人はなぜ偏った報道を信じるのか―脳科学と認知バイアスで読み解く情報操作

シエアする:

人はなぜ偏った報道を信じるのか――脳科学と認知バイアスで読み解く情報操作

本記事は、連載「オールドメディアとネット時代の情報検証――認知戦・データサイエンス・OSINTから読み解く誤報と偏向報道【全10回】」の第2回である。

第2回では、人間がなぜ偏った報道や誤情報に影響されるのかを、脳科学と認知心理学の視点から検討する。確証バイアス、権威バイアス、フレーミング効果、真実性の錯覚、敵対的メディア認知などを通じて、情報を検証する前に、自分自身の認知の偏りを理解する必要性を明らかにする。

はじめに――騙されるのは、知識のない人だけではない

偏った報道や誤情報に騙されるのは、知識の乏しい人、感情的な人、政治に詳しくない人だけだと思われがちである。

しかし、現実にはそうではない。

高い学歴を持つ人、豊富な専門知識を持つ人、新聞やニュースを毎日読む人であっても、自分の信念に合う情報を過大評価し、反対の証拠を軽視することがある。むしろ知識や論理的能力が高い人ほど、自分の立場を守るために巧妙な理由を組み立てる場合さえある。

人間の脳は、目の前のすべての情報を公平に処理する装置ではない。

脳には、限られた時間と注意力の中で、素早く状況を判断し、危険を避け、他者と協力し、自分の属する集団を守るという役割がある。そのため、情報を単純化し、過去の経験と結び付け、感情や直感を使って判断する。

この仕組みは、日常生活を効率的に営むうえで不可欠である。

道を歩くとき、目に入るすべての物体を一つずつ分析していたのでは、前へ進めない。相手の表情、声の調子、周囲の状況から、脳は瞬時に意味を推測する。過去に危険だったものを見れば、詳細を分析する前に警戒する。

しかし、この素早い判断の仕組みは、ニュース、政治、社会問題、感染症、災害、戦争など、複雑で不確実な情報を扱う場面では誤りを生む。

見出しを一度見ただけで、記事の内容を理解したと思う。

自分が嫌いな政治家に不利なニュースは信じやすい。

繰り返し目にした主張を、根拠がなくても事実らしいと感じる。

専門家の肩書が付いていると、内容を十分に確認せず受け入れる。

多数の人が共有している情報を、社会的に承認された真実だと思う。

同じ報道を見ても、自分の支持する側に不利な偏向報道だと感じる。

こうした反応は、単なる不注意ではない。人間の認知の基本的な性質と深く関係している。

報道の偏りを見抜くためには、メディア側の編集や意図を調べるだけでは足りない。

ニュースを受け取る自分自身の脳が、情報をどのように選び、解釈し、記憶しているのかを知る必要がある。

第1章 人間の脳は情報をそのまま受け取っていない

私たちは、目や耳から入った情報を、そのまま心の中へ保存しているわけではない。

脳は、外部から入ってくる大量の情報の中から一部を選び、過去の経験、知識、期待、感情と結び付けながら意味を作る。

同じ映像を見ても、見る人によって解釈が異なるのは、このためである。

たとえば、政治家が記者の質問に対して沈黙した場面を考えてみよう。

支持者は、「慎重に考えている」「不用意な発言を避けた」と評価するかもしれない。批判者は、「答えられず逃げた」「都合の悪い事実を隠している」と受け取るかもしれない。

映像として映っているのは、同じ沈黙である。

しかし、受け手はその沈黙に、自分の期待や先入観に基づく意味を与える。

私たちは出来事そのものを見ているようでいて、実際には、出来事と自分の認知が組み合わさって作られた解釈を見ているのである。

この仕組みを理解することは重要である。

「自分は映像を見たのだから間違いない」「自分は発言全文を読んだから客観的である」と考えた瞬間、自分の解釈が入り込んでいる可能性を見失うからである。

事実と解釈は、同じではない。

事実とは、確認可能な出来事や記録である。

解釈とは、その出来事が何を意味するかについての判断である。

ニュースを読むときには、まず、この二つを分けなければならない。

第2章 脳はすべてを熟考することができない

人間は、日常的に膨大な判断を行っている。

どの道を通るか、誰の話を信じるか、何を買うか、どのニュースを読むか、どの投稿を共有するか。これらを毎回、完全な情報と厳密な論理によって判断することはできない。

そのため、脳は経験則や直感を利用する。

心理学では、このような簡便な判断方法を「ヒューリスティック」と呼ぶ。ヒューリスティックは、限られた時間の中で素早く判断するために役立つ一方、一定の方向へ判断を偏らせることがある。

「多くの人が支持しているから正しいだろう」

「有名な専門家が言っているから信頼できるだろう」

「最近よく事件のニュースを見るから、犯罪が急増しているのだろう」

「詳しい数字が示されているから、科学的なのだろう」

これらは、必ずしも不合理な判断ではない。多数意見、専門性、最近の事例、具体的な数字は、判断の手掛かりになり得る。

しかし、手掛かりは証拠そのものではない。

多数の人が誤ることもある。専門家が専門外の問題を語ることもある。事件報道が増えても、犯罪統計が増えているとは限らない。細かな数字を並べた説明が、恣意的な前提に基づいていることもある。

脳の近道は便利であるが、重要な判断では、その近道から一度降りる必要がある。

第3章 認知バイアスは「欠陥」ではなく認知の傾向である

認知バイアスとは、情報の選択、解釈、記憶、判断が、一定の方向へ偏る傾向である。

「バイアス」という言葉には、誤りや欠陥という否定的な印象がある。しかし、認知バイアスの多くは、人間が複雑な環境へ適応する過程で生じた認知の特徴である。

危険の可能性を実際より高く見積もる傾向は、不要な不安を生む一方で、危険を早く避けるのに役立つ。

自分と同じ集団の人を信頼しやすい傾向は、排他性を生む一方で、集団内の協力を促す。

過去の経験を新しい状況へ当てはめることは、誤解を生む一方で、毎回ゼロから学び直す負担を減らす。

したがって、認知バイアスを完全になくすことはできない。

重要なのは、自分にはバイアスがないと思うことではなく、自分にも必ずバイアスがあると認識することである。

メディアリテラシーとは、自分だけが偏りから自由であると考える能力ではない。

自分の判断にも偏りが入り得ることを前提に、検証の手続きを設ける能力である。

第4章 確証バイアス――信じたい情報を集める心

メディアを読むうえで最も重要な認知バイアスの一つが、確証バイアスである。

確証バイアスとは、自分がすでに持っている信念や仮説を支持する情報を探し、重視し、記憶する一方、それに反する情報を軽視したり、厳しく評価したりする傾向である。

ある人が「新聞やテレビは政府に都合のよい情報しか流さない」と強く信じているとする。

その人は、政府寄りに見える報道を見つけると、「やはりそうだ」と受け止める。一方、政府を厳しく追及する調査報道については、「対立を演出しているだけだ」「本当に重要な問題は報じていない」と解釈するかもしれない。

反対に、「大手報道機関は厳しい取材と編集を経ているから、ネットより信頼できる」と考える人は、新聞やテレビの誤報を例外として扱い、ネット上の正確な検証を偶然や素人の推測として軽視することがある。

確証バイアスの特徴は、情報を受け取った後の解釈だけでなく、情報を探す段階から働くことである。

検索するときに、自分の考えをそのまま検索語へ入れれば、自分の信念を支持する記事が表示されやすい。

「○○は危険」

「○○は嘘」

「○○は失敗」

このような検索語を使えば、反対の立場を支持する情報より、疑いを補強する情報へ到達しやすくなる。

情報を調べたつもりが、自分の信念に合う証拠だけを収集する作業になっている可能性がある。

確証バイアスは、政治的立場の左右、保守と革新、政府支持と政府批判、メディア支持とメディア批判のいずれにも生じる。

自分が正義の側にいるという確信は、確証バイアスへの免疫にはならない。むしろ、確信が強いほど、反対の証拠を敵の宣伝として排除しやすくなる。

第5章 動機付けられた推論――結論を守るために理屈を使う

人間は、証拠を検討してから結論を出すとは限らない。

先に望ましい結論があり、その結論を守るために証拠を選び、理由を組み立てることがある。これを「動機付けられた推論」と呼ぶ。

たとえば、自分が支持する政治家に不利な疑惑が報じられた場合、報道機関の取材方法、記者の過去の発言、証言者の人物像、見出しの表現などを細かく検討し、疑惑を否定する理由を探す。

一方、自分が嫌う政治家に同じ程度の疑惑が出た場合には、見出しだけで「やはり不正をしていた」と判断するかもしれない。

ここで問題なのは、批判的に検討することではない。

自分に不都合な情報だけを厳しく審査し、自分に都合のよい情報には甘い基準を適用することである。

論理的能力や知識があれば、動機付けられた推論を避けられるとは限らない。

知識の豊富な人は、反対証拠を退けるための理屈も多く持っている。論理的能力の高い人は、自分の信念を守るために、より説得力のある説明を組み立てることができる。

したがって、「自分は論理的だから偏らない」という自己評価は危険である。

本当に必要なのは、自分が支持する側と批判する側へ、同じ証拠基準を適用できるかという点検である。

第6章 利用可能性ヒューリスティック――思い出しやすい出来事を多いと感じる

人間は、ある出来事がどれほど頻繁に起きているかを判断するとき、統計だけでなく、その出来事をどれほど簡単に思い出せるかを手掛かりにする。

これを利用可能性ヒューリスティックという。

衝撃的な事件がテレビやSNSで繰り返し報じられると、その事件と同じ種類の危険が社会全体で急増しているように感じる。

飛行機事故の映像を連日見れば、航空機が非常に危険な交通手段だと感じる。特殊な犯罪が繰り返し報じられれば、身近な場所でも同じ犯罪が頻発していると思う。

しかし、ニュースで目立つ出来事と、統計的に頻繁な出来事は一致しない。

珍しく、映像があり、感情を刺激し、人物の物語として描きやすい出来事ほどニュースになりやすい。一方、日常的に多数発生していても、一件ごとの映像や劇的な展開がない問題は、報道量が少なくなりやすい。

報道量を、そのまま発生件数と考えてはならない。

「最近、このニュースをよく見る」という感覚が生じたときには、「実際の件数が増えたのか、それとも報道量が増えたのか」を分けて確認する必要がある。

第7章 フレーミング効果――同じ事実でも見せ方によって印象が変わる

フレーミングとは、出来事のどの側面を強調し、どの言葉や比較を使って説明するかという枠組みである。

同じ事実でも、表現の仕方によって受け手の印象は変わる。

「支持率が40%ある」と表現するか、「国民の60%が支持していない」と表現するか。

「治療を受けた人の90%が生存した」と表現するか、「10%が死亡した」と表現するか。

「予算を10億円削減した」と表現するか、「従来予算の95%を維持した」と表現するか。

示している数字が同じでも、何を基準に置くかによって、肯定的にも否定的にも見える。

ニュースの見出し、写真、字幕、ナレーションには、必ず何らかのフレームが含まれる。

「改革」「強行」「見直し」「後退」「負担」「投資」「ばらまき」などの言葉は、同じ政策へ異なる意味を与える。

フレーミングがあるから、直ちに悪意ある情報操作だとは限らない。言葉で説明する以上、何らかの枠組みを用いることは避けられない。

重要なのは、使用された枠組みを唯一の見方だと思わないことである。

見出しを読んだときには、同じ事実を反対の立場から表現するとどうなるかを考える。

「誰の利益を基準にした表現か」

「何と比較して増えた、減ったと言っているのか」

「別の期間や分母を使えば、どのように見えるか」

こうした問いによって、フレームから一歩外へ出ることができる。

第8章 アンカリング効果――最初に示された数字に引き寄せられる

最初に提示された数字や情報が、その後の判断の基準になることを、アンカリング効果という。

ニュースの見出しに「損失一兆円」「感染者十万人」「支持率最低」といった強い数字が示されると、その数字が判断の基準として残る。

後から条件や比較対象が説明されても、最初の印象を完全に修正することは難しい。

たとえば、政府の政策費用として非常に大きな金額が示された場合、それが複数年度の総額なのか、単年度の支出なのか、国全体の予算に対してどの程度なのかによって意味は変わる。

しかし、最初に大きな数字だけを見せられると、「巨額である」「浪費である」という印象が先に形成される。

世論調査でも、最初に示された選択肢、質問の順番、比較対象が回答へ影響する可能性がある。

数字を見たときには、その大きさだけでなく、単位、期間、分母、比較基準を確認する必要がある。

最初に提示された数字から離れ、別の尺度へ置き換えることが重要である。

第9章 真実性の錯覚――繰り返された情報は正しく感じられる

同じ主張を繰り返し目にすると、その内容が正しいと感じやすくなる。

これを「真実性の錯覚」または「錯誤真実効果」という。

繰り返された文章は、初めて読む文章より処理しやすい。読みやすさや見慣れた感覚を、脳が「正しさ」の手掛かりとして誤って利用するのである。

その主張が以前に誤りだと説明されていても、反復によって真実らしさが増す場合がある。

「○○は危険である」

「○○には重大な疑惑がある」

「専門家は○○を認めている」

このような短い主張が、テレビ、新聞、SNS、動画の字幕、コメント欄で何度も繰り返されると、詳しい根拠を確認していなくても、「何か問題があるのだろう」という感覚が残る。

誤情報研究では、反復、情報の処理しやすさ、情報源への信頼、既存知識との一致などが、情報の真偽判断へ影響することが整理されている。誤情報を信じる要因は一つではなく、認知的、社会的、感情的要因が重なって働く。

訂正報道にも注意が必要である。

誤った主張を否定するために、その主張を繰り返し大きく表示すると、否定部分より元の主張だけが記憶に残ることがある。

したがって、訂正するときには、誤情報を何度も反復するだけでなく、最初に正しい情報を示し、なぜ誤っているのかを簡潔に説明し、代わりとなる正確な理解を提示する必要がある。

第10章 感情は情報の拡散力を高める

人間は、すべてのニュースへ同じ強さで反応するわけではない。

怒り、不安、恐怖、嫌悪、驚き、同情、誇りなど、強い感情を引き起こす情報は、注意を引き、記憶に残り、他者へ共有されやすい。

特に怒りは、問題の原因と責任者を明確にする。

「あの政治家が国を壊した」

「あの新聞社が真実を隠した」

「あの集団が私たちの生活を脅かしている」

このような物語は、複雑な社会問題を、善と悪、被害者と加害者、味方と敵に単純化する。

単純な物語は理解しやすく、共有しやすい。

しかし、理解しやすいことと正確であることは同じではない。

社会問題の多くは、複数の原因、制度、歴史、利害関係が絡み合っている。一人の人物や一つの組織だけですべてを説明できることは少ない。

感情が動いたときには、情報をすぐ共有せず、一度立ち止まる必要がある。

「この情報は、私に何を感じさせようとしているのか」

「怒りを感じる前に、何が確認されているのか」

「責任者として示された人物以外に、どのような要因があるのか」

感情を否定する必要はない。

感情を、事実の証明として使わないことが重要である。

第11章 権威バイアス――肩書と知名度を真実の代わりにする

医師、大学教授、元官僚、弁護士、評論家、研究者などの肩書は、情報を評価する手掛かりになる。

専門的な問題については、適切な知識と経験を持つ人物の説明を参考にすることが必要である。

しかし、肩書があることと、その発言が正しいことは同じではない。

一人の医師が語ったから、医学界の合意であるとは限らない。

大学教授が話したから、その人物の専門分野に関する発言とは限らない。

元官僚が語ったから、現在の制度や組織の実態を正確に説明しているとは限らない。

有名な専門家が、政治的立場、所属組織、経済的利害から完全に自由であるとも限らない。

報道番組では、出演可能で説明が分かりやすく、番組の進行に適した専門家が選ばれやすい。最も優れた研究者が、最も頻繁にテレビへ出演するとは限らない。

専門家の発言を評価するときには、少なくとも次の点を確認すべきである。

その人物の専門分野は何か。

今回のテーマは、その専門分野に含まれるか。

個人の意見か、研究分野で広く共有された見解か。

根拠となる論文、統計、資料が示されているか。

所属先や資金提供者との利益相反はないか。

反対意見を持つ専門家は、どのような根拠を示しているか。

専門家を尊重することと、専門家へ思考を委ねることは違う。

第12章 社会的証明――多くの人が信じる情報は正しく見える

人間は、判断に迷ったとき、他者の行動を手掛かりにする。

多くの人が選んでいる商品、多数の人が並んでいる店、多くの人が支持する意見は、正しいように感じられる。

SNSでは、いいね、共有数、再生数、コメント数、トレンド表示などが、情報の価値を示す指標として見える。

しかし、拡散量は真偽を保証しない。

情報が拡散される理由には、正確さ以外にも、面白さ、驚き、怒り、恐怖、政治的動員、著名人による共有、アルゴリズム上の推薦などがある。

多数の利用者が独立して同じ結論へ達したように見えても、実際には一つの誤った投稿を全員が参照している場合がある。

複数の記事が同じ内容を報じていても、元をたどると一つの通信社記事、一人の匿名情報源、一つのSNS投稿に行き着くこともある。

これは、情報源の数と独立性を区別する必要があることを示している。

百人が同じ投稿を共有していても、独立した百の証拠があるわけではない。

ネット上の集合知は、異なる知識と視点を持つ人々が、互いに独立して評価するときに力を発揮する。一方、思想的に分離された集団で、先行する評価に影響されながら判断すると、集団の評価が誤情報を補強することもある。

第13章 内集団バイアス――味方の情報を信じ、敵の情報を疑う

人間は、自分が所属する集団の人を信頼し、外部の集団を警戒する傾向を持つ。

政治、国籍、宗教、職業、世代、地域、支持政党、メディア観など、さまざまな属性が「私たち」と「彼ら」を作る。

情報の真偽判断も、集団意識の影響を受ける。

自分と同じ政治的立場の人物が発信した情報は、善意から出たものと解釈する。

反対陣営の人物が同じ内容を語れば、裏に意図があると疑う。

味方の失言は文脈を考慮し、敵の失言は人格の証明として扱う。

味方の誤報は不注意、敵の誤報は組織的な情報操作と考える。

この二重基準が強まると、情報の内容より、誰が発信したかが重要になる。

すると、情報空間は、事実を共有する場ではなく、所属集団への忠誠を示す場へ変わる。

ニュースを共有する行為も、「これは正確だと思う」という意思表示ではなく、「私はこの陣営に属している」という合図になる。

認知戦では、この集団心理が利用される。

特定の情報を信じさせるだけでなく、社会を敵対する集団へ分断し、相手側の情報を最初から信用させないことが目的となるからである。

第14章 敵対的メディア認知――同じ報道を双方が偏向だと感じる

政治的、社会的な争点について強い立場を持つ人は、中立的に作られた報道であっても、自分の側に不利だと感じることがある。

これを敵対的メディア認知という。

同じ番組を見た対立する二つの集団が、双方とも「この番組は相手側に偏っている」と評価する。

なぜ、このようなことが起きるのか。

自分の立場について詳しい人は、報道が省略した情報や表現の細部に気付きやすい。一方、相手側に不利な表現は当然の事実として受け取り、自分側に不利な表現だけを偏向として記憶する。

また、中立的な報道は、自分の立場を完全には支持しない。

強い確信を持つ人にとって、両論を紹介すること自体が、「誤った相手側へ発言の場を与える不公正」に見える場合がある。

敵対的メディア認知を理解すると、「自分が偏向を感じた」という事実と、「実際に報道が偏向している」という判断を分けられる。

不快に感じたことは、偏向の証拠ではない。

自分の側が批判されたことも、偏向の証拠ではない。

偏向を判断するには、扱った論点、証拠、時間配分、表現、比較基準、反対意見の紹介方法などを具体的に検討しなければならない。

第15章 記憶は録画ではなく再構成である

私たちは、見たニュースを映像のように正確に保存しているわけではない。

記憶は、情報の一部を保存し、後から知識、感情、他者の説明などを使って再構成される。

時間がたつと、どの媒体で見たのか、誰が言ったのか、確定情報だったのか推測だったのかが曖昧になる。

見出しでは疑問形だった内容を、後になって確定した事実として記憶することもある。

「○○に重大疑惑か」

「○○との関連を調査」

このような見出しを繰り返し見れば、調査の結果として疑惑が否定されても、「○○は何か問題を起こした」という印象だけが残る。

誤情報が訂正された後も、最初の誤った情報が推論へ影響し続ける現象は、「誤情報の持続的影響」として研究されている。単に「先ほどの情報は誤りでした」と否定するだけでは、最初に形成された説明の空白を埋められず、誤情報の影響が残ることがある。

そのため、訂正情報を読む際には、何が誤りだったかだけでなく、正しくは何が起きたのかという代替説明を確認する必要がある。

報道機関にも、単なる削除ではなく、変更履歴と訂正理由を明示することが求められる。

第16章 情報過多は判断力を高めるとは限らない

インターネットによって、私たちは過去に例のない量の情報へアクセスできるようになった。

しかし、情報量が増えれば、自動的に判断が正確になるわけではない。

情報が多すぎると、人はすべてを比較できなくなり、見出し、知名度、感情、共有数、検索順位などの簡単な手掛かりに頼る。

長い記事を読まず、短い要約だけで判断する。

一次資料を確認せず、SNSで流れてきた切り抜きだけを見る。

多くの意見を比較する代わりに、自分が信頼する一人の発信者へ依存する。

情報過多は、判断の自由を広げる一方、認知の近道への依存も強める。

さらに、アルゴリズムは、利用者が長く見続ける情報、反応する情報、過去に好んだ情報を優先して表示する。

その結果、利用者は自分で選択しているつもりでも、似た意見や感情を刺激する情報へ繰り返し接触する。

短編動画プラットフォームを含むオンライン空間では、選択的接触や確証バイアスによって、似た信念を持つ利用者が集まり、均質な情報環境が形成される可能性が研究されている。

情報の量より、情報へどのように接触しているかが重要である。

第17章 偏りを完全になくすのではなく、検証手続きを持つ

認知バイアスを知ると、「自分は何も正しく判断できないのではないか」と感じるかもしれない。

しかし、認知バイアスがあることは、判断を諦める理由にはならない。

人間の判断は不完全であるからこそ、科学、司法、監査、報道などでは、個人の直感だけに頼らない手続きが作られてきた。

複数人による確認、証拠の提示、反対意見の聴取、再現性の確認、訂正制度などである。

個人のニュース判断にも、同じ発想を取り入れることができる。

第一に、すぐ結論を出さない。

強い怒りや驚きを感じたときほど、共有する前に時間を置く。

第二に、自分の判断と反対の証拠を探す。

自分に賛成する記事を五本集めるより、反対側の最も強い根拠を一本読む方が、自分の理解を深める場合がある。

第三に、発信者と内容を分ける。

嫌いな人物の主張でも証拠が正しければ認め、好きな人物の主張でも証拠が弱ければ保留する。

第四に、見出しと本文を分ける。

見出しは注意を引くための要約であり、記事のすべてではない。

第五に、確信度を段階で考える。

「正しい」「間違い」の二択ではなく、「かなり確か」「現時点では有力」「証拠不足」「判断保留」と評価する。

第六に、訂正できる状態を保つ。

自分の過去の発言と一致することより、新しい証拠に合わせて判断を更新することを重視する。

第18章 報道の偏りを見抜くには、自分の偏りを知る必要がある

偏向報道を批判することは簡単である。

しかし、私たちは、偏向していると思う報道だけを選び、偏向の証拠を探し、自分の立場に都合のよい事例だけを記憶している可能性がある。

確証バイアスは、自分と反対の人だけが持つものではない。

権威バイアスは、テレビを信じる人だけに生じるものではない。人気動画配信者、匿名の内部告発者、特定分野のインフルエンサーへ無条件の信頼を置くことも、権威への依存である。

社会的証明は、新聞の発行部数やテレビの視聴率だけに関係するのではない。SNSのいいね数、再生数、トレンド順位を真実の指標として扱うことにも表れる。

敵対的メディア認知は、自分の支持する側を批判する報道を、すべて敵の宣伝と考えるときに働く。

人間は、自分が誤った情報を信じているときでも、「自分は騙されている」とは感じない。

むしろ、「自分だけは真実を見抜いている」と感じることがある。

この感覚こそ、注意すべきである。

情報操作に強い人とは、すべての嘘を瞬時に見破れる人ではない。

自分の直感を絶対視せず、証拠を確認し、反対意見を検討し、必要に応じて判断を修正できる人である。

偏った報道を見抜く第一歩は、メディアを疑うことだけではない。

メディアを見ている自分自身の認知を疑うことである。

今回の要点

・人間の脳は、情報をそのまま受け取るのではなく、経験、期待、感情と結び付けて解釈する。

・認知バイアスは、一部の愚かな人だけに生じる欠陥ではなく、すべての人に見られる認知の傾向である。

・確証バイアスによって、人は自分の信念に合う情報を探し、反対の証拠を厳しく評価する。

・動機付けられた推論では、証拠から結論を出すのではなく、守りたい結論に合う理由を組み立てる。

・利用可能性ヒューリスティックによって、報道量の多い出来事を、実際に多く発生していると感じやすい。

・フレーミングによって、同じ数字や出来事でも、表現の仕方により印象が変わる。

・繰り返された主張は、根拠がなくても真実らしく感じられることがある。

・怒り、恐怖、驚きなどの感情は、情報への注意と共有を促す。

・専門家の肩書、知名度、共有数は、判断の手掛かりにはなるが、真実の証明ではない。

・対立する立場の人は、同じ報道を双方とも相手側に有利な偏向報道だと感じることがある。

・偏りを完全になくすことはできないが、反対証拠の確認、複数情報源の照合、判断保留、訂正などの手続きによって影響を減らすことはできる。

実践ワーク――自分の認知バイアスを点検する

最近、強く賛成したニュース、または強い怒りを感じたニュースを一つ選び、次の問いに答えてほしい。

1 最初に何を感じたか

怒り、不安、安心、喜び、嫌悪、優越感など、記事を見た直後の感情を書く。

2 見出しだけで判断していないか

本文を最後まで読み、見出しと本文の内容に違いがないかを確認する。

3 自分の既存の信念と一致していたか

そのニュースは、自分が以前から信じていたことを支持する内容だったかを書く。

4 反対の立場なら同じ基準を使うか

同じ内容が、自分の支持する人物や組織について報じられた場合にも、同じように判断するかを考える。

5 情報源は独立しているか

複数の記事があっても、すべて同じ通信社、同じSNS投稿、同じ匿名証言を参照していないかを確認する。

6 数字の分母と比較対象は何か

割合、増減、ランキングが使われている場合、分母、期間、比較対象を確認する。

7 反対の証拠を一つ探す

自分の最初の判断と一致しない、最も信頼できそうな資料を一つ探す。

8 確信度を数値化する

最初の確信度を100点満点で示し、確認後に何点へ変化したかを書く。

確信度が下がることは、判断力の弱さではない。

新しい証拠を受けて評価を調整できたということである。

次回予告

次回は、「偏向報道と切り取り報道はどう作られるのか――ニュース編集と印象操作の仕組み」を扱う。

ニュースは、現場で起きた出来事をそのまま運ぶものではない。

記者が取材対象を選び、質問を行い、映像や証言を集め、編集者が見出し、写真、字幕、順序、時間配分を決めることで、一本のニュースが作られる。

第3回では、取材、編集、見出し、映像、字幕、ナレーション、街頭インタビュー、専門家の選定などを取り上げ、必要な編集と不適切な切り取りの境界を検討する。

偏向報道は、必ずしも露骨な虚偽から作られるわけではない。

事実の選択、順序、強調、省略によっても、受け手の印象は大きく変わるのである。

総合案内

全10回の構成と各回の記事については、総合案内記事を参照されたい。

総合案内記事:
「オールドメディアとネット時代の情報検証――誤報・偏向報道を認知戦、データサイエンス、OSINTで読み解く【全10回・総合案内】」

参考文献・関連資料

※英文資料の日本語タイトルは、読者の理解を助けるための参考訳である。

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〔参考訳:「誤情報を信じる心理的要因と訂正への抵抗」〕

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〔邦訳:『ファスト&スロー――あなたの意思はどのように決まるか?』〕

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〔参考訳:「動機付けられた推論について」〕

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〔参考訳:『私たちを分断するバイアス――マイサイド思考の科学と政治』〕

Tversky, A., & Kahneman, D. (1973). Availability: A heuristic for judging frequency and probability. Cognitive Psychology, 5(2), 207–232.
〔参考訳:「利用可能性――頻度と確率を判断するヒューリスティック」〕

Tversky, A., & Kahneman, D. (1974). Judgment under uncertainty: Heuristics and biases. Science, 185(4157), 1124–1131.
〔参考訳:「不確実性下の判断――ヒューリスティックとバイアス」〕

Vallone, R. P., Ross, L., & Lepper, M. R. (1985). The hostile media phenomenon: Biased perception and perceptions of media bias in coverage of the Beirut massacre. Journal of Personality and Social Psychology, 49(3), 577–585.
〔参考訳:「敵対的メディア現象――報道の偏りに対する偏った知覚」〕

Wason, P. C. (1960). On the failure to eliminate hypotheses in a conceptual task. Quarterly Journal of Experimental Psychology, 12(3), 129–140.
〔参考訳:「概念課題において仮説を棄却できないことについて」〕

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投稿者プロフィール

市村 修一
市村 修一
【略 歴】
茨城県生まれ。
明治大学政治経済学部卒業。日米欧の企業、主に外資系企業でCFO、代表取締役社長を経験し、経営全般、経営戦略策定、人事、組織開発に深く関わる。その経験を活かし、激動の時代に卓越した人財の育成、組織開発の必要性が急務と痛感し独立。「挑戦・創造・変革」をキーワードに、日本企業、外資系企業と、幅広く人財・組織開発コンサルタントとして、特に、上級管理職育成、経営戦略策定、組織開発などの分野で研修、コンサルティング、講演活動等で活躍を経て、世界の人々のこころの支援を多言語多文化で行うグローバルスタートアップとして事業展開を目指す決意をする。

【背景】
2005年11月、 約10年連れ添った最愛の妻をがんで5年間の闘病の後亡くす。
翌年、伴侶との死別自助グループ「Good Grief Network」を共同設立。個別・グループ・グリーフカウンセリングを行う。映像を使用した自助カウンセリングを取り入れる。大きな成果を残し、それぞれの死別体験者は、新たな人生を歩み出す。
長年実践研究を妻とともにしてきた「いきるとは?」「人間学」「メンタルレジリエンス」「メンタルヘルス」「グリーフケア」をさらに学際的に実践研究を推し進め、多数の素晴らしい成果が生まれてきた。私自身がグローバルビジネスの世界で様々な体験をする中で思いを強くした社会課題解決の人生を賭ける決意をする。

株式会社レジクスレイ(Resixley Incorporated)を設立、創業者兼CEO
事業成長アクセラレーター

【専門領域】
・レジリエンス(精神的回復力) ・グリーフケア ・異文化理解 ・グローバル人財育成 
・東洋哲学・思想(人間学、経営哲学、経営戦略) ・組織文化・風土改革  ・人材・組織開発、キャリア開発
・イノベーション・グローバル・エコシステム形成支援

【主な著書/論文/プレス発表】
「グローバルビジネスパーソンのためのメンタルヘルスガイド」kindle版
「喪失の先にある共感: 異文化と紡ぐ癒しの物語」kindle版
「実践!情報・メディアリテラシー: Essential Skills for the Global Era」kindle版
「こころと共感の力: つながる時代を前向きに生きる知恵」kindle版
「未来を拓く英語習得革命: AIと異文化理解の新たな挑戦」kindle版
「グローバルビジネス成功の第一歩: 基礎から実践まで」Kindle版
「仕事と脳力開発-挫折また挫折そして希望へ-」(城野経済研究所)
「英語教育と脳力開発-受験直前一ヶ月前の戦略・戦術」(城野経済研究所)
「国際派就職ガイド」(三修社)
「セミナーニュース(私立幼稚園を支援する)」(日本経営教育研究所)

【主な研修実績】
・グローバルビジネスコミュニケーションスキルアップ ・リーダーシップ ・コーチング
・ファシリテーション ・ディベート ・プレゼンテーション ・問題解決
・グローバルキャリアモデル構築と実践 ・キャリア・デザインセミナー
・創造性開発 ・情報収集分析 ・プロジェクトマネジメント研修他
※上記、いずれもファシリテーション型ワークショップを基本に実施

【主なコンサルティング実績】
年次経営計画の作成。コスト削減計画作成・実施。適正在庫水準のコントロール・指導を遂行。人事総務部門では、インセンティブプログラムの開発・実施、人事評価システムの考案。リストラクチャリングの実施。サプライチェーン部門では、そのプロセス及びコスト構造の改善。ERPの導入に際しては、プロジェクトリーダーを務め、導入期限内にその導入。組織全般の企業風土・文化の改革を行う。

【主な講演実績】
産業構造変革時代に求められる人材
外資系企業で働くということ
外資系企業へのアプローチ
異文化理解力
経営の志
商いは感動だ!
品質は、タダで手に入る
利益は、タダで手に入る
共生の時代を創る-点から面へ、そして主流へ
幸せのコミュニケーション
古典に学ぶ人生
古典に学ぶ経営
論語と経営
論語と人生
安岡正篤先生から学んだこと
素読のすすめ
経営の突破口は儒学にあり
実践行動学として儒学に学ぶ!~今ここに美しく生きるために~
何のためにいきるのか~一人の女性の死を見つめて~
縁により縁に生きる
縁に生かされて~人は生きているのではなく生かされているのだ!~
看取ることによって手渡されるいのちのバトン
など
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