日本精神を現代にどう生かすか──靖國神社から学ぶ「公」とリーダーシップ

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日本精神を現代にどう生かすか──靖國神社から学ぶ「公」とリーダーシップ

本記事は、連載「日本精神の源流──靖國神社と日本の背骨 安岡正篤から読み解く皇統・国家・祈りの文明【全11回】」の第10回である。

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「日本精神の源流──靖國神社と日本の背骨 安岡正篤から読み解く皇統・国家・祈りの文明【全11回・総合案内】」

はじめに──学んだ思想を、現代の生き方へどう変えるか

ここまで本シリーズでは、日本精神、皇統、祭祀、安岡正篤、靖國神社、戦没者慰霊、国家神道、政教分離、A級戦犯合祀、世界の追悼文化、そして「和」の文明について考えてきた。

しかし、ここで一つ問い直したい。

これらを学ぶことに、どのような意味があるのか。

古い本を読む。

歴史を学ぶ。

神社を訪れる。

皇統を考える。

靖國神社について議論する。

それだけで終わるのであれば、学問は知識の蓄積にとどまる。

安岡正篤が重視したのは、そこではない。

学んだことを、自分自身の生き方へ変える。

人格へ変える。

仕事へ変える。

社会への責任へ変える。

これが「活学」である。

では、日本精神を現代に生かすとはどういうことなのか。

誠。

義。

公。

無私。

和。

修養。

継承。

これらの言葉を、現代社会の中でどう使えばよいのか。

政治家ならどうか。

企業経営者ならどうか。

管理職ならどうか。

スタートアップの創業者ならどうか。

グローバル企業のリーダーならどうか。

AIを使う人間ならどうか。

そして、一人の市民としてはどうか。

第10回では、思想を現実へ戻す。

靖國神社で死者へ手を合わせることを、今日の自分の責任へ変える。

そこに、この回の目的がある。

第30章 「公」を生きる──政治家・経営者に必要なもの

1 リーダーとは「自分より広い範囲」に責任を持つ人である

リーダーとは何か。

部下がいる人。

肩書がある人。

意思決定権を持つ人。

それだけではない。

本質的には、

自分より広い範囲へ責任を持つ人

である。

経営者なら、自分の報酬だけを見るわけにはいかない。

社員。

顧客。

株主。

取引先。

地域社会。

将来世代。

政治家なら、自分の選挙区、自分の支持者、自分の政党だけでは足りない。

国家全体。

国民全体。

そして未来世代。

そこまで考えなければならない。

これが「公」である。

2 「公」は、自分を消すことではない

公を強調すると、「自己犠牲」の思想に聞こえるかもしれない。

しかし、公とは自分を消すことではない。

自分も守る。

他者も守る。

しかし、自分だけを特別扱いしない。

これが公である。

経営者が利益を得ることは悪ではない。

政治家が権限を持つことも悪ではない。

問題は、その利益や権限を何のために使うかである。

公とは、

自分の利益を、より大きな責任の中へ位置づけること

なのである。

3 指導者ほど「私」を疑わなければならない

権力を持つと、人間は自分を正当化しやすくなる。

自分は正しい。

自分は特別である。

自分には事情がある。

自分がやることには理由がある。

この心理は、政治家にも経営者にも起こる。

だからこそ、権力を持つ者ほど自分を疑わなければならない。

私は本当に公のために判断しているのか。

それとも自分の立場を守りたいだけなのか。

社員のためなのか。

自分の評価のためなのか。

国家のためなのか。

次の選挙のためなのか。

この自己点検がなければ、「公」という言葉は簡単に権力者の自己正当化へ変わる。

4 責任とは、失敗したときに現れる

リーダーシップは、成功したときには見えにくい。

組織が成長している。

売上が伸びている。

選挙に勝っている。

そのときは、誰でも強いリーダーに見える。

本当の姿が現れるのは、失敗したときである。

事故が起きた。

不祥事が起きた。

戦略を誤った。

社員が傷ついた。

顧客へ損害を与えた。

そのとき、

部下のせいにするか。

前任者のせいにするか。

環境のせいにするか。

自分が責任を引き受けるか。

ここに人物が現れる。

安岡正篤が人物学を重視した理由は、まさにここにある。

5 「責任を取る」とは辞任することだけではない

日本では「責任を取る」というと、辞任することと同義のように扱われることがある。

しかし、本当の責任はもっと広い。

事実を明らかにする。

被害者へ謝罪する。

損失を補償する。

原因を分析する。

再発防止策をつくる。

組織文化を変える。

必要なら辞任する。

つまり、責任とは「席を離れること」だけではなく、

壊れたものをできる限り修復すること

である。

6 経営者の「無私」とは何か

企業経営における無私とは、経営者が無給で働くことではない。

経営者が自分の利益を得てはいけないという意味でもない。

会社を自分の私物と考えないことである。

自分の在任中だけ数字が良ければよいと思わない。

株価のために将来を犠牲にしない。

自分の名誉のために会社を危険にさらさない。

自分が去った後も組織が成長できるようにする。

これが無私である。

7 「自分がいなくても続く組織」をつくれるか

優れたリーダーは、自分がいなくても続く組織をつくる。

後継者を育てる。

権限を委譲する。

情報を独占しない。

判断基準を組織へ残す。

企業文化を育てる。

自分だけがすべてを知っている組織は、一見強く見えて実は脆い。

創業者が去れば崩れる。

カリスマ経営者が倒れれば迷走する。

これは経営者が組織を「私」と同一化しすぎた結果である。

無私とは、

自分が消えても続くものを残すこと

でもある。

8 政治家の無私──「自分の後」を考える

政治も同じである。

短期的な支持率。

次の選挙。

派閥。

党内権力。

これらだけで判断すれば、国家の長期利益を損なう可能性がある。

人口問題。

教育。

財政。

エネルギー。

安全保障。

科学技術。

インフラ。

これらは10年、20年、50年という時間軸が必要である。

政治家に必要なのは、

「自分が在任している間に評価されるか」

ではなく、

「自分が去った後、この国はどうなるか」

を考える能力である。

9 皇統から学べる「継承」の思想

ここで第2回で論じた皇統の問題が現代へ戻ってくる。

皇統の歴史が示している一つの思想は、継承である。

一人の人間が永遠に続くわけではない。

代が変わる。

しかし受け継がれるものがある。

企業経営も国家運営も同じである。

「自分の代で完成させる」という発想より、

「受け取り、整え、次へ渡す」

という発想が重要になる。

この時間感覚を持つリーダーは、判断が変わる。

10 短期利益と長期責任

経営では短期利益が必要である。

政治では短期的な成果も必要である。

しかし、短期だけでは組織は持続しない。

研究開発。

人材育成。

信用。

ブランド。

社会インフラ。

教育。

国家防衛。

これらは短期間では作れない。

だからこそ、優れたリーダーは二つの時間を同時に見る。

今日の数字。

10年後の組織。

この両方を見る。

安岡正篤が「経世」を語った意味を現代へ翻訳すれば、まさにこの長期責任になる。

第31章 「和」を経営する──グローバル組織で日本精神をどう生かすか

1 「日本式」を世界へ押しつけることは、日本精神ではない

日本企業が海外へ進出すると、一つの誘惑が生まれる。

「日本で成功したやり方を、そのまま海外でも使おう」

という発想である。

しかし、文化が違う。

法律が違う。

雇用慣行が違う。

価値観が違う。

コミュニケーションの仕方が違う。

日本式をそのまま海外へ移植すれば、機能しないことがある。

逆に、

「海外では日本的なものはすべて捨てる」

というのも違う。

大切なのは、

何を変えるのか。

何を守るのか。

を見極めることである。

2 グローバル化とは「同じにすること」ではない

真のグローバル化とは、世界中の社員を同じ人間にすることではない。

アメリカ人を日本人化する。

インド人をアメリカ人化する。

日本人を欧米人化する。

そういうことではない。

違う文化を持つ人間が、

同じ目的に向かって協力できる状態

をつくることである。

ここに「和」が生きる。

3 「Harmony through Diversity」としての和

和を現代のグローバル経営へ翻訳するなら、

Harmony through Diversity

と表現することができる。

多様性を消して調和をつくるのではない。

多様性を活かして調和をつくる。

性別。

国籍。

宗教。

世代。

専門分野。

働き方。

価値観。

異なる人間が集まる。

そこで完全な一致を求めない。

しかし、共通の目的は持つ。

これが和である。

4 「みんな違う」で終われば組織にはならない

ただし、多様性を尊重するだけでは組織は成立しない。

「人それぞれだから」

「価値観が違うから」

で終われば、共通基準がなくなる。

組織には共有価値が必要である。

顧客を欺かない。

差別しない。

法令を守る。

安全を守る。

約束を守る。

事実を隠さない。

ここは文化差で相対化できない。

つまり和とは、

多様性+共通倫理

でなければならない。

5 心理的安全性と「和」

現代組織論では、心理的安全性が重視される。

異論を言える。

質問できる。

失敗を報告できる。

上司へ反対できる。

これは、日本的な和と対立する概念ではない。

むしろ本当の和には必要である。

何も言わず空気に従う。

問題に気づいても黙る。

上司が言ったから従う。

それは和ではない。

「同」である。

「和して同ぜず」という古典的思想を現代経営へ翻訳すれば、

異論を言える組織をつくること

になる。

6 不祥事は「悪い人」が起こすとは限らない

企業不祥事が起きると、

「悪質な社員がいた」

と説明されることがある。

もちろん個人の責任はある。

しかし、組織的不祥事の多くは、一人の悪人だけでは説明できない。

目標が過大だった。

反対意見が言えなかった。

上司に逆らえなかった。

数字を優先した。

悪い情報を上へ上げなかった。

周囲も黙っていた。

こうして普通の人々が、少しずつ不正へ巻き込まれていく。

だからこそリーダーは、

「悪い社員を排除すればよい」

ではなく、

悪いことを言えない文化になっていないか

を問わなければならない。

7 「空気」を支配するのはトップである

組織には、書かれていないルールがある。

何を言うと評価されるのか。

何を言うと嫌われるのか。

失敗を報告すると怒られるのか。

問題を隠すと褒められるのか。

こうした空気は、トップの行動から作られる。

トップが失敗を認めれば、部下も失敗を言いやすくなる。

トップが責任転嫁すれば、部下も隠すようになる。

トップが異論を歓迎すれば、組織は考える。

トップが批判者を排除すれば、イエスマンだけが残る。

だからこそ、

文化はスローガンではなく、トップの行動

なのである。

8 誠──Integrity

安岡正篤の思想を現代企業へ翻訳するとき、「誠」はIntegrityに近い。

言っていることと、やっていることが一致する。

約束を守る。

都合が悪くても事実を隠さない。

見られていなくても正しいことをする。

これがIntegrityである。

企業ブランドの本質も、広告ではない。

長年にわたって、

言ったことを守ったか。

期待を裏切らなかったか。

ここにある。

誠は、企業価値でもある。

9 義──利益より先に守るもの

義とは、損得を超えて守るべき正しさである。

企業なら、

顧客を欺かない。

品質を偽装しない。

社員の安全を犠牲にしない。

賄賂を使わない。

弱い取引先を不当に扱わない。

こうしたものが義に相当する。

利益は必要である。

しかし、

利益のために何をしてもよいわけではない。

義が利益に境界線を引く。

10 公──ステークホルダーへの責任

現代企業は株主だけのために存在するのか。

この問いは長く議論されてきた。

株主は重要である。

しかし企業は、

社員。

顧客。

取引先。

地域。

環境。

社会。

の中で活動する。

だからこそ経営者には複数の責任がある。

「公」を現代企業へ翻訳すれば、

Stakeholder Responsibility

と考えることができる。

11 無私──Beyond Self-interest

無私は、自分をなくすことではない。

自分の利益だけで判断しないことである。

リーダーなら、

自分の報酬。

自分の地位。

自分の評判。

だけを基準にしない。

会社。

社員。

顧客。

次世代。

を見る。

現代語にすれば、

Leadership beyond Self-interest

である。

12 継承──Intergenerational Responsibility

企業も国家も、現在の世代だけの所有物ではない。

次の世代がいる。

まだ入社していない社員。

まだ生まれていない国民。

彼らにも影響を与える判断を、現在の私たちは行う。

だからこそ、

Intergenerational Responsibility

が必要になる。

環境。

財政。

教育。

技術。

企業文化。

これらはすべて世代間責任の問題である。

第32章 AI時代の「人物」をどうつくるか──安岡正篤の活学を未来へ

1 AIは「知識の優位」を崩していく

これまで人間社会では、知識を多く持つ人が大きな価値を持った。

専門知識。

記憶力。

分析力。

文章力。

語学力。

しかし生成AIの発展によって、その構造は変わりつつある。

大量の情報を整理する。

要約する。

翻訳する。

文章を作る。

プログラムを書く。

こうした作業の一部はAIが高速で行う。

では、人間には何が残るのか。

2 AIには「何のために」がない

AIは、目的を与えられれば非常に高い能力を発揮する。

しかし、

何を目的にすべきか。

何を善いとするか。

誰の利益を優先するか。

どこまでやってよいか。

その最終判断は人間社会が行わなければならない。

つまりAI時代には、

「何ができるか」

よりも、

「何をすべきか」

が重要になる。

ここに倫理が必要になる。

3 知識より判断力

AI時代のリーダーに必要なのは、知識量だけではない。

判断力である。

情報が正しいか。

数字は何を意味するか。

AIの答えに偏りがないか。

誰が損をするか。

将来どのような影響が出るか。

この判断には、

知識。

経験。

倫理。

歴史観。

人間理解。

が必要になる。

安岡正篤がいう「人物」は、まさにここで重要になる。

4 AIが強くなるほど「自覚」が必要になる

AIは、自分の外にある知識を大量に提供する。

しかし、

自分は何者か。

何を大切にするか。

何のために生きるか。

それをAIへ丸投げすることはできない。

むしろAIが強くなるほど、人間には自覚が必要になる。

自覚なき人間は、便利な答えに流される。

自覚ある人間は、AIを使う目的を持つ。

この違いは大きい。

5 「答えを持つ人」から「問いを立てる人」へ

これまで優秀な人とは、答えを多く知っている人であった。

しかしAI時代には、

良い問いを立てる人

の価値が高くなる。

何が本当の問題なのか。

誰の問題なのか。

そもそも解くべき問題なのか。

短期的解決が長期的悪化を生まないか。

この問いを立てる力が必要になる。

安岡正篤が古典を学ぶ意味も、答えを暗記することではなかった。

人間について深い問いを持つことである。

6 AIは責任を取らない

AIが提案した。

AIが判断した。

だから自分には責任がない。

そのような社会になってはならない。

AIは道具である。

最終的な責任は、それを使う人間と組織にある。

採用。

融資。

医療。

教育。

軍事。

司法。

経営。

AIが重大な意思決定へ関わるほど、

誰が責任を持つのか

を明確にしなければならない。

ここでも「公」と「責任」が必要になる。

7 AI時代の無私

AIは権力を集中させる可能性もある。

大量のデータを持つ企業。

強力なAIを持つ国家。

高度なアルゴリズムを持つ組織。

こうした主体は、これまで以上に大きな力を持つ可能性がある。

だからこそ、力を持つ側には無私が必要になる。

技術的に可能だから使う。

ではなく、

人間の尊厳を守るか。

自由を守るか。

社会全体にとって良いか。

を考える。

AI時代こそ、

権力を持つ者の徳

が問われるのである。

8 AI時代の「和」

AIの価値観を世界で完全に一つにすることは難しい。

宗教観が違う。

人権観が違う。

プライバシー観が違う。

表現の自由への考え方が違う。

家族観が違う。

国家観が違う。

だからこそ、

「自分たちの価値観だけが唯一正しい」

と押しつければ、文明対立が起きる。

必要なのは、

最低限の普遍原則を共有しつつ、文化的差異を認めること

である。

ここに21世紀版の「和」が必要になる。

9 技術文明と精神文明のバランス

現代文明は、技術的には驚異的に進歩した。

しかし、人間そのものが同じ速度で成熟したとは限らない。

核兵器を持つ。

AIを持つ。

遺伝子編集技術を持つ。

巨大な情報ネットワークを持つ。

もしそれを使う人間の精神が未成熟なら、技術は危険になる。

だからこそ、

技術文明の発展と、

精神文明の成熟を、

同時に進めなければならない。

ここに安岡正篤の思想を現代へ読む意味がある。

10 「人物」が最後に残る

制度を作る。

法律を作る。

AI倫理指針を作る。

監査制度を作る。

これらは必要である。

しかし最後には、人間が判断する。

規則の穴を使うか。

規則の精神を守るか。

数字をごまかすか。

真実を報告するか。

権力を私物化するか。

公のために使うか。

最後には人物である。

これは100年前でも、AI時代でも変わらない。

靖國神社から現代のリーダーシップへ

ここで、靖國神社へ戻りたい。

靖國神社で死者へ手を合わせる。

その行為が意味を持つとすれば、祈った後に何をするかである。

自分は、今日どのような仕事をするのか。

部下をどう扱うのか。

顧客を欺かないか。

責任を逃げないか。

社会への義務を果たすか。

未来世代へ何を残すか。

そこまで考えて初めて、慰霊は現在の生き方へつながる。

これが活学である。

「英霊に感謝する」なら、今をどう生きるのか

「英霊に感謝する」という言葉を使うなら、その感謝は行動へ変わらなければならない。

戦争を美化することではない。

過去を神聖化することでもない。

今ある自由を粗末にしない。

民主主義を粗末にしない。

社会を腐敗させない。

自分の仕事を誠実に行う。

次世代へ責任を持つ。

それが、感謝の一つの形ではないだろうか。

日本精神は「言うもの」ではなく「生きるもの」

日本精神について雄弁に語る。

しかし、仕事では嘘をつく。

部下を使い捨てる。

責任を取らない。

公金を私物化する。

他人を侮辱する。

それでは、日本精神を語っても意味はない。

逆に、日本精神という言葉を一度も使わなくても、

誠実である。

約束を守る。

他者を尊重する。

責任を引き受ける。

公共を考える。

次世代を考える。

そういう人は、日本精神の一部を実践していると言える。

日本精神は、ラベルではない。

生き方である。

現代リーダーのための「七つの問い」

ここまでの議論を実践へ落とすために、七つの問いを置きたい。

第一の問い――私は何者か。

自分は何を大切にしているのか。

どのような歴史、文化、経験の上に立っているのか。

これは「自覚」の問いである。

第二の問い――私は自分を律しているか。

他人へ要求する前に、自分自身を修めているか。

これは「修養」の問いである。

第三の問い――私は嘘をついていないか。

都合の悪い事実を隠していないか。

言っていることと行動が一致しているか。

これは「誠」の問いである。

第四の問い――損をしても守るものがあるか。

利益より先に守るべき倫理があるか。

これは「義」の問いである。

第五の問い――自分以外の人を考えているか。

社員、顧客、社会、国家、未来世代を考えているか。

これは「公」の問いである。

第六の問い――異論を聞けるか。

自分と違う人を排除していないか。

これは「和」の問いである。

第七の問い――私は何を次へ渡すのか。

自分が去った後に何が残るのか。

これは「継承」の問いである。

この七つの問いこそ、日本精神を現代へ生かすための実践的チェックリストである。

安岡正篤の「活学」を現代語へ翻訳する

本シリーズで扱ってきた安岡正篤の思想を、現代語へ翻訳してみたい。

自覚
= Identity and Self-awareness

修養
= Self-Cultivation

誠
= Integrity

義
= Moral Courage

公
= Public Responsibility

無私
= Leadership beyond Self-interest

和
= Harmony through Diversity

継承
= Intergenerational Responsibility

活学
= Knowledge into Practice

こうして見ると、安岡正篤の思想は古語の世界に閉じ込められていない。

現代経営。

公共政策。

グローバルリーダーシップ。

AI倫理。

組織開発。

人材育成。

すべてへ接続できる。

日本精神を「経営理念」にして終わらせない

企業では、

誠実。

社会貢献。

挑戦。

尊重。

など、美しい理念が掲げられている。

問題は、それが危機のときに守られるかである。

業績が悪いとき。

顧客から苦情が来たとき。

大型案件を失いそうなとき。

上場前の数字が足りないとき。

そのときにも理念を守れるか。

理念とは、

平時に読む文章ではない。

危機のときに判断を決める基準

である。

これが活学である。

日本精神を「愛国心」にして終わらせない

国家も同じである。

日本を愛する。

それだけでは足りない。

税金を誠実に使う。

政治を監視する。

投票する。

事実を確かめる。

異なる意見を持つ人とも話す。

社会の弱い立場にある人を守る。

次世代へ負担を押しつけない。

安全保障を真剣に考える。

文化を継承する。

こうした行動へ変わって初めて、愛国心は公共精神になる。

第10回のまとめ──日本精神とは「責任を引き受ける生き方」である

第10回では、ここまで学んできた日本精神を、現代の政治、経営、組織、グローバル社会、AI時代へ翻訳してきた。

その中心にあるのは、

公

である。

公とは、自分を消すことではない。

自分だけを特別扱いしないことである。

自分の利益を、より広い責任の中へ置くことである。

政治家なら、次の選挙だけでなく次世代を見る。

経営者なら、今期利益だけでなく会社の未来を見る。

管理職なら、自分の評価だけでなく部下の成長を見る。

市民なら、自分の権利だけでなく社会への責任を見る。

そしてAI時代には、

技術的にできるか

だけではなく、

それをやるべきか

を問う。

ここに「人物」が必要になる。

安岡正篤が人物を重視した理由は、AI時代にこそ明確になる。

制度だけでは足りない。

ルールだけでも足りない。

最後には人間が判断するからである。

そして現代の日本精神には、「和」も必要である。

しかし和とは同調ではない。

異論を言える。

異論を聞ける。

違いを認める。

それでも同じ目的に向かって協力する。

これが現代の和である。

また、日本精神は過去だけを守る思想でもない。

皇統から学ぶべき一つの大きな思想は、継承である。

自分の代で使い切らない。

受け取る。

整える。

次へ渡す。

国家。

企業。

自然環境。

文化。

社会制度。

そのすべてに世代間責任がある。

そして靖國神社で死者へ向き合うことにも、同じ問題がある。

死者へ祈る。

しかし祈るだけでは終わらない。

その祈りを、

今日の責任。

仕事の誠実さ。

社会への貢献。

平和への努力。

未来世代への責任。

へ変える。

これこそ「活学」である。

日本精神とは、

古い言葉を守ることではない。

自覚し、修養し、公を考え、異なる他者と和し、受け取ったものを次へ渡す生き方

なのである。

そして、いよいよ次回は最終回である。

ここまで扱ってきた、

日本精神。

皇統。

安岡正篤。

靖國神社。

死者との約束。

公。

和。

活学。

これらを一つにまとめ、さらに大きな問いへ進む。

日本精神は、日本人だけのための思想なのか。

それとも、21世紀の人類文明へ何かを提供できるのか。

世界が分断し、

AIが人間社会を変え、

国家間対立が続き、

宗教・民族・価値観の衝突が深まる時代に、

日本の「和」「無私」「継承」「祈り」は何を語り得るのか。

最終回では、シリーズ全体を未来へ開く。

次回──日本精神は世界をどう導けるか

次回、第11回のテーマは、

「日本精神は世界をどう導けるか──靖國神社・皇統・『和』から考える人類文明の未来」

である。

日本精神を「日本人だけの特殊な精神」として閉じ込めず、世界文明へ翻訳することは可能なのか。

皇統が示してきた「継承」という思想は、短期主義に陥る現代社会へ何を問いかけるのか。

靖國神社が示す「死者を忘れない」という思想は、歴史を切り捨てる社会へ何を語るのか。

安岡正篤が重視した「人物」「修養」「公」「無私」は、AI時代のリーダーシップへどうつながるのか。

「和」は、宗教・民族・国家・価値観の対立を抱える世界で、本当に文明原理となり得るのか。

日本は「世界を支配する国」になる必要はない。

しかし、

異なる文明が共存する方法を示す国

になる可能性はある。

最終回では、本シリーズ全体を総括しながら、

日本精神を人類文明の未来へどう開くか

を考える。

そして最後に、

「私は何を受け継ぎ、何を未来へ渡すのか」

という、本シリーズ最初から続いてきた問いへ戻る。

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参考文献・関連資料

安岡正篤『日本精神の研究』玄黄社、1924年。

安岡正篤『日本精神通義』日本青年館、1936年。

安岡正篤『経世瑣言』。

安岡正篤『新編 経世瑣言』郷学研修所・安岡正篤記念館、明徳出版社。

安岡正篤『東洋政治哲学』。

安岡正篤『東洋倫理概論』。

安岡正篤『王陽明研究』。

水野隆徳『安岡正篤先生の天皇論・国家論』明徳出版社、2019年。

『論語』。

『孟子』。

『大学』。

『中庸』。

日本国憲法。

皇室典範。

宮内庁「宮中祭祀」関係資料。

公益財団法人郷学研修所・安岡正篤記念館。

United Nations, Universal Declaration of Human Rights.

OECD, AI Principles 関係資料。

UNESCO, Recommendation on the Ethics of Artificial Intelligence.

経済産業省・総務省、AI事業者ガイドライン関係資料。

コーポレートガバナンス、企業倫理、ステークホルダー経営に関する国内外の研究資料。

ご感想、お問い合せ、ご要望等ありましたら下記フォームでお願いいたします。

投稿者プロフィール

市村 修一
市村 修一
【略 歴】
茨城県生まれ。
明治大学政治経済学部卒業。日米欧の企業、主に外資系企業でCFO、代表取締役社長を経験し、経営全般、経営戦略策定、人事、組織開発に深く関わる。その経験を活かし、激動の時代に卓越した人財の育成、組織開発の必要性が急務と痛感し独立。「挑戦・創造・変革」をキーワードに、日本企業、外資系企業と、幅広く人財・組織開発コンサルタントとして、特に、上級管理職育成、経営戦略策定、組織開発などの分野で研修、コンサルティング、講演活動等で活躍を経て、世界の人々のこころの支援を多言語多文化で行うグローバルスタートアップとして事業展開を目指す決意をする。

【背景】
2005年11月、 約10年連れ添った最愛の妻をがんで5年間の闘病の後亡くす。
翌年、伴侶との死別自助グループ「Good Grief Network」を共同設立。個別・グループ・グリーフカウンセリングを行う。映像を使用した自助カウンセリングを取り入れる。大きな成果を残し、それぞれの死別体験者は、新たな人生を歩み出す。
長年実践研究を妻とともにしてきた「いきるとは?」「人間学」「メンタルレジリエンス」「メンタルヘルス」「グリーフケア」をさらに学際的に実践研究を推し進め、多数の素晴らしい成果が生まれてきた。私自身がグローバルビジネスの世界で様々な体験をする中で思いを強くした社会課題解決の人生を賭ける決意をする。

株式会社レジクスレイ(Resixley Incorporated)を設立、創業者兼CEO
事業成長アクセラレーター

【専門領域】
・レジリエンス(精神的回復力) ・グリーフケア ・異文化理解 ・グローバル人財育成 
・東洋哲学・思想(人間学、経営哲学、経営戦略) ・組織文化・風土改革  ・人材・組織開発、キャリア開発
・イノベーション・グローバル・エコシステム形成支援

【主な著書/論文/プレス発表】
「グローバルビジネスパーソンのためのメンタルヘルスガイド」kindle版
「喪失の先にある共感: 異文化と紡ぐ癒しの物語」kindle版
「実践!情報・メディアリテラシー: Essential Skills for the Global Era」kindle版
「こころと共感の力: つながる時代を前向きに生きる知恵」kindle版
「未来を拓く英語習得革命: AIと異文化理解の新たな挑戦」kindle版
「グローバルビジネス成功の第一歩: 基礎から実践まで」Kindle版
「仕事と脳力開発-挫折また挫折そして希望へ-」(城野経済研究所)
「英語教育と脳力開発-受験直前一ヶ月前の戦略・戦術」(城野経済研究所)
「国際派就職ガイド」(三修社)
「セミナーニュース(私立幼稚園を支援する)」(日本経営教育研究所)

【主な研修実績】
・グローバルビジネスコミュニケーションスキルアップ ・リーダーシップ ・コーチング
・ファシリテーション ・ディベート ・プレゼンテーション ・問題解決
・グローバルキャリアモデル構築と実践 ・キャリア・デザインセミナー
・創造性開発 ・情報収集分析 ・プロジェクトマネジメント研修他
※上記、いずれもファシリテーション型ワークショップを基本に実施

【主なコンサルティング実績】
年次経営計画の作成。コスト削減計画作成・実施。適正在庫水準のコントロール・指導を遂行。人事総務部門では、インセンティブプログラムの開発・実施、人事評価システムの考案。リストラクチャリングの実施。サプライチェーン部門では、そのプロセス及びコスト構造の改善。ERPの導入に際しては、プロジェクトリーダーを務め、導入期限内にその導入。組織全般の企業風土・文化の改革を行う。

【主な講演実績】
産業構造変革時代に求められる人材
外資系企業で働くということ
外資系企業へのアプローチ
異文化理解力
経営の志
商いは感動だ!
品質は、タダで手に入る
利益は、タダで手に入る
共生の時代を創る-点から面へ、そして主流へ
幸せのコミュニケーション
古典に学ぶ人生
古典に学ぶ経営
論語と経営
論語と人生
安岡正篤先生から学んだこと
素読のすすめ
経営の突破口は儒学にあり
実践行動学として儒学に学ぶ!~今ここに美しく生きるために~
何のためにいきるのか~一人の女性の死を見つめて~
縁により縁に生きる
縁に生かされて~人は生きているのではなく生かされているのだ!~
看取ることによって手渡されるいのちのバトン
など
シエアする:
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