日本皇統とは何か ─ 天皇・皇室・万世一系と世界史にない国家の連続性

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日本皇統とは何か──天皇・皇室・万世一系と世界史にない国家の連続性

本記事は、連載「日本精神と日本皇統が人類を救う──安岡正篤の天皇論・国家論から読み解く男系皇統と「和」の文明【全12回】」の第4回である。

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「日本精神と日本皇統が人類を救う──安岡正篤の天皇論・国家論から読み解く男系皇統と「和」の文明【全12回・総合案内】」

はじめに 人物の歴史から「国家の時間」へ

第1回では「日本精神とは何か」を問い、第2回では、日本精神が古神道、中国文明、儒教、仏教、西洋文明などとの出会いを通して形成されてきたことを考察した。第3回では、安岡正篤の人間学を手掛かりに、修己治人、知命、立命、そして人物という問題を考えた。

そこまでの議論は、いわば「人間」の側から日本精神を考えるものであった。

ここから視点を変える。

一人の人間の寿命を超えるものについて考えてみたい。

政治家は交代する。

経営者も交代する。

政党も変わる。

政治制度も変わる。

社会の価値観も変わる。

国家そのものが滅亡することさえある。

世界史を見れば、巨大な帝国も永遠ではなかった。王朝が興り、繁栄し、衰え、別の王朝へ交代する。国家体制が革命によって転覆する。国境も変わる。

それにもかかわらず、日本には、非常に長い時間を通して「皇統」という観念と制度が継承されてきた。

では、そもそも皇統とは何なのか。

単なる血統なのか。

一つの政治制度なのか。

天皇という役職を継承する仕組みなのか。

祭祀の継承なのか。

あるいは、日本国家の歴史的連続性を示すものなのか。

この問いは、日本皇統を理解するための出発点である。

しかも皇統を論じる際には、もう一つ大切なことがある。

皇統を尊重することと、歴史を無批判に神話化することを区別しなければならない。

『古事記』『日本書紀』が伝える皇統観を理解することは重要である。

しかし、それを現代歴史学が確認できる史実と完全に同一視してはならない。

逆に、史料的に確認することが困難だからといって、神話や伝承が日本人の国家観・皇統観に果たしてきた思想史的意味まで否定する必要もない。

伝統的皇統観。

神話。

歴史学。

現行制度。

これらを分け、そのうえで相互の関係を見る。

この姿勢を第4回以降、一貫して守っていきたい。

第36章 「天皇」「皇室」「皇位」「皇統」は同じではない

日本皇統を考える前に、まず言葉を整理しなければならない。

日常会話では、「天皇」「皇室」「皇位」「皇統」が曖昧に使われることがある。

しかし、それぞれ意味は異なる。

まず「天皇」である。

現行憲法の第一条は、天皇を日本国の象徴、日本国民統合の象徴と位置づけ、その地位が主権の存する日本国民の総意に基づくと定めている。また第二条は皇位を世襲とし、国会が議決した皇室典範の定めにより継承すると規定している。

したがって、現在の日本における天皇は、主権者でも行政権の長でもない。

ここは近代以前の天皇や明治憲法下の制度を論じる場合と明確に区別しなければならない。

次に「皇位」である。

皇位とは、簡潔にいえば、天皇の地位である。

誰がその地位を継承する資格を持つのか、どのような順序で継承するのかは、現在は憲法と皇室典範によって定められている。現行皇室典範第一条は、皇位について「皇統に属する男系の男子」が継承すると規定している。

「皇室」は、天皇と皇族を中心として構成される制度的・家族的なまとまりを指す言葉として用いられる。

現行皇室典範第五条は、皇后、太皇太后、皇太后、親王、親王妃、内親王、王、王妃、女王を皇族と定めている。

そして「皇統」である。

これが今回の中心概念となる。

2020年の衆議院内閣委員会において、宮内庁の政府参考人は「皇統」について、「歴代の天皇から伝わる血統」と説明している。

ここから分かるように、

天皇=一人の天皇
皇位=天皇という地位
皇室=天皇・皇族から成る制度的・家族的まとまり
皇統=歴代天皇から伝わる系統

と大きく整理することができる。

この区別ができなければ、男系皇統、女性天皇、女系天皇、皇位継承などの議論も混乱する。

次回以降の議論のためにも、まずこの四つを明確にしておきたい。

第37章 「王朝」と「皇統」は何が違うのか

さらに重要なのが「王朝」という言葉である。

世界史では、

漢王朝。

唐王朝。

ブルボン朝。

ハプスブルク家。

テューダー朝。

ステュアート朝。

といった言葉を使う。

一般に王朝とは、ある君主家・支配家系が王位や皇帝位を継承して政治的正統性を保つ歴史的まとまりを指す。

ここで日本史を世界史の語彙だけで説明しようとすると、興味深い問題が生じる。

日本では、政治の実権を握った家が幾度も変わったからである。

藤原氏が大きな影響力を持った時代がある。

平氏が台頭した。

源氏による鎌倉幕府が成立した。

足利氏による室町幕府が成立した。

戦国時代を経て豊臣秀吉が天下統一を進めた。

そして徳川氏による江戸幕府が二百年以上にわたり全国的政治秩序を維持した。

ところが、これらを「藤原王朝」「源王朝」「足利王朝」「徳川王朝」として皇統そのものの交代と捉えることは、日本史の実態を十分に表さない。

政治権力を握る人物や家は変わった。

しかし皇統を別の家が置き換え、自ら新たな天皇系統を創設するという形にはならなかった。

ここに日本史の非常に重要な特徴がある。

政治権力の交代と皇統の交代が、必ずしも同じものではなかった。

この問題は第8回「なぜ将軍は天皇にならなかったのか」で詳しく考察する。

しかし第4回の段階でも、この構造だけは押さえておきたい。

なぜなら、日本皇統の意味は、

「一つの家系が長く残った」

という系譜上の問題だけではなく、

政治権力が大きく変動しても、国家の正統性に関わる別の連続軸が残った

という問題だからである。

第38章 皇統とは「血統」だけなのか

先ほど見たように、公的な制度説明では、皇統は歴代天皇から伝わる血統と説明される。

しかし、日本精神・国家論という観点から皇統を考える場合、それだけで議論を終えてよいだろうか。

血統は皇統の非常に重要な要素である。

しかし、歴史的な皇統の意味を考えると、そこには少なくとも四つの層があるように思われる。

第一は、

系譜の継承

である。

どの天皇からどの天皇へ皇位が継承されたのか。

誰がどのような血統関係にあるのか。

これはもっとも基本的な問題である。

第二は、

皇位の継承

である。

単に血がつながっているだけでは天皇ではない。

皇位を継承することによって天皇となる。

したがって皇統とは、系譜と同時に皇位継承の歴史でもある。

第三は、

祭祀の継承

である。

天皇の歴史には祭祀が深く関係している。

宮内庁も、大嘗祭について、即位後に新穀を皇祖・天神地祇に供え、国家・国民の安寧や五穀豊穣などを感謝・祈念する儀式として説明している。

つまり天皇という存在は、単に政治的肩書だけで歴史的に理解することはできない。

祭祀という役割が存在する。

第四は、

歴史的正統性の継承

である。

なぜその人物が天皇なのか。

なぜ別の政治権力者ではないのか。

そこには「歴代天皇から続く皇統に属している」という正統性の意識が関係する。

したがって本連載では、皇統を単なるDNAの問題には還元しない。

生物学的な連続性だけを取り出してしまえば、皇統が日本史で果たしてきた文化的・祭祀的・政治思想的意味を見失うからである。

皇統とは、

系譜、皇位、祭祀、歴史的正統性が重なり合って形成されてきた長い継承の体系

として考える必要がある。

第39章 『古事記』『日本書紀』は皇統をどう語ったのか

皇統の伝統的理解を考えるうえで、再び『古事記』『日本書紀』へ戻らなければならない。

『古事記』と『日本書紀』は、日本神話と古代王権、皇統を理解する基本的な古典史料である。

水野隆徳『安岡正篤先生の天皇論・国家論』も、『古事記』『日本書紀』の神話世界から日本人の心と精神の歴史を考える構成を採っている。

これらの書物に描かれる世界では、天地の生成、神々の物語、天照大御神、天孫降臨、神武天皇、そして歴代天皇へと物語がつながっていく。

ここから、伝統的皇統観の重要な特徴が見えてくる。

皇統は、単にある時代に政治権力を握った人物から始まるものとして語られていない。

より大きな神話的・祭祀的な世界観の中に置かれているのである。

しかし、ここで再び注意が必要である。

この物語を、現代歴史学の年代測定や文献批判によって確認された事実とそのまま同一視してはならない。

神武天皇から古代初期の歴代天皇について、現代歴史学がどこまで史料的に確認できるかという問題と、日本社会が『古事記』『日本書紀』を通じて皇統をどのように理解してきたかという問題は別なのである。

これは「どちらかが正しく、どちらかが間違い」という問題ではない。

問いが違う。

歴史学は、

何が史料から確認できるのか

を問う。

思想史は、

人々が何を信じ、どのような物語によって国家を理解してきたのか

を問う。

皇統論には、この二つの視点が必要である。

第40章 神話を史実と混同しない――しかし神話を捨てない

ここは本連載全体でも非常に重要なところなので、さらに掘り下げたい。

現代社会では、神話について二つの極端な態度が現れやすい。

一つは、

神話に書いてある以上、そのすべてを科学的・歴史的事実として扱う

という態度である。

もう一つは、

歴史的事実として証明できないなら、神話には何の価値もない

という態度である。

私は、どちらも十分ではないと考える。

ギリシャ文明を理解するためにギリシャ神話を無視できない。

ヨーロッパ文明を理解するために聖書が歴史的に果たした役割を無視できない。

インド文明を理解するために『マハーバーラタ』『ラーマーヤナ』を無視することもできない。

中国文明にも天地、聖王、天命をめぐる数多くの物語が存在する。

文明は、史実だけでできているわけではない。

文明には、

「われわれはどこから来たのか」

という自己物語が必要になる。

それは共同体の記憶であり、価値観であり、自分たちを時間の中に位置づけるための物語である。

『古事記』『日本書紀』も同じである。

そこで語られている神話を現代歴史学と混同してはいけない。

しかし、日本人が千年以上にわたり自らの国家や皇統を理解するうえで、それらの物語が持った意味まで消去してはならない。

必要なのは、

神話を神話として深く理解すること

なのである。

それは信仰を強制することでも、歴史学を否定することでもない。

むしろ文明を成熟して理解する姿勢である。

第41章 「万世一系」とは何を意味するのか

日本皇統を語るとき、「万世一系」という言葉がしばしば使われる。

文字どおり読めば、非常に長い世代にわたって一つの系統が続くという意味である。

ここで最も避けたいのは、「万世一系」という言葉を説明なしのスローガンとして使うことである。

皇統を尊重する読者であっても、そうでない読者であっても、

何をもって「一系」とするのか

を考えなければならない。

これは次回の男系皇統論と直接つながる問題である。

日本史には女性天皇が存在した。

したがって「歴代天皇はすべて男性だった」という意味で万世一系なのではない。

一方で、伝統的な皇統理解では、歴代の女性天皇を含めて皇統が別の王朝へ移ったとは理解されてこなかった。

では、何が「同じ系統」を成立させてきたのか。

ここに、

男系

という問題が現れる。

現行皇室典範も、皇位を「皇統に属する男系の男子」が継承すると明記している。

ただし、第4回ではこの問題を深入りしない。

男系男子。

男系女子。

女性天皇。

女系天皇。

これらを正確に区別しなければ議論できないからである。

そこで第5回では、この問題だけを独立して詳しく扱う。

ここではひとまず、

万世一系という思想を理解するには、「男性天皇が続いたか」ではなく、「皇統を何によって同じ系統と考えてきたのか」を問わなければならない

という点だけを押さえておきたい。

第42章 皇統の歴史を「一直線」に単純化してはならない

「皇統が続いてきた」と言うと、何の問題もなく、常に父から長男へ一直線に皇位が継承されてきたような印象を持つかもしれない。

しかし、日本史はそれほど単純ではない。

皇位継承をめぐる政治的対立があった。

兄弟間の継承もあった。

叔父から甥へ移った例もある。

女性天皇も存在した。

幼い天皇もいた。

上皇・院政という政治形態もあった。

南北朝という重大な皇統上・政治上の分裂も経験した。

そして男系皇統を論じる際には、継体天皇の系譜という重要な歴史学上の論点もある。

したがって、

皇統が長く続いた

ということと、

皇位継承が常に単純かつ平穏だった

ということは全く同じではない。

むしろ歴史的に興味深いのは、

政治的対立や継承危機があったにもかかわらず、

「皇統そのものを別の支配家系に置き換える」

という形で解決されなかったことである。

これは非常に重要である。

つまり皇統の強さとは、

問題がなかったこと

ではない。

さまざまな問題を抱えながらも、

皇統という枠組みそのものは維持されたこと

にある。

この違いを理解すると、日本皇統の歴史的意味がより深く見えてくる。

第43章 政治権力が変わっても、なぜ皇統は残ったのか

日本史を長い時間軸で眺めると、不思議な構造が浮かび上がる。

政治を実際に動かす主体は何度も変わっている。

律令国家。

摂関政治。

院政。

鎌倉幕府。

室町幕府。

戦国時代。

織豊政権。

江戸幕府。

明治国家。

戦後民主主義。

これほど政治構造が変わったにもかかわらず、「日本」という歴史的共同体の中で皇統は存在し続けた。

ここには、

政権と国家の連続性を完全に同一視しない

日本史独特の構造が見える。

例えば徳川家康が征夷大将軍となり、徳川幕府が巨大な政治権力を持った。

しかし徳川家が新しい皇統を創設したわけではない。

将軍家と皇室は別の存在として併存した。

この構造を理解するには、

権力

権威

を区別する必要がある。

政治権力とは、人に命令し、徴税し、軍事力を行使し、法律・政策を実施する力である。

一方、権威とは、人々がその存在を正統なものとして認め、そこに歴史的・文化的価値を見いだす力である。

両者は重なる場合もある。

しかし必ずしも同じではない。

日本史では長い時期にわたり、

政治を実際に統治する中心

と、

国家の歴史的正統性を示す中心

が完全には一致しない構造が存在した。

ここに、日本皇統を単なる「古い王家」として見るだけでは捉えきれない意味がある。

第8回では、この問題を真正面から取り上げる。

なぜ源頼朝は天皇にならなかったのか。

なぜ足利尊氏は天皇にならなかったのか。

なぜ徳川家康は天皇にならなかったのか。

そして、なぜ政治権力を握った者たちは、皇統の存在を前提として自らの権力を位置づけたのか。

これは世界史との比較によって一層鮮明になる。

第44章 中国の易姓革命と比べると何が見えるのか

日本皇統の特徴を理解するためには、中国文明との比較が非常に重要である。

中国の伝統的政治思想には、

天命

という重要な思想がある。

王朝が徳を持って天下を治めれば天命を得る。

しかし政治が乱れ、徳を失えば、天命を失う。

そして新しい王朝が天命を受ける。

これが後世、「易姓革命」という言葉で表される政治思想につながっていく。

中国史では、王朝が交代してきた。

秦。

漢。

隋。

唐。

宋。

元。

明。

清。

もちろん現実の王朝交代は思想だけで起きるわけではない。戦争、反乱、民族移動、政治崩壊、経済問題など、複雑な原因がある。

しかし政治思想として重要なのは、

支配王朝が変わること自体が、正統性の否定ではない

ということである。

旧王朝が天命を失ったなら、新王朝が正統な天下の支配者になることができる。

これに対して日本では、政治権力者が交代しても、そのたびに「新しい皇統」を創設するという歴史にはならなかった。

ここに日中文明の非常に大きな違いがある。

ただし、これを単純な優劣論にしてはならない。

中国の易姓革命思想には、

徳を失った支配者は無条件に支配を続けられない

という政治的論理がある。

これは権力者に対する強い倫理的要求でもある。

一方、日本の皇統観には、

政治権力の失敗がただちに皇統そのものの断絶を意味しない

という、別種の国家的連続性がある。

どちらにも、それぞれの文明史から生まれた論理が存在する。

本連載の目的は、

「日本は中国より優れている」

と結論することではない。

比較することによって、

日本とは何であったのか

をより明確に理解することなのである。

第45章 ヨーロッパの王室と日本皇統は同じなのか

ヨーロッパにも長い王室の歴史がある。

英国王室などは現代にも存続し、政治権力を直接行使しない君主が国家的象徴として存在している。

この点だけを見れば、現代の日本の象徴天皇制との類似を感じるかもしれない。

しかし歴史を見ると、ヨーロッパの王家・王朝と日本皇統には重要な違いがある。

ヨーロッパでは、婚姻、戦争、相続、革命などによって王家・王朝が交代することが珍しくなかった。

また近現代には、君主制そのものが廃止された国家も多い。

フランス革命はその象徴的な例である。

一方、日本では、幕府という強力な政治権力が存在した時代にも、皇統そのものを廃して別王朝へ移行するという形にはならなかった。

だからといって、

「日本皇統と比較できる君主制度は世界に全く存在しない」

と単純に断言する必要はない。

世界史上には、それぞれ長い継承を持つ君主家や王室が存在するからである。

本稿タイトルの「世界史にない国家の連続性」という表現は、世界に一切類例がないという数学的・絶対的断言ではなく、

政治権力の大規模な交代を繰り返しながら、同一皇統という正統性の枠組みを非常に長期間維持してきた日本史の際立った特徴

を表すものとして理解していただきたい。

世界史と比較すればするほど、日本皇統の特殊性は「単に古い」ことだけではないと分かってくる。

第46章 現行憲法は皇統をどう位置づけているのか

ここで、歴史から現在へ戻ろう。

現在の日本国憲法第一条は、天皇を日本国および日本国民統合の象徴とする。

そして第二条は、皇位を「世襲」と定め、その継承を皇室典範に委ねている。

皇室典範第一条は、皇位を皇統に属する男系男子が継承すると規定し、第二条で継承順位を定めている。

つまり現代日本では、

伝統だけで皇位継承が行われるのではない。

憲法と法律によって制度化されている。

これは非常に重要である。

皇統には長い歴史がある。

しかし現代国家である以上、その制度的運用は現行法体系の中に存在する。

したがって皇位継承を論じる際には、

歴史。

伝統。

思想。

法律。

この四つを混同してはならない。

歴史的にどうだったかという問題と、

現行法がどう定めているかという問題は別である。

また、

現行法を将来どうするべきか

という制度論は、さらに別の問題である。

第5回・第6回では、女性天皇、女系天皇、男系男子、皇室典範、旧宮家などを取り上げるため、この区別が特に重要になる。

第47章 皇統譜――皇統は「記憶」だけではなく記録されている

皇統について語るとき、もう一つ知っておきたい制度がある。

皇統譜

である。

宮内庁は皇統譜を「天皇・皇族の身分に関する事項を登録するもの」と説明し、一般の戸籍に相当するものとして、大統譜と皇族譜があるとしている。大統譜には天皇・皇后・太皇太后・皇太后、皇族譜にはその他の皇族に関する身分事項が登録される。

この制度は象徴的である。

皇統とは、

「昔からそう言われている」

という口承だけで存在しているものではない。

歴代天皇・皇族の身分関係を記録し、制度として管理する仕組みが存在する。

つまり皇統には、

物語としての皇統

と、

制度・記録としての皇統

の双方がある。

前者には『古事記』『日本書紀』の神話的・歴史的物語がある。

後者には皇統譜や皇室典範など、近代・現代国家における制度がある。

日本皇統の長期的連続性を理解するには、この両面を見なければならない。

第48章 日本皇統の価値は「世界最古」だからなのか

日本皇統を語るとき、しばしば「世界最古」という言葉が使われる。

これは読者の関心を引く強い言葉である。

しかし、本連載では、その言葉だけで皇統の価値を説明したくない。

古いこと自体に一定の価値はある。

何百年、何千年という時間の中で制度や伝統が継承されることは容易ではない。

しかし、

古い=善い

ではない。

古い悪習なら改めるべきである。

だからこそ問わなければならない。

皇統が長く続いたことによって、

日本国家に何がもたらされたのか。

この問いが重要である。

私は、その答えの一つとして、

国家に「政権より長い時間軸」を与えたこと

に注目したい。

政治家は数年で変わる。

幕府も永遠ではない。

企業なら経営者は数年から十数年で交代する。

人間の一生も百年前後である。

しかし国家は、一世代で終わるものではない。

過去から受け取り、

現在を生き、

未来へ渡す。

その長い時間軸が必要になる。

皇統は、日本社会において、

「この国家は、現在の政治権力だけで始まったものではない」

という時間感覚を示す役割を果たしてきたと考えることができる。

これは極めて重要な文明的意味を持つ。

現代民主主義には選挙が必要である。

しかし選挙は数年単位で行われる。

政治家は次の選挙を考える。

企業は次の四半期を考える。

市場は明日の株価を考える。

SNSは数時間後の反応を考える。

現代社会は、非常に短期化している。

そのような時代だからこそ、

百年後の国家を誰が考えるのか。

という問いが生まれる。

皇統の意味を考えることは、この「国家の時間」を考えることでもある。

第49章 安岡正篤の日本精神論から皇統を見る

ここで、安岡正篤へ戻りたい。

安岡の『日本精神の研究』は1924年に玄黄社から刊行され、日本民族の自覚や人格的根柢を出発点とする著作である。

『日本精神通義』は1936年に日本青年館から刊行され、古神道から儒・道・仏教との関係へと日本精神形成をたどる構成を持つ。

そして水野隆徳『安岡正篤先生の天皇論・国家論』は、これら安岡の著作を天皇論・国家論の文脈から読み解いている。国立国会図書館の目次情報でも、『日本精神の研究』と『日本精神通義』を安岡の天皇論に関わる重要文献として扱う章が確認できる。

安岡の日本精神論から皇統を考える場合、重要なのは、皇統だけを孤立して扱わないことである。

人間。

人格。

修養。

歴史。

国家。

皇統。

これらはつながっている。

国家は、単なる行政機構ではない。

そこには歴史がある。

文化がある。

人々の記憶がある。

先人から受け継いだものがある。

そして未来へ継承しなければならないものがある。

そう考えると、皇統は、

「誰が天皇になるか」という制度論を超えて、日本という国家が自らの歴史的連続性をどのように理解してきたのか

という国家論の問題になる。

ここから、安岡正篤の天皇論・国家論へ至る道が見えてくる。

ただし、それを本格的に扱うのは第9回である。

今はまず、日本皇統そのものを理解することが先である。

第50章 皇統を尊重することと政治利用することは違う

ここで一つ、今後の連載全体に関わる原則を示しておきたい。

皇統を尊重することと、

皇統を政治利用することは違う。

天皇や皇室を尊重する人が、必ず特定の政治思想を支持しなければならないわけではない。

逆に、特定の政党や政治家が、

「自分たちこそ皇室を守っている」

と皇室を政治的正統性の道具にすることも慎重でなければならない。

なぜなら、皇統の重要な意味の一つは、

日々の政党政治を超えた時間軸に存在すること

だからである。

特定の政治勢力の所有物になった瞬間、その超党派的・長期的意味が弱くなる。

現行憲法が天皇を「日本国民統合の象徴」と位置づけていることも、この問題を考えるうえで重要である。

皇統を考えるときには、

愛国心と党派性。

伝統尊重と政治利用。

歴史理解と神話化。

これらを区別する成熟さが必要である。

日本精神を論じる本連載だからこそ、その線を曖昧にしてはならない。

第51章 第4回の結論――皇統とは「国家の時間」をつなぐものではないか

第4回では、日本皇統について考えるための基本的な言葉と視点を整理した。

天皇とは何か。

皇室とは何か。

皇位とは何か。

皇統とは何か。

王朝とは何か。

そして「万世一系」とは何を意味するのか。

ここまでの議論から、一つ重要なことが見えてくる。

皇統は単なる「古い血筋」という一言では理解できない。

そこには、

系譜の継承

がある。

皇位の継承

がある。

祭祀の継承

がある。

歴史的正統性の継承

がある。

そして、それらを通じて、

国家の時間の継承

がある。

日本史では政治権力が繰り返し変わった。

政治制度も変わった。

社会構造も変わった。

海外から巨大な文明的影響も受けた。

それでも、皇統という連続軸が存在した。

だから日本皇統の価値を、

「古いからすばらしい」

という一言で終わらせてはならない。

本当に考えなければならないのは、

なぜ続いたのか。

そして、

続いたことによって、日本国家に何がもたらされたのか。

という問いである。

この問いを追っていくと、次に避けて通れない問題が現れる。

それが、

男系皇統

である。

日本史には女性天皇が存在した。

一方、伝統的な皇統観では、皇統は男系によって継承されてきたと理解され、現行皇室典範も皇位継承資格を皇統に属する男系男子に定めている。

では、

「男系」とは何なのか。

女性天皇と女系天皇は何が違うのか。

男系男子とは何なのか。

女性が天皇になることと、女系へ皇統が移ることはなぜ同じではないのか。

そして、なぜ日本皇統では男系という原理がこれほど重視されてきたのか。

ここを曖昧にしたまま、現代の皇位継承問題を論じることはできない。

次回は本連載の大きな核心の一つへ入る。

感情論ではなく、

系図。

歴史。

制度。

言葉の定義。

これらを一つずつ確認しながら、

「男系皇統とは何か」

を徹底的に考えていく。

次回予告

第5回 男系皇統とは何か──「男系男子」と女性天皇・女系天皇の違いを徹底解説

第5回では、皇統論で最も誤解の多い「男系」を取り上げる。まず男系男子、男系女子、女系男子、女系女子という四つの概念を系図を用いて整理する。そのうえで、推古天皇、持統天皇など歴史上の女性天皇を確認し、「女性天皇」と「女系天皇」が全く同じ意味ではないことを明らかにする。さらに、現行皇室典範の「皇統に属する男系の男子」という規定を確認し、「性別の問題」と「系統の問題」がどこで異なるのかを考える。そして、なぜ男系皇統が日本皇統の核心的原理として位置づけられてきたのかを、第6回への橋渡しとして考察する。

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参考文献・資料

安岡正篤(1924)『日本精神の研究』玄黄社。国立国会図書館所蔵。

安岡正篤(1936)『日本精神通義』日本青年館。国立国会図書館所蔵。

水野隆徳(2019)『安岡正篤先生の天皇論・国家論』明德出版社。

倉野憲司校注『古事記』岩波文庫、岩波書店。

坂本太郎・家永三郎・井上光貞・大野晋校注『日本書紀』岩波書店。

『日本国憲法』第一条・第二条。

『皇室典範』第一章「皇位継承」。

宮内庁「皇位継承」。

宮内庁「皇族」。

宮内庁「天皇・皇族の身位に伴う事項」。

宮内庁「ご即位・立太子・成年に関する用語」。

大津透ほか(2001)『古代天皇制を考える』講談社。

北畠親房『神皇正統記』。

山鹿素行『中朝事実』。

さらに学びたい読者のために

『古事記』
日本の神話的世界観と皇統の伝統的理解を考えるための基本文献である。ただし、本文で繰り返し述べたように、神話・伝承と現代歴史学によって確認される史実を区別しながら読むことが重要である。

『日本書紀』
古代日本の国家形成、外交、皇位継承、祭祀、政治思想を考える基本史料である。『古事記』との記述の違いにも注目すると、古代国家が自らの歴史をどのように編纂したのかがより立体的に見えてくる。

水野隆徳『安岡正篤先生の天皇論・国家論』
本連載の必須文献の一つである。『古事記』『日本書紀』から日本精神を捉え、安岡正篤の日本精神論と天皇論・国家論をつなぐ著作として、第4回以降、とりわけ第9回で重要になる。

大津透ほか『古代天皇制を考える』
古代天皇制を歴史学の立場から考えるために有用である。伝統的皇統観だけでなく、古代史研究がどこまで史料から議論できるのかを理解することで、皇統論をより立体的に考えることができる。

北畠親房『神皇正統記』
中世日本において皇統と国家の正統性がどのように論じられたのかを知る重要文献である。「万世一系」という後世の皇統観を考えるうえでも、日本人が皇統の連続性をどう思想化してきたのかを理解する手掛かりになる。

日本国憲法・皇室典範・宮内庁公式資料
現在の天皇、皇位、皇族、皇位継承について論じる場合、歴史書だけでは不十分である。現行制度については、憲法・皇室典範・宮内庁の公式説明を確認し、「歴史上どうだったのか」と「現在の制度がどうなっているのか」を区別して理解する必要がある。

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投稿者プロフィール

市村 修一
市村 修一
【略 歴】
茨城県生まれ。
明治大学政治経済学部卒業。日米欧の企業、主に外資系企業でCFO、代表取締役社長を経験し、経営全般、経営戦略策定、人事、組織開発に深く関わる。その経験を活かし、激動の時代に卓越した人財の育成、組織開発の必要性が急務と痛感し独立。「挑戦・創造・変革」をキーワードに、日本企業、外資系企業と、幅広く人財・組織開発コンサルタントとして、特に、上級管理職育成、経営戦略策定、組織開発などの分野で研修、コンサルティング、講演活動等で活躍を経て、世界の人々のこころの支援を多言語多文化で行うグローバルスタートアップとして事業展開を目指す決意をする。

【背景】
2005年11月、 約10年連れ添った最愛の妻をがんで5年間の闘病の後亡くす。
翌年、伴侶との死別自助グループ「Good Grief Network」を共同設立。個別・グループ・グリーフカウンセリングを行う。映像を使用した自助カウンセリングを取り入れる。大きな成果を残し、それぞれの死別体験者は、新たな人生を歩み出す。
長年実践研究を妻とともにしてきた「いきるとは?」「人間学」「メンタルレジリエンス」「メンタルヘルス」「グリーフケア」をさらに学際的に実践研究を推し進め、多数の素晴らしい成果が生まれてきた。私自身がグローバルビジネスの世界で様々な体験をする中で思いを強くした社会課題解決の人生を賭ける決意をする。

株式会社レジクスレイ(Resixley Incorporated)を設立、創業者兼CEO
事業成長アクセラレーター

【専門領域】
・レジリエンス(精神的回復力) ・グリーフケア ・異文化理解 ・グローバル人財育成 
・東洋哲学・思想(人間学、経営哲学、経営戦略) ・組織文化・風土改革  ・人材・組織開発、キャリア開発
・イノベーション・グローバル・エコシステム形成支援

【主な著書/論文/プレス発表】
「グローバルビジネスパーソンのためのメンタルヘルスガイド」kindle版
「喪失の先にある共感: 異文化と紡ぐ癒しの物語」kindle版
「実践!情報・メディアリテラシー: Essential Skills for the Global Era」kindle版
「こころと共感の力: つながる時代を前向きに生きる知恵」kindle版
「未来を拓く英語習得革命: AIと異文化理解の新たな挑戦」kindle版
「グローバルビジネス成功の第一歩: 基礎から実践まで」Kindle版
「仕事と脳力開発-挫折また挫折そして希望へ-」(城野経済研究所)
「英語教育と脳力開発-受験直前一ヶ月前の戦略・戦術」(城野経済研究所)
「国際派就職ガイド」(三修社)
「セミナーニュース(私立幼稚園を支援する)」(日本経営教育研究所)

【主な研修実績】
・グローバルビジネスコミュニケーションスキルアップ ・リーダーシップ ・コーチング
・ファシリテーション ・ディベート ・プレゼンテーション ・問題解決
・グローバルキャリアモデル構築と実践 ・キャリア・デザインセミナー
・創造性開発 ・情報収集分析 ・プロジェクトマネジメント研修他
※上記、いずれもファシリテーション型ワークショップを基本に実施

【主なコンサルティング実績】
年次経営計画の作成。コスト削減計画作成・実施。適正在庫水準のコントロール・指導を遂行。人事総務部門では、インセンティブプログラムの開発・実施、人事評価システムの考案。リストラクチャリングの実施。サプライチェーン部門では、そのプロセス及びコスト構造の改善。ERPの導入に際しては、プロジェクトリーダーを務め、導入期限内にその導入。組織全般の企業風土・文化の改革を行う。

【主な講演実績】
産業構造変革時代に求められる人材
外資系企業で働くということ
外資系企業へのアプローチ
異文化理解力
経営の志
商いは感動だ!
品質は、タダで手に入る
利益は、タダで手に入る
共生の時代を創る-点から面へ、そして主流へ
幸せのコミュニケーション
古典に学ぶ人生
古典に学ぶ経営
論語と経営
論語と人生
安岡正篤先生から学んだこと
素読のすすめ
経営の突破口は儒学にあり
実践行動学として儒学に学ぶ!~今ここに美しく生きるために~
何のためにいきるのか~一人の女性の死を見つめて~
縁により縁に生きる
縁に生かされて~人は生きているのではなく生かされているのだ!~
看取ることによって手渡されるいのちのバトン
など
シエアする:
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