「色即是空・空即是色」とは何か──変化を受け入れる心と般若心経

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「色即是空・空即是色」とは何か──変化を受け入れる心と般若心経

本記事は、全12回シリーズ「般若心経とメンタルヘルス──『空』『無所得』『心無罣礙』から学ぶ、苦しみに囚われない心のつくり方」の第4回である。

前回は、般若心経最大のキーワードの一つである「空」を取り上げた。

空とは、「何も存在しない」という意味ではない。

身体も存在する。

感情も存在する。

人間関係も存在する。

仕事も存在する。

そして、私たち自身も存在している。

しかし、それらは最初から最後まで同じ姿のまま固定されているわけではない。

身体は変わる。

感情も変わる。

人間関係も変わる。

社会も変わる。

そして、「私はこういう人間である」という自己イメージさえ変化する。

前回は、このように物事を固定された実体として見ない視点から、「照見五蘊皆空」を考えた。

今回、般若心経はさらに核心へ入る。

色不異空 空不異色
色即是空 空即是色

般若心経の中でも、もっともよく知られている一節である。

とりわけ、

色即是空

という言葉は、仏教に詳しくない人でも一度は聞いたことがあるかもしれない。

しかし、ここで一つ重要な問題がある。

「色即是空」だけを取り出すと、

「この世界は結局、空しいものなのだ」

「何も確かなものはないのだから、何をしても意味がない」

という虚無的な理解へ向かうことがある。

だが、般若心経はそこで終わらない。

すぐに、

空即是色

と続く。

色は空であり、空は色である。

この往復を読むことが重要なのである。

第4回では、この二つの言葉を、単なる仏教の有名な標語としてではなく、

変化し続ける人生を、私たちはどのように生きるのか

という視点から考えていく。

第13章 「色即是空」──目の前の現実は固定されていない

まず、

色即是空

から考えよう。

前回触れたように、ここでいう「色」は、単なる色彩という意味ではない。

五蘊の最初にある「色」であり、物質的・身体的な側面を含む言葉である。

「色即是空」を非常に単純化して、

「物質は存在しない」

と理解するのは適切ではない。

目の前の机は存在する。

身体も存在する。

山も川も存在する。

人間関係や仕事も、私たちの生活の中で現実に存在している。

それらを「ないこと」にするのが空ではない。

重要なのは、

存在しているものを、固定された不変のものとして見ないこと

である。

身体は「ある」。しかし同じ身体ではない

私たちは、

「私の身体」

と言う。

それは間違いではない。

しかし、十年前の身体と現在の身体は同じだろうか。

子どもの頃の身体と、現在の身体は同じだろうか。

身長も変わった。

体重も変わった。

顔も変わった。

体力も変わった。

身体の使い方も変わった。

病気を経験した人なら、その前後で身体への感じ方そのものが変わっている場合もある。

つまり、

「身体がない」

のではない。

身体は確かに存在する。

しかし、

永遠に同じ状態で固定された身体があるわけではない。

そこに、「色即是空」を考える一つの入口がある。

「いまあるもの」は、ずっとこのままではない

これは身体だけの話ではない。

仕事もそうである。

現在の会社。

現在の役職。

現在の顧客。

現在の収入。

現在の職場の人間関係。

それらは、いま確かに存在している。

しかし、永遠に同じ形で続くとは限らない。

会社は変わる。

市場は変わる。

組織は変わる。

役割も変わる。

自分が会社を離れることもある。

人間関係も同じである。

いま親しい人との関係が、一生まったく同じ形で続くとは限らない。

子どもは成長する。

親は老いる。

友人との距離が変わることもある。

夫婦の関係も、年月とともに形を変える。

だからといって、

「どうせ変わるのだから、人を愛しても意味がない」

ということにはならない。

むしろ逆ではないだろうか。

変わるからこそ、いまある関係を大切にする。

そういう生き方も可能になる。

私たちは「現在」を「永遠」に変えてしまう

人間の心には、興味深い癖がある。

良い状態にあるときには、

「このまま続いてほしい」

と思う。

苦しい状態にあるときには、

「ずっとこのままだ」

と思う。

どちらの場合も、現在の状態を未来へ固定しようとしている。

例えば、仕事が順調である。

「この地位を失いたくない」

と思う。

人間関係が良好である。

「この関係は絶対に変わってほしくない」

と思う。

健康である。

「ずっと今の身体でいたい」

と思う。

反対に、失敗したときには、

「自分はこれからも失敗する」

と思う。

孤独なときには、

「私は一生孤独なのだ」

と思う。

強い不安に襲われると、

「この不安はいつまでも続く」

と感じる。

心は、「いま」を「永遠」に変換する。

しかし、「色即是空」は、その固定化に問いを投げかける。

本当に、ずっとこのままなのだろうか。

変化を知ることは、不安を増やすこともある

もちろん、

「すべては変わる」

と知れば、安心できるとは限らない。

むしろ怖くなることもある。

健康は変わる。

人間関係も変わる。

仕事も変わる。

愛する人との関係も、いつか形を変える。

それを考えれば、不安になるのは自然である。

だから、本シリーズでは、

「すべては無常なのだから平気でいなさい」

とは言わない。

そうではなく、

変化する世界の中で、変化しないことだけを安心の条件にしてしまうと、人間は非常に苦しくなる

という問題を考えたいのである。

第14章 「空即是色」──空だからこそ、世界は存在し変化する

般若心経は、

色即是空

だけでは終わらない。

続いて、

空即是色

と説く。

ここが非常に重要である。

もし「空」を単純に、

「何もない」

という意味に理解するなら、

「空即是色」

は非常に分かりにくくなる。

「何もないものが、なぜ色なのか」

ということになるからである。

前回から見てきたように、「空」を、

固定された独立した実体として存在しているわけではない

という方向から考えると、少し見え方が変わる。

物事が固定されていないからこそ、変化する。

さまざまな条件によって成り立っているからこそ、条件が変われば姿も変わる。

「空」は世界を消し去る言葉ではなく、

世界が関係の中で現れ、変わり続けていることを見る視点

として理解することができる。

固定されていないから、変われる

ここには、メンタルヘルスとの関係でも重要な示唆がある。

例えば、

「私は人前で話すのが苦手だ」

という人がいる。

もしそれが、

「私は生まれつき、永久に、人前では話せない人間である」

という固定された実体なら、変化の可能性はない。

しかし実際には、

経験する。

練習する。

支えてくれる人に出会う。

失敗する。

もう一度挑戦する。

そうした条件によって、人は変化することがある。

あるいは、

「私は人間関係が苦手だ」

と思っている人でも、すべての人間関係で同じではないかもしれない。

安心できる人とは話せる。

特定の状況では緊張する。

過去の経験の影響を受けている。

環境が変われば違う反応をする。

つまり、

「私はこういう人間だ」

という自己像も、条件との関係の中で現れている。

固定されていない。

だからこそ、変化する余地もある。

「空」は希望にもなり得る

「すべては変化する」

という言葉は、良いものを失う可能性を意味する。

その意味では怖い。

しかし同時に、

苦しい状態も固定されていない

ということでもある。

いま強い不安がある。

しかし、その不安の強さが一年後もまったく同じとは限らない。

いま自信を失っている。

しかし、その自己評価が永久に固定されているとは限らない。

いま人間関係に傷ついている。

しかし、今後のすべての人間関係が同じになるとは決まっていない。

いま仕事を失った。

しかし、「仕事を失った人」という一つの状態だけで、残りの人生がすべて決まるわけではない。

ここで注意したいのは、

「だからすぐ良くなる」

とは言えないことである。

般若心経を読めば人生が好転する、と約束することもできない。

しかし、

現在の苦しみを、その人の未来すべてにまで固定してしまわなくてもよい

とは言える。

それは、小さいが重要な違いである。

「空即是色」は現実から離れる教えではない

空という言葉には、どうしても「この世を超越する」といったイメージが付きまといやすい。

しかし、「空即是色」まで読むなら、私たちはもう一度、目の前の世界へ戻ってくる。

身体。

家族。

仕事。

病気。

老い。

喜び。

悲しみ。

人との出会い。

別れ。

それらの現実を離れたところに、空があるのではない。

変化し、関係し合いながら存在している、この現実のあり方そのものを見つめる。

そこに、「空即是色」を考える意味がある。

だから般若心経は、

「現実などどうでもよい」

とは言わない。

むしろ、現実をより深く見るための問いを投げかけている。

第15章 変化を拒む心は、なぜ苦しみを大きくするのか

人生には痛みがある。

病気になる。

人から拒絶される。

仕事を失う。

大切な人と別れる。

老いる。

死を意識する。

それらの痛みを、すべて心の持ち方だけでなくすことはできない。

ここは非常に重要である。

本シリーズでは、

「苦しむのは、あなたが執着しているからだ」

という単純な説明はしない。

人間である以上、傷つく。

愛していれば、別れは痛い。

身体を大切にしていれば、病気は怖い。

仕事に力を注いでいれば、失敗は悔しい。

それは自然なことである。

しかし、もともとの痛みに加えて、

「こんなことは起きてはならなかった」
「絶対に元に戻らなければならない」
「私はこの変化を受け入れてはいけない」

という強い抵抗が重なることで、苦しみがさらに大きくなる場合がある。

「起きたこと」と「起きてはならなかった」は違う

例えば、職場で異動になったとする。

望んでいない異動だった。

残念である。

不安になる。

腹が立つこともあるだろう。

これが最初の痛みである。

そこへ、

「自分が異動になるなど絶対におかしい」

「以前の部署に戻らなければ人生は終わりだ」

「この状況では絶対に幸せになれない」

という考えが重なることがある。

すると、実際の異動という出来事だけではなく、

現実と、自分が望んでいた現実とのずれ

にも苦しむことになる。

もちろん、不当な異動なら異議を唱えてよい。

改善できることには働きかけるべきである。

受け入れることは、黙って従うことではない。

ここでいう「変化を受け入れる」とは、

すでに起きている事実を、「起きていないこと」にしようとし続けない

という意味である。

そのうえで、

何を変えられるか。

何を変えられないか。

次に何をするか。

を考える。

受容と諦めは違う

「受け入れる」という言葉には、

「諦める」

という印象がある。

しかし、この二つは必ずしも同じではない。

病気になった。

「病気になっていないことにする」のは受容ではない。

診断を受ける。

必要な治療を受ける。

生活を調整する。

不安や悔しさも認める。

そのうえで、現在の条件の中で生きる方法を探す。

それが受容の一つの形である。

仕事で失敗した。

失敗を認める。

原因を確認する。

謝罪すべきなら謝罪する。

改善する。

そして、

「失敗など存在しなかった」

とも、

「一度失敗した自分には価値がない」

とも考えない。

現実を見ることと、自己否定することは違う。

「元に戻ること」だけが回復ではない

人生には、元に戻れない変化がある。

年齢は戻らない。

過ぎた時間は戻らない。

取り返せない失敗もある。

そして、大切な人との死別のように、以前と同じ世界には戻れない経験もある。

そのようなとき、

「元の状態に戻らなければ回復ではない」

と考えると、人は二重に苦しむことがある。

悲しみそのもの。

そして、

「以前の自分に戻れない自分はダメだ」

という苦しみである。

しかし、人生における回復は、必ずしも「元通り」だけを意味しない。

以前とは違う人生になる。

以前とは違う自分になる。

失ったものを忘れるのではなく、その記憶を抱えたまま生きる。

傷がなかった自分に戻るのではなく、傷を持つ自分として新しい生活をつくる。

「空」という視点は、

以前と同じ形でなければ人生には価値がない

という固定観念を緩める可能性を持っている。

痛みを消すのではなく、痛みとの関係を変える

ここに、本シリーズ全体を貫くテーマが見えてくる。

般若心経から、

「悲しみをなくす方法」

を直接導くのではない。

「怖くなくなる方法」

を約束するのでもない。

悲しみがありながら、生きる。

不安がありながら、一歩を踏み出す。

変化が怖くても、その変化の中で次の行動を選ぶ。

この、

苦しみとの関係を変える

という問題が重要なのである。

第16章 仕事・人間関係・病気・老いを「空」から考える

ここまで、「色即是空・空即是色」を思想として考えてきた。

しかし、般若心経が現代の私たちに何かを問いかけるとすれば、それは日常生活の中でこそ意味を持つ。

そこで最後に、

仕事。

人間関係。

病気。

老い。

という四つの現実から考えてみたい。

仕事──肩書きと自分は同じではない

現代社会では、仕事が自己イメージの大きな部分を占める。

「私は部長である」

「私は経営者である」

「私は専門家である」

「私はこの会社の人間である」

肩書きや職業は重要である。

長年努力して得た役割なら、誇りを持って当然である。

しかし、その役割を、

自分そのもの

にしてしまうと、役割を失うことが自分の存在を失うことと同じになってしまう。

退職。

異動。

降格。

失業。

事業の失敗。

それらによって、

「もう自分には価値がない」

と感じることがある。

しかし、

「役職が変わった」

ことと、

「人間としての自分が消えた」

ことは同じではない。

役割は変わる。

だからこそ、新しい役割が生まれることもある。

これまでの経験が、別の場所で意味を持つこともある。

「空」とは、仕事を軽視することではない。

仕事を大切にしながら、仕事だけに自己の全価値を固定しない

という視点である。

人間関係──変わるからこそ、大切にする

人間関係ほど、私たちを幸せにもし、苦しませもするものは少ない。

愛されたい。

認められたい。

つながっていたい。

それは自然な願いである。

しかし、

「この人は絶対に変わらない」

「この関係は絶対に終わらない」

「この人は、ずっと私が望む形で私を愛してくれる」

と考えれば、現実とのずれが生じる。

人は変わる。

自分も変わる。

関係も変わる。

だからといって、

「人に執着してはいけない」

と切り捨てる必要はない。

むしろ、

変化する存在同士だからこそ、いま目の前にいる人を大切にする

という方向へ読むこともできる。

永遠であることが愛の条件なのではない。

変化し、いつか別れが訪れる可能性があるからこそ、現在の関係には重みがある。

病気──「病気になった自分」と「病気だけの自分」は違う

病気になると、世界の見え方が大きく変わることがある。

それまでできていたことができなくなる。

将来が不安になる。

検査結果に一喜一憂する。

「なぜ自分なのか」

と思う。

その苦しみを、

「すべては空なのだから気にしなくてよい」

と片づけることはできない。

本シリーズは、そうした使い方を明確に否定する。

病気は現実である。

必要な医療も現実である。

恐怖も現実である。

そのうえで、

「自分は病気になった」

と、

「自分は病気そのものになった」

を区別する余地はある。

病気が生活の非常に大きな部分を占めることはある。

しかし、人間にはそれ以外の側面もある。

人との関係。

記憶。

好きなもの。

価値観。

その日の小さな喜び。

病気を軽視するのではなく、

病気だけで自分の全存在を定義しない

ということである。

また、般若心経や瞑想、読経を医療の代わりにしてはならない。

必要な診断や治療を受けたうえで、心のあり方を考える。

この線引きは、本シリーズ全体で守るべき原則である。

老い──失うだけの時間なのか

老いは、人間が避けることのできない大きな変化である。

体力が落ちる。

視力や聴力が変わる。

若い頃と同じようには動けなくなる。

仕事上の立場が変わる。

周囲の人を見送ることも増える。

老いには、確かに喪失がある。

だから、

「老いも空だから気にする必要はない」

とは言えない。

しかし、老いを、

「若さを失っていくだけの過程」

と固定してしまう必要もない。

若い頃には見えなかったものが見えることもある。

経験によって判断の仕方が変わる。

人との関係の持ち方が変わる。

何を大切にするかが変化する。

できなくなることがある一方、別の形でできることもある。

ここでも、

「若かった頃の自分だけが本当の自分である」

という固定化を緩めることが重要になる。

現在の身体で。

現在の年齢で。

現在の条件の中で。

どのように生きるのか。

「空即是色」は、私たちを抽象的な「空」の世界へ連れていったままにはしない。

再び、いまここにある身体と人生へ戻してくるのである。

「変わってほしくないもの」を一つ観てみる

今回の小さな実践として、

「自分が絶対に変わってほしくないと思っているもの」

を一つ考えてみたい。

健康かもしれない。

仕事かもしれない。

収入かもしれない。

役職かもしれない。

家族との関係かもしれない。

自分の能力かもしれない。

外見や若さかもしれない。

まず、

「私は、これが変わることを怖がっている」

と認める。

怖がってはいけない、とは考えない。

次に問いかける。

「私は、それが変わる可能性まで否定しようとしていないだろうか。」

さらに、

「もし形が変わったとしても、残るもの、新しく生まれるものは本当に何もないだろうか。」

答えを急ぐ必要はない。

ここでの目的は、

「変化を歓迎しなければならない」

と自分に命じることではない。

変化が怖い自分を観ながら、

変化することと、すべてが終わることは同じなのか

を問い直すことである。

変化を受け入れるとは、「何でも受け入れる」ことではない

最後に、もう一つ重要な点を確認しておきたい。

「変化を受け入れる」という言葉を、

「理不尽なことにも黙って耐える」

「改善できる問題にも何もしない」

「不正や暴力を受けても受け入れる」

という意味にしてはならない。

変えられるものには働きかける。

危険からは離れる。

不当な扱いには声を上げる。

治療できる病気なら治療する。

改善できる職場なら改善する。

終わらせるべき関係なら、終わらせる選択もある。

「空」や「受容」を、人を無力にするための言葉にしてはならない。

大切なのは、

現実を現実として見たうえで、どのように行動するかを選ぶこと

である。

それは、何もしないこととは違う。

むしろ、現実を否定するために使っていた力を、次の行動へ向けることでもある。

第4回のまとめ

第4回では、

色不異空 空不異色
色即是空 空即是色

という般若心経を代表する一節を、人生の変化という視点から考えた。

「色即是空」とは、

目の前のものが存在しない、

という意味ではない。

身体も存在する。

仕事も存在する。

人間関係も存在する。

病気も現実である。

老いも現実である。

しかし、それらは固定され、永遠に同じ姿を保つものではない。

そして、般若心経は、

「色即是空」

だけで止まらない。

空即是色

と続く。

固定されたものではないからこそ、世界は変化する。

条件が変われば、現れ方も変わる。

自分も変わる。

苦しい状態も、それだけが未来すべてを決定する固定物ではない。

だから、「空」は虚無主義だけを意味するものではない。

むしろ、

変化する世界を、変化する世界として生きる智慧

として読むことができる。

そして、人間の苦しみを考えるうえで重要なのは、

変化そのものだけではない。

変化する現実に対して、

「絶対に変わってはならない」

「元に戻らなければならない」

と心が強く抵抗するとき、もともとの痛みに別の苦しみが加わることがある。

だからといって、悲しみを消す必要はない。

不安を否定する必要もない。

変えられることを諦める必要もない。

大切なのは、

変化を否定することと、変化の中で自分が何を選ぶかを分けること

である。

ここまで、私たちは、

観自在。

五蘊。

空。

色即是空・空即是色。

という流れをたどってきた。

しかし、もう一つ大きな問題が残っている。

私たちは、そもそも目の前の出来事を、そのまま見ているのだろうか。

それとも、

自分の過去。

期待。

思い込み。

認知の癖。

によって解釈された世界を見ているのだろうか。

次回から、般若心経と現代の認知心理学との対話へ入っていく。

次回予告

第5回 般若心経と認知心理学──反芻思考・認知バイアスから心を解放する方法

同じ出来事が起きても、人によって感じ方は異なる。

同じ一言を聞いても、

「励まされた」

と感じる人もいれば、

「批判された」

と感じる人もいる。

私たちは、現実そのものを見ているのだろうか。

それとも、現実について自分が行った「解釈」に苦しんでいることがあるのだろうか。

第5回では、

五蘊と認知心理学。

自動思考。

認知バイアス。

反芻思考。

認知療法。

ACT。

認知的脱フュージョン。

脱中心化。

などを取り上げる。

ただし、般若心経と現代心理療法を同じものとして扱うのではない。

両者の違いを保ったまま、

「考えていること」と「事実」は同じなのか

という問いを中心に、人間が自分の思考に囚われる仕組みを考えていく。

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「般若心経とメンタルヘルス──『空』『無所得』『心無罣礙』から学ぶ、苦しみに囚われない心のつくり方【全12回・総合案内】」

参考文献・関連資料

般若心経・仏教思想

中村元・紀野一義(訳註)(1982)『般若心経・金剛般若経』岩波書店(岩波文庫)。

般若心経を理解するうえでの基本文献の一つである。「空」「色即是空・空即是色」などの主要概念について、漢訳と原典を参照しながら考えるための基礎資料となる。

佐々木閑(2014)『NHK「100分de名著」ブックス 般若心経』NHK出版。

般若心経の成立背景、大乗仏教における位置づけ、「空」「色即是空」などの思想を一般読者が理解するうえで参考となる。

Thich Nhat Hanh. (2017). The other shore: A new translation of the Heart Sutra with commentaries. Parallax Press.

ティク・ナット・ハンによる般若心経の現代的英訳と解説である。物事を孤立した固定的存在として捉えるのではなく、関係性の中で考える視点を理解する際の参考資料となる。

84000: Translating the Words of the Buddha. The Heart of the Perfection of Wisdom, the Blessed Mother.

チベット大蔵経に伝わる般若心経の英訳、序説、注釈、用語集を収録する資料である。般若心経の思想をより学術的に確認したい場合の参考となる。

マインドフルネス・心理療法

Kabat-Zinn, J. (2013). Full catastrophe living: Using the wisdom of your body and mind to face stress, pain, and illness (Rev. ed.). Bantam Books.

ストレス、痛み、病気など、必ずしも自分の意思だけでは取り除くことのできない経験との向き合い方を考える際の代表的資料である。ただし、本稿ではMBSRと般若心経を同一視していない。

Segal, Z. V., Williams, J. M. G., & Teasdale, J. D. (2012). Mindfulness-based cognitive therapy for depression (2nd ed.). Guilford Press.

思考や感情を固定的な自己と同一視しない「脱中心化」を考えるうえで参考となる。第5回では、認知心理学との関係からさらに詳しく扱う。

Hayes, S. C., Strosahl, K. D., & Wilson, K. G. (2011). Acceptance and commitment therapy: The process and practice of mindful change (2nd ed.). Guilford Press.

Acceptance and Commitment Therapy(ACT)の代表的文献である。心理的経験を無理に除去するのではなく、その経験との関係を変えながら価値に沿った行動を選ぶという観点について、第5回以降で般若思想との相違点も含めて検討する。

※本稿における「心理的抵抗」「受容」などの説明は、般若心経の語句を現代心理学の理論と同一視するものではない。また、「空」を理由に悲しみ、不安、病気、喪失などを否定する立場も取らない。般若心経そのものの思想を尊重しながら、固定化された見方と人間の苦しみとの関係を現代の生活世界から考察することが、本シリーズの基本姿勢である。

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投稿者プロフィール

市村 修一
市村 修一
【略 歴】
茨城県生まれ。
明治大学政治経済学部卒業。日米欧の企業、主に外資系企業でCFO、代表取締役社長を経験し、経営全般、経営戦略策定、人事、組織開発に深く関わる。その経験を活かし、激動の時代に卓越した人財の育成、組織開発の必要性が急務と痛感し独立。「挑戦・創造・変革」をキーワードに、日本企業、外資系企業と、幅広く人財・組織開発コンサルタントとして、特に、上級管理職育成、経営戦略策定、組織開発などの分野で研修、コンサルティング、講演活動等で活躍を経て、世界の人々のこころの支援を多言語多文化で行うグローバルスタートアップとして事業展開を目指す決意をする。

【背景】
2005年11月、 約10年連れ添った最愛の妻をがんで5年間の闘病の後亡くす。
翌年、伴侶との死別自助グループ「Good Grief Network」を共同設立。個別・グループ・グリーフカウンセリングを行う。映像を使用した自助カウンセリングを取り入れる。大きな成果を残し、それぞれの死別体験者は、新たな人生を歩み出す。
長年実践研究を妻とともにしてきた「いきるとは?」「人間学」「メンタルレジリエンス」「メンタルヘルス」「グリーフケア」をさらに学際的に実践研究を推し進め、多数の素晴らしい成果が生まれてきた。私自身がグローバルビジネスの世界で様々な体験をする中で思いを強くした社会課題解決の人生を賭ける決意をする。

株式会社レジクスレイ(Resixley Incorporated)を設立、創業者兼CEO
事業成長アクセラレーター

【専門領域】
・レジリエンス(精神的回復力) ・グリーフケア ・異文化理解 ・グローバル人財育成 
・東洋哲学・思想(人間学、経営哲学、経営戦略) ・組織文化・風土改革  ・人材・組織開発、キャリア開発
・イノベーション・グローバル・エコシステム形成支援

【主な著書/論文/プレス発表】
「グローバルビジネスパーソンのためのメンタルヘルスガイド」kindle版
「喪失の先にある共感: 異文化と紡ぐ癒しの物語」kindle版
「実践!情報・メディアリテラシー: Essential Skills for the Global Era」kindle版
「こころと共感の力: つながる時代を前向きに生きる知恵」kindle版
「未来を拓く英語習得革命: AIと異文化理解の新たな挑戦」kindle版
「グローバルビジネス成功の第一歩: 基礎から実践まで」Kindle版
「仕事と脳力開発-挫折また挫折そして希望へ-」(城野経済研究所)
「英語教育と脳力開発-受験直前一ヶ月前の戦略・戦術」(城野経済研究所)
「国際派就職ガイド」(三修社)
「セミナーニュース(私立幼稚園を支援する)」(日本経営教育研究所)

【主な研修実績】
・グローバルビジネスコミュニケーションスキルアップ ・リーダーシップ ・コーチング
・ファシリテーション ・ディベート ・プレゼンテーション ・問題解決
・グローバルキャリアモデル構築と実践 ・キャリア・デザインセミナー
・創造性開発 ・情報収集分析 ・プロジェクトマネジメント研修他
※上記、いずれもファシリテーション型ワークショップを基本に実施

【主なコンサルティング実績】
年次経営計画の作成。コスト削減計画作成・実施。適正在庫水準のコントロール・指導を遂行。人事総務部門では、インセンティブプログラムの開発・実施、人事評価システムの考案。リストラクチャリングの実施。サプライチェーン部門では、そのプロセス及びコスト構造の改善。ERPの導入に際しては、プロジェクトリーダーを務め、導入期限内にその導入。組織全般の企業風土・文化の改革を行う。

【主な講演実績】
産業構造変革時代に求められる人材
外資系企業で働くということ
外資系企業へのアプローチ
異文化理解力
経営の志
商いは感動だ!
品質は、タダで手に入る
利益は、タダで手に入る
共生の時代を創る-点から面へ、そして主流へ
幸せのコミュニケーション
古典に学ぶ人生
古典に学ぶ経営
論語と経営
論語と人生
安岡正篤先生から学んだこと
素読のすすめ
経営の突破口は儒学にあり
実践行動学として儒学に学ぶ!~今ここに美しく生きるために~
何のためにいきるのか~一人の女性の死を見つめて~
縁により縁に生きる
縁に生かされて~人は生きているのではなく生かされているのだ!~
看取ることによって手渡されるいのちのバトン
など
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