グリーフケア ・異文化理解 ・グローバル人財育成 
・東洋哲学・思想(人間学、経営哲学、経営戦略) ・組織文化・風土改革  ・人材・組織開発、キャリア開発
・イノベーション・グローバル・エコシステム形成支援

【主な著書/論文/プレス発表】
「グローバルビジネスパーソンのためのメンタルヘルスガイド」kindle版
「喪失の先にある共感: 異文化と紡ぐ癒しの物語」kindle版
「実践!情報・メディアリテラシー: Essential Skills for the Global Era」kindle版
「こころと共感の力: つながる時代を前向きに生きる知恵」kindle版
「未来を拓く英語習得革命: AIと異文化理解の新たな挑戦」kindle版
「グローバルビジネス成功の第一歩: 基礎から実践まで」Kindle版
「仕事と脳力開発-挫折また挫折そして希望へ-」(城野経済研究所)
「英語教育と脳力開発-受験直前一ヶ月前の戦略・戦術」(城野経済研究所)
「国際派就職ガイド」(三修社)
「セミナーニュース(私立幼稚園を支援する)」(日本経営教育研究所)

【主な研修実績】
・グローバルビジネスコミュニケーションスキルアップ ・リーダーシップ ・コーチング
・ファシリテーション ・ディベート ・プレゼンテーション ・問題解決
・グローバルキャリアモデル構築と実践 ・キャリア・デザインセミナー
・創造性開発 ・情報収集分析 ・プロジェクトマネジメント研修他
※上記、いずれもファシリテーション型ワークショップを基本に実施

【主なコンサルティング実績】
年次経営計画の作成。コスト削減計画作成・実施。適正在庫水準のコントロール・指導を遂行。人事総務部門では、インセンティブプログラムの開発・実施、人事評価システムの考案。リストラクチャリングの実施。サプライチェーン部門では、そのプロセス及びコスト構造の改善。ERPの導入に際しては、プロジェクトリーダーを務め、導入期限内にその導入。組織全般の企業風土・文化の改革を行う。

【主な講演実績】
産業構造変革時代に求められる人材
外資系企業で働くということ
外資系企業へのアプローチ
異文化理解力
経営の志
商いは感動だ!
品質は、タダで手に入る
利益は、タダで手に入る
共生の時代を創る-点から面へ、そして主流へ
幸せのコミュニケーション
古典に学ぶ人生
古典に学ぶ経営
論語と経営
論語と人生
安岡正篤先生から学んだこと
素読のすすめ
経営の突破口は儒学にあり
実践行動学として儒学に学ぶ!~今ここに美しく生きるために~
何のためにいきるのか~一人の女性の死を見つめて~
縁により縁に生きる
縁に生かされて~人は生きているのではなく生かされているのだ!~
看取ることによって手渡されるいのちのバトン
など
シエアする:
error: Content is protected !!