偏向報道と切り取り報道はどう作られるのか―ニュース編集と印象操作の仕組み

シエアする:

偏向報道と切り取り報道はどう作られるのか――ニュース編集と印象操作の仕組み

本記事は、連載「オールドメディアとネット時代の情報検証――認知戦・データサイエンス・OSINTから読み解く誤報と偏向報道【全10回】」の第3回である。

第3回では、ニュースが取材、選択、編集を通して作られる過程をたどり、偏向報道、切り取り報道、印象操作がどのように生じるのかを考える。見出し、映像、字幕、ナレーション、写真、街頭インタビュー、専門家の選定などが受け手の判断に及ぼす影響を明らかにするとともに、報道に不可欠な編集と、不適切な印象操作との境界を検討する。

はじめに――ニュースは現実をそのまま映す鏡ではない

ある政治家が、一時間にわたって記者会見を行ったとする。

会見では、経済政策、安全保障、社会保障、政治資金、党内問題など、多数の質問が出た。その中で政治家が言葉に詰まった十秒間だけをテレビ番組が放送すれば、視聴者には「質問に答えられない政治家」という印象が残るかもしれない。

反対に、政策を力強く説明した三十秒だけを放送すれば、「明確な方針を持つ指導者」という印象が生まれる可能性がある。

どちらの映像も、実際の会見から切り出されたものである。

映像そのものは捏造されていない。発言も実際に行われている。しかし、どの場面を選ぶかによって、視聴者が受け取る人物像は大きく変わる。

新聞記事でも同じことが起こる。

政治家が「この政策には負担も伴う。しかし、将来世代への投資として必要である」と発言したとする。

見出しを、

「首相『国民に負担を求める』」

とすることもできる。

一方で、

「首相『将来世代への投資が必要』」

とすることもできる。

どちらも発言の一部を使っている。しかし、読者が受ける印象は正反対である。

ニュースとは、現実をそのまま運ぶ透明な容器ではない。

記者が取材対象を選び、質問を行い、証言や資料を集める。編集者が記事の長さ、見出し、写真、掲載位置を決める。テレビでは、映像、字幕、ナレーション、音楽、出演者のコメントが組み合わされる。

この過程を経て、膨大な現実の一部が、一つの「ニュース」として提示される。

編集は、報道に不可欠である。

問題は、編集が行われること自体ではない。

何が選ばれ、何が省かれ、どの順序で示され、どの意味が強調されたのかである。

第1章 ニュースは発見されるのではなく、選ばれる

世界では、毎日、数え切れないほどの出来事が起きている。

国会では複数の委員会が開かれ、行政機関は多数の資料を公表し、企業は決算や人事を発表する。海外では、選挙、紛争、外交交渉、災害、研究成果などが次々と生じる。

これらをすべて同じ大きさで報道することは不可能である。

報道機関は、何をニュースとして扱うかを選ばなければならない。

事件の規模、社会的影響、著名人との関係、映像の有無、時間的な新しさ、読者や視聴者の関心、取材のしやすさなどが、選択へ影響する。

大勢の生活に長期的な影響を及ぼす制度変更より、一人の著名人の失言が大きく報じられることがある。

複雑で映像化しにくい政策問題より、短い衝突映像や感情的な発言が優先されることもある。

これは、必ずしも報道機関が重要な問題を意図的に隠していることを意味しない。

ニュースには、限られた紙面、放送時間、人員、予算という制約がある。読者や視聴者の関心を引かなければ、報道事業そのものを継続できないという事情もある。

しかし、選択の積み重ねによって、社会の現実の一部が大きく見え、別の部分が見えにくくなる。

ニュースは、現実の一覧表ではない。

何を社会的に注目すべき問題とするかを選び出す装置でもある。

第2章 ニュース価値は中立的な基準ではない

どの出来事をニュースとして扱うかを判断するとき、報道機関は「ニュース価値」を考える。

社会への影響が大きいか。

多くの人に関係するか。

新しさや意外性があるか。

著名な人物が関係しているか。

対立や葛藤があるか。

映像や写真で伝えやすいか。

これらは、ニュースを選ぶための実務的な基準である。

しかし、ニュース価値は、自然界に存在する客観的な数値ではない。

同じ出来事であっても、国、地域、時代、報道機関、読者層によって評価は変わる。

日本企業の海外工場で起きた問題は、日本のメディアでは大きく扱われても、別の国ではほとんど報じられないかもしれない。

同じ政策でも、経済紙は企業への影響を重視し、地方紙は地域生活への影響を重視する。

テレビは映像の強さを重視し、専門誌は制度の詳細を重視する。

したがって、「報道されたから重要である」「報道されなかったから重要ではない」とは限らない。

報道量は、問題の社会的重要性だけでなく、メディア側の判断と事情を反映している。

第3章 取材対象を誰にするかで物語は変わる

ニュースを作る最初の段階で、記者は誰に話を聞くかを選ぶ。

政府の政策を扱う場合、担当大臣、官僚、野党議員、研究者、企業経営者、労働者、消費者など、さまざまな取材対象が考えられる。

誰の声を中心に置くかによって、記事の物語は変わる。

政府関係者を中心に取材すれば、政策の目的や制度設計が詳しく説明される。

反対運動の参加者を中心に取材すれば、政策による不安や被害が前面に出る。

企業経営者へ聞けば、競争力や費用の問題が強調される。

生活者へ聞けば、家計や地域への影響が強調される。

どの声も、現実の一部である。

しかし、一部の声だけで全体を代表させれば、偏った構図が作られる。

さらに、取材対象の人数が多ければ、公平になるとは限らない。

賛成側三人、反対側三人へ取材しても、専門性、代表性、証拠の質が同じとは限らない。

報道の公平性とは、単純に人数を半分ずつにすることではない。

重要な立場や証拠を不当に排除せず、それぞれが何を根拠に主張しているかを示すことである。

第4章 質問の仕方が答えを作る

記者会見やインタビューでは、質問そのものが回答の方向を決める。

「今回の政策によって、国民の負担が増えることをどう説明するのか」

と質問すれば、負担増を前提とした回答が求められる。

一方、

「今回の政策によって、どのような将来利益が期待できるのか」

と質問すれば、政策の効果が中心になる。

どちらの質問も必要かもしれない。

問題は、一方だけを繰り返し、別の側面を尋ねない場合である。

質問には、前提が含まれていることがある。

「なぜ失敗したのか」

という質問は、すでに失敗したことを前提としている。

「国民の反発を無視して進めるのか」

という質問は、反発が国民全体を代表しているかのような印象を与える。

鋭い質問は、権力を検証するために必要である。

しかし、質問の前提そのものが事実に基づいているかも確認しなければならない。

記者の質問と取材対象者の回答を切り離して見ると、回答の意味を誤解することがある。

切り抜き動画では、質問部分を削除し、回答だけを示すことがある。その結果、何について答えた発言なのかが分からなくなる。

発言を検証するときには、回答だけでなく、その直前の質問も確認する必要がある。

第5章 情報源への依存が報道の方向を決める

報道機関は、自らすべての出来事を直接観察しているわけではない。

行政機関、警察、企業、政党、通信社、専門家、内部告発者、一般市民など、さまざまな情報源から材料を得る。

情報源には、それぞれ立場と目的がある。

政府は政策の成果を強調する。

野党は政府の問題点を強調する。

企業は自社に有利な説明を行う。

内部告発者は組織の問題を明らかにする一方、個人的な対立を抱えている場合もある。

匿名情報源は重要な情報を提供することがあるが、読者には、その人物の立場や信頼性を直接確認できない。

記者が特定の情報源へ長期間依存すると、その情報源の視点が報道へ入り込みやすくなる。

情報を継続的に提供してもらうため、関係を壊すような質問や報道を避ける可能性もある。

逆に、取材対象との関係が悪化すると、その人物や組織から情報を得にくくなる。

取材源との関係は、報道に必要である。

しかし、取材源との近さは、情報へのアクセスを可能にすると同時に、批判的距離を失わせる危険も持つ。

第6章 切り取り報道とは何か

「切り取り報道」という言葉は、現在、広く使われている。

しかし、すべての要約や短縮を切り取り報道と呼ぶべきではない。

一時間の会見を一分のニュースにする以上、発言の一部を選ぶことは避けられない。数百ページの報告書を千字の記事にまとめる場合も、省略は必要である。

切り取りが問題になるのは、発言や出来事の一部を抜き出すことで、元の意味、条件、対象、結論が変わる場合である。

たとえば、発言者が、

「増税という選択肢を現時点で考えているわけではない。ただし、将来の財政状況によって、あらゆる選択肢を検討する必要はある」

と述べたとする。

ここから、

「将来、増税も検討する必要がある」

という部分だけを見出しにすれば、直ちに増税を検討しているように見える。

反対に、

「増税という選択肢を考えているわけではない」

だけを使えば、将来の検討可能性を完全に否定したように見える。

双方とも、発言された言葉ではある。

しかし、条件や留保を省くことで、全体の意味が変わっている。

切り取り報道を判断するには、「短くしたか」ではなく、「短くした結果、元の意味が変わったか」を見る必要がある。

第7章 文脈には複数の層がある

発言の文脈というと、前後の文章だけを考えがちである。

しかし、文脈には複数の層がある。

第一は、発言前後の文脈である。

どの質問に答えたのか。前後でどのような説明をしていたのか。

第二は、出来事の文脈である。

何が起きた直後の発言なのか。緊急時なのか、通常の政策説明なのか。

第三は、制度の文脈である。

発言者に決定権があるのか。法的にはどのような手続きが必要なのか。

第四は、統計の文脈である。

数字はどの期間、地域、対象を示しているのか。前年との比較か、長期平均との比較か。

第五は、歴史的文脈である。

過去に同じ問題がどのように扱われてきたのか。以前の発言や政策との関係はどうか。

数分間の全編映像を見ても、制度や歴史の文脈が分からなければ、発言の意味を正しく判断できない場合がある。

「全編を見た」という事実だけで、すべての文脈を確認したことにはならない。

第8章 見出しは記事の入口であり、印象の出口でもある

多くの読者は、記事本文をすべて読まない。

見出し、写真、冒頭数行だけを見て、内容を判断することがある。

そのため、見出しは強い影響力を持つ。

見出しには、短さと分かりやすさが求められる。限られた文字数の中で記事の核心を示さなければならない。

しかし、短くする過程で、条件や留保が消えることがある。

「可能性を否定せず」

が、

「実施を検討」

へ変わる。

「一部の専門家が懸念」

が、

「専門家が警告」

へ変わる。

「前月比で低下」

が、

「急落」

へ変わる。

さらに、見出しには読者の注意を引く役割もある。

強い動詞、対立、危機、失敗、怒り、驚きを示す言葉は、クリックされやすい。

しかし、見出しが強くなりすぎると、本文より断定的になり、記事全体の意味を歪める。

本文では慎重な表現が使われていても、見出しだけがSNSで拡散されれば、読者には強い断定だけが残る。

見出しを読むときには、本文が本当にその見出しを裏付けているかを確認する必要がある。

第9章 写真は事実を写すが、全体を写さない

写真は、強い証拠のように見える。

実際に撮影された場面であれば、文章より信頼できると感じる人も多い。

しかし、写真は、一つの場所、一つの角度、一瞬の時間を切り取ったものである。

政治集会の会場を近距離から撮影すれば、多くの人が密集しているように見える。広い範囲を上から撮影すれば、空席が目立つかもしれない。

抗議活動の中で、一部の参加者が衝突している写真を使えば、集会全体が暴力的であるように見える。

反対に、平穏な参加者だけを写せば、衝突がなかったような印象を与える。

人物写真でも、笑顔、怒った表情、目を閉じた瞬間、うつむいた姿など、どの一枚を選ぶかで人物像が変わる。

写真が本物であることと、その写真が出来事全体を適切に代表していることは同じではない。

写真を見るときには、撮影時刻、撮影場所、撮影者、前後の出来事、別角度の画像がないかを確認する必要がある。

第10章 映像編集は時間と因果関係を作る

映像は、写真以上に現実そのもののように感じられる。

しかし、テレビ番組や動画記事では、複数の映像が編集によってつながれている。

ある人物が発言する。

次に、怒った表情の聴衆が映る。

続いて、批判的な専門家のコメントが流れる。

視聴者は、この三つの映像が直接関係しているように受け取る。

しかし、聴衆の映像が別の発言に対する反応だった可能性もある。専門家のコメントが、別の質問への回答だった可能性もある。

映像の順序は、因果関係を暗示する。

発言の直後に批判映像を置けば、「発言が批判を招いた」という物語になる。

同じ素材でも、別の順序に並べれば異なる物語が作られる。

映像のつなぎ方、長さ、再生速度、静止、拡大なども印象へ影響する。

一瞬の表情を停止して長く見せれば、その人物の性格を示す場面のように感じられる。

編集は映像報道に不可欠である。

だからこそ、異なる時刻や場所の映像をつなぐ場合には、それが分かるように示す必要がある。

第11章 字幕は耳で聞いた言葉の意味を固定する

テレビや短編動画では、字幕が大きな役割を持つ。

人は、音声だけよりも、画面に大きく表示された文字へ注意を向けやすい。

長い発言の中から、番組が重要だと判断した言葉だけが字幕になる。

字幕には、発言を理解しやすくする利点がある。しかし、字幕の選び方によって、受け手の注意が特定の表現へ集中する。

さらに、字幕が発言を要約する場合、元の意味と完全には一致しないことがある。

話者が、

「現時点では、その可能性が高いとは言えない」

と述べたのに、

「可能性を否定せず」

と字幕を付ければ、慎重な否定が、検討を認めた発言のように見える。

字幕の色、大きさ、記号も感情を誘導する。

赤い文字、疑問符、感嘆符、「激怒」「逃亡」「崩壊」といった強い語は、発言の受け取り方を先に決める。

字幕は、発言の補助であると同時に、解釈の指示にもなり得る。

第12章 ナレーションは映像に意味を与える

同じ映像でも、ナレーションが変われば、受け手の理解は変わる。

政府関係者が会議室へ入る映像に、

「政府は慎重に協議を進めている」

というナレーションを付けることもできる。

「批判が高まる中、政府は対応に追われている」

と説明することもできる。

映像そのものからは、慎重に協議しているのか、対応に追われているのかは分からない。

ナレーションが、映像の意味を補っているのである。

問題は、ナレーションによる解釈が、確認された事実なのか、記者や番組側の評価なのかが曖昧になることである。

「混乱が広がっている」

「国民の怒りが高まっている」

「政権は追い詰められている」

といった表現には、評価が含まれている。

どの程度の混乱なのか。

誰の怒りなのか。

何を根拠に追い詰められていると判断したのか。

事実報道と評価的な表現を区別する必要がある。

第13章 音楽と効果音も印象を操作する

ニュース番組、情報番組、動画コンテンツでは、音楽や効果音が使われることがある。

不安を誘う低い音。

緊張感を高める速いリズム。

失敗を印象付ける効果音。

感動を誘う穏やかな音楽。

こうした音は、言葉で直接説明しなくても、視聴者の感情を方向付ける。

同じ政治家の映像でも、勇壮な音楽を付ければ力強く見え、不穏な音楽を付ければ危険な人物に見える。

報道番組では、娯楽番組ほど露骨な演出は少ないとしても、番組の導入、特集映像、予告などでは、音による印象形成が行われる。

情報を評価するときには、映像の内容だけでなく、自分が感じた緊張や怒りが、情報そのものから生じたのか、演出から生じたのかを考える必要がある。

第14章 街頭インタビューは世論調査ではない

テレビニュースでは、駅前や繁華街で市民へ意見を聞く街頭インタビューがよく使われる。

街頭インタビューには、生活者の声を伝え、政策の影響を具体的に示す価値がある。

しかし、街頭インタビューは、通常、統計的な世論調査ではない。

どの場所で取材したか。

何時に取材したか。

どの年代や職業の人へ声をかけたか。

何人へ質問し、そのうち何人の回答を放送したか。

これらによって、結果は大きく変わる。

十人へ取材し、賛成した二人、反対した八人がいたとしても、番組が賛成二人と反対一人だけを使えば、賛成が多いように見える。

逆の編集も可能である。

また、短く明快に話せる人、感情的な反応を示した人、映像として印象に残る人が採用されやすい。

街頭インタビューは、「このように感じる人がいる」ことを示す材料にはなる。

しかし、「社会全体がこのように考えている」ことの証明にはならない。

第15章 専門家の選定が報道の枠組みを決める

ニュース番組では、専門家が出来事を解説する。

複雑な制度、医学、法律、国際情勢、科学技術を理解するために、専門家の説明は重要である。

しかし、誰を専門家として選ぶかによって、報道の方向が変わる。

同じ経済政策についても、財政規律を重視する研究者と、景気刺激を重視する研究者では評価が異なる。

同じ安全保障問題でも、軍事的抑止を重視する専門家と、外交交渉を重視する専門家では結論が異なる。

番組が一人の専門家だけを出演させれば、その人の立場が専門家全体の合意であるように見える。

一方で、対立する二人を出演させれば、研究上の支持が大きく異なる意見でも、五分五分の論争であるように見えることがある。

これは「偽りの均衡」と呼ばれる問題につながる。

公平に両論を紹介することは重要である。

しかし、科学的証拠が圧倒的に一方を支持している場合に、少数説を同じ重さで扱えば、実際の合意状況を誤って伝える。

専門家の人数だけでなく、根拠の質と研究上の位置付けを示す必要がある。

第16章 数字の選択も印象を変える

数字は客観的に見える。

しかし、どの数字を選ぶかによって、出来事の印象は変わる。

前年と比較するか、十年前と比較するか。

実数を使うか、割合を使うか。

全国平均を使うか、特定地域の数字を使うか。

一日単位で見るか、月平均で見るか。

たとえば、ある現象が前年の一件から二件へ増えた場合、「二倍に急増」と表現できる。

しかし、実数では一件増えただけである。

逆に、一万件から一万一千件へ増えた場合、増加率は一〇%だが、実数では千件増えている。

どちらが重要かは、問題の性質によって異なる。

グラフの縦軸を途中から始めれば、小さな差を巨大に見せることができる。

長期的な下降傾向の中から、短期間だけを切り取れば、急増しているように見せられる。

数字が正しいことと、数字の見せ方が適切であることは別である。

データの詳しい検証方法は第6回で扱うが、ニュース編集の段階でも、数字の選択は重要なフレーミングになる。

第17章 訂正と更新の仕方も信頼を左右する

速報報道では、情報が不完全な段階で記事を出さなければならないことがある。

災害、事件、選挙、国際紛争などでは、初期情報が後から修正されるのは避けられない。

問題は、誤りが起きたことだけではない。

どのように訂正したかである。

記事本文を静かに書き換え、変更履歴を残さない。

見出しだけを変更し、当初の誤りを説明しない。

目立つ場所で報じた誤情報を、小さな訂正欄だけで修正する。

こうした方法では、最初の誤情報を見た人に訂正が届かない。

一方で、訂正箇所、訂正日時、誤りの原因、正しい情報を明示すれば、読者は更新過程を確認できる。

誤りを認めることは、信頼を失う行為とは限らない。

透明に訂正することは、検証可能性を高め、長期的な信頼につながる。

UNESCOのジャーナリズム教育用ハンドブックは、信頼できるジャーナリズムにおける検証、説明責任、メディア・情報リテラシーの重要性を扱っている。また、『Verification Handbook』は、画像、動画、利用者投稿などの情報について、出所、文脈、日時、場所を確認する実務的な手順を提示している。

第18章 必要な編集と印象操作の境界

報道に編集は必要である。

したがって、「一部を省いた」「順番を変えた」「見出しを付けた」という事実だけで、直ちに印象操作とは言えない。

では、必要な編集と不適切な印象操作の境界はどこにあるのか。

第一の基準は、元の意味を維持しているかである。

短縮しても、発言者の結論、条件、対象が変わっていなければ、適切な要約といえる。

第二の基準は、重要な反対証拠を不当に省いていないかである。

記事の結論を大きく変える資料や証言を知りながら隠した場合、編集の範囲を超える。

第三の基準は、事実と評価を区別しているかである。

記者や番組の解釈を、確認された事実のように示してはならない。

第四の基準は、画像、映像、数字が出来事を適切に代表しているかである。

例外的な一場面を、全体の典型として使っていないかを確認する。

第五の基準は、訂正可能性が確保されているかである。

誤りが判明した場合に、修正内容と履歴が読者へ分かる形で示される必要がある。

メディア研究でいうフレーミングは、現実の特定の側面を選び、目立たせることで、問題の定義、原因の解釈、道徳的評価、解決策などを方向付ける働きを指す。すべての報道は何らかのフレームを持つが、フレームの存在と意図的な虚偽は同じではない。重要なのは、どの側面が強調され、何が見えなくなったかを検討することである。

第19章 偏向報道は必ずしも会議で決められるわけではない

偏向報道という言葉から、編集会議で誰かが「この人物を悪く見せよう」と指示する場面を想像する人もいる。

そのような意図的操作が全く存在しないとは言えない。

しかし、偏りの多くは、明確な指示がなくても生じる。

記者や編集者が似た社会的背景、価値観、情報源を持っている。

同じニュース価値の基準を共有している。

視聴率やクリック数を重視する。

締め切りが迫り、利用しやすい資料へ依存する。

政府発表や通信社記事を基礎にする。

過去に報じた物語との一貫性を保とうとする。

こうした組織的、職業的な習慣が、一定の方向の報道を繰り返し生み出す。

誰かが全体を支配していなくても、構造として偏りが生じるのである。

反対に、偏りがあるからといって、すべてを陰謀で説明すべきではない。

意図、組織構造、商業上の制約、時間不足、認知バイアス、取材能力などを分けて検討する必要がある。

第20章 ネットの切り抜きはさらに強い印象操作になり得る

切り取りや印象操作は、新聞やテレビだけの問題ではない。

SNSや動画共有サービスでは、数秒から数十秒の切り抜きが大量に拡散される。

投稿者には、報道機関のような編集基準、法務確認、訂正制度がない場合も多い。

政治家や著名人の長い発言から、失言に見える部分だけを切り抜く。

質問を削除し、回答だけを示す。

映像の速度を変える。

字幕を追加し、発言者が使っていない強い表現へ置き換える。

別の時刻の映像をつなぎ、一つの出来事のように見せる。

こうした動画は短く、感情的で、共有しやすい。

さらに、利用者は「テレビが隠した真実」「消される前に見てください」といった説明によって、検証前から内容を信じやすくなる。

ネット上の切り抜きには、既存メディアを検証する力がある。

しかし、それ自体が、既存メディア以上に強い切り取りになることもある。

重要なのは、切り抜きの発信者が自分と同じ立場かどうかではない。

元動画、前後の発言、日時、場所、編集の有無を確認することである。

第21章 偏向を判断するための七つの確認点

偏向報道や切り取り報道を判断するときには、「気に入らない」「自分の側に不利だ」という感覚だけでは不十分である。

少なくとも、次の七点を確認する必要がある。

第一に、元の発言や資料と一致しているか。

第二に、重要な前提や条件が省かれていないか。

第三に、記事や番組の結論に反する証拠が扱われているか。

第四に、見出し、写真、字幕が本文の内容を適切に表しているか。

第五に、取材対象や専門家の選定に極端な偏りがないか。

第六に、事実と記者の評価が区別されているか。

第七に、誤りが判明した場合の訂正履歴が示されているか。

これらを確認したうえで、元の意味を大きく変える編集が認められるなら、切り取りや印象操作と評価する根拠が生まれる。

単に自分の支持する人物が批判されたというだけでは、偏向の証明にならない。

第22章 ニュース編集を疑うことと、報道を否定することは違う

ニュースが編集されていることを理解すると、「結局、報道はすべて作り物なのではないか」と考える人もいる。

しかし、その結論は適切ではない。

編集されていることと、虚偽であることは同じではない。

地図は現実の土地を縮小し、不要な情報を省いている。しかし、適切に作られた地図は、現実を理解するために役立つ。

ニュースも同じである。

膨大な現実から重要な情報を選び、読者が理解できる形に整理することは、報道の価値である。

問題は、地図が特定の道を消し、存在しない道を描き、縮尺を隠している場合である。

ニュース編集を批判的に見るとは、すべての報道を否定することではない。

そのニュースが、現実を理解するために信頼できる地図になっているかを確かめることである。

第23章 ニュースを見るときは「内容」と「作られ方」を分けて考える

ニュースを評価するとき、多くの人は内容だけに注目する。

何が起きたのか。

誰が発言したのか。

どの政策が決まったのか。

しかし、メディアリテラシーでは、ニュースの作られ方も見る必要がある。

誰が取材対象として選ばれたのか。

誰の声が入っていないのか。

どの場面が冒頭に置かれたのか。

どの写真が使われたのか。

どの言葉が字幕になったのか。

数字の比較期間は何か。

専門家はどのような立場か。

記事は後から修正されていないか。

内容と制作過程を分けて見ることで、報道の枠組みが見えてくる。

ニュースを疑うとは、最初から嘘だと決めることではない。

どのように作られたのかを確かめ、報道が示した結論にどの程度の根拠があるかを判断することである。

第24章 編集の存在を意識することが情報検証の出発点である

私たちが目にするニュースは、現実の断片である。

しかし、その断片が何を意味するかは、選択、順序、見出し、映像、字幕、ナレーション、専門家、数字などによって形作られる。

ニュースは、事実と編集の組み合わせである。

編集は避けられない。

だからこそ、編集の基準と過程が重要になる。

報道機関に求められるのは、編集をしていないふりをすることではない。

何を根拠に報じ、どのような限界があり、誤りがあればどのように訂正したかを示すことである。

読者や視聴者に求められるのは、編集されているという理由だけで報道を否定することではない。

元資料、前後の文脈、別媒体の報道、反対の証拠を確認し、編集が元の意味を保っているかを判断することである。

偏向報道を見抜く力とは、自分が不快に感じた報道を攻撃する力ではない。

事実と解釈、要約と歪曲、編集と操作を区別する力である。

今回の要点

・ニュースは、社会で起きた出来事の中から選択された一部である。

・ニュース価値は完全に中立的な基準ではなく、媒体、地域、読者層、商業上の事情などによって変わる。

・誰に取材し、何を質問するかによって、記事の物語は変化する。

・すべての短縮や要約が切り取り報道なのではなく、元の意味を変える省略が問題となる。

・文脈には、発言前後だけでなく、制度、統計、歴史など複数の層がある。

・見出し、写真、映像の順序、字幕、ナレーション、音楽は、受け手の印象へ影響する。

・街頭インタビューは生活者の声を示すが、社会全体の世論を表す統計ではない。

・専門家を両側から一人ずつ出すことが、必ずしも公正な報道になるとは限らない。

・数字が正しくても、期間、分母、比較対象の選択によって印象は変わる。

・必要な編集と印象操作の境界は、元の意味、反対証拠、事実と評価の区別、代表性、訂正可能性によって判断する。

・偏向は、明確な指示や陰謀がなくても、組織文化、情報源への依存、時間制約などから生じる。

・新聞やテレビだけでなく、SNSの切り抜き動画にも同じ検証基準を適用する必要がある。

実践ワーク――一つのニュースの「編集」を分解する

最近見たテレビニュース、新聞記事、ネット記事、切り抜き動画から、一つを選んで確認してほしい。

1 ニュースが伝える中心的な結論を書く

その記事や番組が、読者・視聴者に何を理解させようとしているのかを一文で書く。

2 元資料を探す

会見動画、発言全文、統計原表、報告書、声明文など、記事の基礎となった資料を探す。

3 見出しと本文を比較する

見出しは本文より断定的になっていないか。本文にない意味を加えていないかを確認する。

4 省略された文脈を探す

発言の前後、条件、例外、比較期間、制度上の制約が省かれていないかを確認する。

5 写真や映像の代表性を考える

使用された画像は、出来事全体を代表しているか。一瞬の例外的な場面ではないかを考える。

6 取材対象を確認する

誰の発言が紹介され、誰の発言がないのか。取材対象は問題の関係者を適切に代表しているかを確認する。

7 事実と評価を分ける

記事中の文章を、「確認された事実」「発言者の主張」「記者や番組の評価」に分ける。

8 別媒体と比較する

同じ出来事を扱った複数の媒体を比較し、見出し、写真、引用部分、専門家の選定がどのように異なるかを見る。

9 元の意味が変わったか判断する

省略や編集によって、発言や出来事の結論、条件、対象が変わっているかを考える。

10 自分の最初の印象を再評価する

検証前と検証後で、そのニュースに対する評価がどのように変わったかを書く。

このワークの目的は、すべての記事から悪意を探し出すことではない。

ニュースがどのような編集によって作られ、その編集が理解を助けているのか、意味を歪めているのかを区別することである。

次回予告

次回は、「オールドメディアはなぜ誤報を生むのか――記者クラブ・スポンサー・組織文化と訂正報道」を扱う。

誤報や偏った報道が生じる原因を、個々の記者の能力や思想だけで説明することはできない。

速報競争、取材源への依存、記者クラブ、スポンサー、視聴率、広告収入、人員削減、組織内の同調、過去報道との整合性、訂正制度など、さまざまな構造が報道判断へ影響する。

第4回では、誰かが秘密裏に指示するという単純な陰謀論ではなく、普通の組織行動と商業構造が、なぜ誤報や偏りを繰り返し生み出すのかを検討する。

総合案内

全10回の構成と各回の記事については、総合案内記事を参照されたい。

総合案内記事:
「オールドメディアとネット時代の情報検証――誤報・偏向報道を認知戦、データサイエンス、OSINTで読み解く【全10回】」

参考文献・関連資料

※英文資料の日本語タイトルは、読者の理解を助けるための参考訳である。

Entman, R. M. (1990). Democracy without citizens: Media and the decay of American politics. Oxford University Press.
〔参考訳:『市民なき民主主義――メディアとアメリカ政治の衰退』〕

Entman, R. M. (1993). Framing: Toward clarification of a fractured paradigm. Journal of Communication, 43(4), 51–58.
〔参考訳:「フレーミング――分裂した研究枠組みの明確化に向けて」〕

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〔参考訳:『情報の混乱――研究と政策形成のための学際的枠組みに向けて』〕

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投稿者プロフィール

市村 修一
市村 修一
【略 歴】
茨城県生まれ。
明治大学政治経済学部卒業。日米欧の企業、主に外資系企業でCFO、代表取締役社長を経験し、経営全般、経営戦略策定、人事、組織開発に深く関わる。その経験を活かし、激動の時代に卓越した人財の育成、組織開発の必要性が急務と痛感し独立。「挑戦・創造・変革」をキーワードに、日本企業、外資系企業と、幅広く人財・組織開発コンサルタントとして、特に、上級管理職育成、経営戦略策定、組織開発などの分野で研修、コンサルティング、講演活動等で活躍を経て、世界の人々のこころの支援を多言語多文化で行うグローバルスタートアップとして事業展開を目指す決意をする。

【背景】
2005年11月、 約10年連れ添った最愛の妻をがんで5年間の闘病の後亡くす。
翌年、伴侶との死別自助グループ「Good Grief Network」を共同設立。個別・グループ・グリーフカウンセリングを行う。映像を使用した自助カウンセリングを取り入れる。大きな成果を残し、それぞれの死別体験者は、新たな人生を歩み出す。
長年実践研究を妻とともにしてきた「いきるとは?」「人間学」「メンタルレジリエンス」「メンタルヘルス」「グリーフケア」をさらに学際的に実践研究を推し進め、多数の素晴らしい成果が生まれてきた。私自身がグローバルビジネスの世界で様々な体験をする中で思いを強くした社会課題解決の人生を賭ける決意をする。

株式会社レジクスレイ(Resixley Incorporated)を設立、創業者兼CEO
事業成長アクセラレーター

【専門領域】
・レジリエンス(精神的回復力) ・グリーフケア ・異文化理解 ・グローバル人財育成 
・東洋哲学・思想(人間学、経営哲学、経営戦略) ・組織文化・風土改革  ・人材・組織開発、キャリア開発
・イノベーション・グローバル・エコシステム形成支援

【主な著書/論文/プレス発表】
「グローバルビジネスパーソンのためのメンタルヘルスガイド」kindle版
「喪失の先にある共感: 異文化と紡ぐ癒しの物語」kindle版
「実践!情報・メディアリテラシー: Essential Skills for the Global Era」kindle版
「こころと共感の力: つながる時代を前向きに生きる知恵」kindle版
「未来を拓く英語習得革命: AIと異文化理解の新たな挑戦」kindle版
「グローバルビジネス成功の第一歩: 基礎から実践まで」Kindle版
「仕事と脳力開発-挫折また挫折そして希望へ-」(城野経済研究所)
「英語教育と脳力開発-受験直前一ヶ月前の戦略・戦術」(城野経済研究所)
「国際派就職ガイド」(三修社)
「セミナーニュース(私立幼稚園を支援する)」(日本経営教育研究所)

【主な研修実績】
・グローバルビジネスコミュニケーションスキルアップ ・リーダーシップ ・コーチング
・ファシリテーション ・ディベート ・プレゼンテーション ・問題解決
・グローバルキャリアモデル構築と実践 ・キャリア・デザインセミナー
・創造性開発 ・情報収集分析 ・プロジェクトマネジメント研修他
※上記、いずれもファシリテーション型ワークショップを基本に実施

【主なコンサルティング実績】
年次経営計画の作成。コスト削減計画作成・実施。適正在庫水準のコントロール・指導を遂行。人事総務部門では、インセンティブプログラムの開発・実施、人事評価システムの考案。リストラクチャリングの実施。サプライチェーン部門では、そのプロセス及びコスト構造の改善。ERPの導入に際しては、プロジェクトリーダーを務め、導入期限内にその導入。組織全般の企業風土・文化の改革を行う。

【主な講演実績】
産業構造変革時代に求められる人材
外資系企業で働くということ
外資系企業へのアプローチ
異文化理解力
経営の志
商いは感動だ!
品質は、タダで手に入る
利益は、タダで手に入る
共生の時代を創る-点から面へ、そして主流へ
幸せのコミュニケーション
古典に学ぶ人生
古典に学ぶ経営
論語と経営
論語と人生
安岡正篤先生から学んだこと
素読のすすめ
経営の突破口は儒学にあり
実践行動学として儒学に学ぶ!~今ここに美しく生きるために~
何のためにいきるのか~一人の女性の死を見つめて~
縁により縁に生きる
縁に生かされて~人は生きているのではなく生かされているのだ!~
看取ることによって手渡されるいのちのバトン
など
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