ジョン・コルトレーンの音楽とメンタルヘルス 第8回──心の闇に道を開く音楽

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ジョン・コルトレーンの音楽とメンタルヘルス
──混沌、祈り、再生を聴くジャズの深層心理学

第8回 心の闇に道を開く音楽

連載導入の言葉
本稿は、「ジョン・コルトレーンの音楽とメンタルヘルス──混沌、祈り、再生を聴くジャズの深層心理学」全8回シリーズの最終回である。本連載では、ジョン・コルトレーンの音楽を、単なるジャズ鑑賞や名盤紹介としてではなく、不安、喪失、怒り、孤独、抑うつ、祈り、再生と向き合うための音楽的実践として読み解いてきた。第1回では、なぜ今、コルトレーンの音楽をメンタルヘルスの視点から聴く必要があるのかを確認した。第2回では、コルトレーンの人生を、苦悩から祈りへ向かった精神的変容の物語としてたどった。第3回では、《Giant Steps》《Naima》《My Favorite Things》などの代表曲を作品別に読み解いた。第4回では、音楽的マインドフルネス、グリーフケア、不安、怒り、抑うつ、依存からの回復を扱った。第5回では、不安、怒り、抑うつ、喪失への日常的セルフケアを整理した。第6回では、欧米、アジア、日本におけるコルトレーン受容を考察した。第7回では、7日間の鑑賞プログラム、30分セルフケア・セッション、グループワークへの活用を提示した。第8回では、連載全体を総括し、初心者のための聴き方、上級者のための深い聴き方、後期コルトレーンの扱い方、演奏リンク一覧、読者向け実践ワーク、専門家向け注意点を整理する。

全8回シリーズの流れ
第1回 なぜ今、混沌と祈りのジャズを聴くのか
第2回 苦悩から祈りへ向かった音楽家
第3回 《Giant Steps》《Naima》《My Favorite Things》の聴き方
第4回 悲嘆・不安・怒り・抑うつを音楽で整える
第5回 不安・怒り・抑うつ・喪失へのセルフケア
第6回 欧米・アジア・日本に広がる癒しのジャズ
第7回 7日間のコルトレーン鑑賞プログラム
第8回 心の闇に道を開く音楽

はじめに
ジョン・コルトレーンの音楽は、心の闇を消し去る音楽ではない。むしろ、闇の中にとどまり、その奥にある問い、祈り、怒り、悲しみ、孤独、再生への道を見出す音楽である。ここでいう「闇」とは、単なる絶望のことではない。言葉にならない不安、誰にも言えない孤独、出口の見えない怒り、身体の奥に沈む抑うつ、失ったものへの悲しみ、人生をもう一度始めたいという願いである。人はしばしば、心の闇を早く消そうとする。気分を上げる音楽を聴く。前向きな言葉で自分を励ます。忙しさで感情を覆い隠す。だが、深い悲しみや不安は、ただ消そうとしても消えない。むしろ、見ないようにすればするほど、別の形で心身に現れることがある。コルトレーンの音楽は、そのような闇を無理に明るく照らすのではなく、闇の中に耳を澄ませる力を与えてくれる。

本連載で一貫して確認してきたのは、コルトレーンの音楽が「癒し」という言葉だけでは収まりきらないということである。彼の音楽には、優しさがある。しかし同時に、激しさがある。祈りがある。しかし同時に、叫びがある。構造がある。しかし同時に、構造を破ろうとする衝動がある。静けさがある。しかし同時に、限界まで音を吹き続ける切迫感がある。だからこそ、コルトレーンの音楽をメンタルヘルスに活用するには、慎重さが必要である。すべての曲が、すべての人に、すべての状態で安全に響くわけではない。《Naima》が安心を与える人もいれば、深い孤独を呼び起こす人もいる。《Giant Steps》が集中を与える人もいれば、圧倒感をもたらす人もいる。《A Love Supreme》が祈りになる人もいれば、まだ重すぎると感じる人もいる。音楽は万能薬ではない。音楽は、自分の状態を映す鏡である。

最終回である本稿では、まず初心者のために、どの曲から聴けばよいかを整理する。コルトレーンは難しい、どこから入ればよいかわからない、後期作品が怖い、そのように感じる読者は少なくない。そこで第26章では、無理のない聴き方を提示する。次に第27章では、すでにコルトレーンに親しんでいる読者に向けて、後期作品をどう聴くかを考える。後期コルトレーンは、単純なリラックス音楽ではない。むしろ、精神の極限、集団的エネルギー、混沌、祈り、身体的限界に触れる音楽である。最後に「おわりに」と付録として、演奏リンク一覧、読者向け実践ワーク、専門家向け活用上の注意をまとめる。これにより、本連載を読み終えた後も、読者が自分自身のセルフケアや学習、研修、支援の場で活用できる形にしたい。

第26章 初心者のためのコルトレーン入門──どこから聴けばよいか
コルトレーンを初めて聴く人にとって、最大の壁は「どこから入ればよいかわからない」ということである。ジャズ史に残る巨人であることは知っている。名盤が多いことも知っている。《Giant Steps》がすごいらしい。《A Love Supreme》が重要らしい。後期作品は精神的で難解らしい。そうした情報が増えれば増えるほど、逆に一曲目を選べなくなる。しかも、コルトレーンの音楽は幅が広い。静かで美しいバラードもあれば、高速で複雑な演奏もある。祈りのような作品もあれば、激しい集団即興もある。したがって、初心者に必要なのは、名盤を順番に制覇することではない。自分の心の状態に合う入口を見つけることである。

最初にすすめたいのは、《Naima》である。この曲は、コルトレーンの音楽の中でも比較的入りやすく、同時に非常に深い。旋律は静かで、音数は多すぎず、サックスの音には愛情と沈黙がある。《Naima》を聴くとき、難しい理論を知る必要はない。コード進行を分析する必要もない。まずは、音の余白に身を置くことである。心がざわついているとき、疲れているとき、誰にも言えない寂しさがあるとき、《Naima》は強引に励ますのではなく、静かに隣に座るような音楽として響く。コルトレーン入門として優れているのは、この曲が「コルトレーンの激しさ」ではなく、「コルトレーンの静けさ」から入らせてくれるからである。

鑑賞リンク:John Coltrane《Naima》
https://www.youtube.com/watch?v=bPAC6zt_1ZM
最初は、全曲を集中して聴く必要はない。1分でもよい。音量を低めにし、椅子に座り、足裏を床につける。サックスの音が鳴ったとき、自分の呼吸がどう変わるかを観察する。聴き終えた後に、「静けさ」「寂しさ」「安心」「重さ」など、浮かんだ言葉を一つだけ書いてみるとよい。

次にすすめたいのは、《After The Rain》である。この曲は、雨が過ぎた後の空気のような透明感を持つ。悲しみを消すのではなく、悲しみが通り過ぎた後の余韻に寄り添う音楽である。初心者にとって重要なのは、最初から難解な作品に挑まないことである。とくに心が疲れているとき、強い音楽は負担になることがある。《After The Rain》は、音楽的に深い作品でありながら、入口としては穏やかである。抑うつ、喪失、疲労、静かな孤独を抱えているとき、無理に元気を出そうとせず、「今はこのままでよい」と感じるための音楽として聴くことができる。

鑑賞リンク:John Coltrane《After The Rain》
https://www.youtube.com/watch?v=HmUcBZay8-E
聴くときは、「自分を変えなければならない」という気持ちをいったん脇に置く。横になってもよい。目を閉じなくてもよい。聴いた後に一つだけ小さな行動を選ぶ。水を飲む、窓を開ける、顔を洗う、誰かに短いメッセージを送る。その程度で十分である。

三曲目の入口としては、《My Favorite Things》がよい。この曲は、旋律そのものに親しみやすさがある。だが、コルトレーンの演奏は、単なる親しみやすいカバーではない。反復されるテーマが、少しずつ違う色を帯び、安心と変化が同時に生まれる。初心者にとって《My Favorite Things》が有効なのは、「同じところへ戻ること」が音楽的な安心になるからである。不安が強いとき、人は意識が未来へ飛びやすい。怒りがあるとき、人は同じ思考をぐるぐる反復しやすい。抑うつがあるとき、人は同じ場所から動けないと感じやすい。しかし、音楽における反復は、必ずしも停滞ではない。戻るたびに少しずつ変わる。これは、心の回復にも通じる。

鑑賞リンク:John Coltrane《My Favorite Things》
https://www.youtube.com/watch?v=rqpriUFsMQQ
聴くときは、テーマが戻ってくる瞬間に注意する。戻ってきた旋律は、最初とまったく同じに感じられるか。それとも、少し違って響くか。聴いた後には、「自分が何度も戻ってしまう悩みは何か」「その悩みは以前と同じ意味なのか」と書いてみるとよい。

《Giant Steps》は、初心者が無理に理解しようとしなくてよい曲である。この作品は、ジャズ史上きわめて重要であり、コルトレーンの技術的・理論的探求を象徴する。しかし、初めて聴く人にとっては、速すぎる、複雑すぎる、何が起きているかわからないと感じるかもしれない。それでよい。《Giant Steps》は、最初から「わかる」必要はない。むしろ、圧倒される感覚を観察する曲として聴けばよい。現代の生活もまた、《Giant Steps》のようである。情報が速く、変化が激しく、次々に判断が求められる。しかし、その混乱の中にも構造がある。《Giant Steps》は、混乱をただ混乱として終わらせず、その背後にある秩序を感じさせる音楽である。

鑑賞リンク:John Coltrane《Giant Steps》
https://www.youtube.com/watch?v=KwIC6B_dvW4
初心者は、まず冒頭1分だけでよい。全曲を聴き通す必要はない。聴きながら、自分の身体がどう反応するかを見る。呼吸が速くなるか。集中するか。疲れるか。面白いと感じるか。音楽の理解よりも、自分の反応の理解を優先するのである。

《Alabama》は、個人的な悲しみだけでなく、社会的悲嘆に触れる作品である。初心者にとっても重要な曲だが、軽い気持ちで聴くというより、少し時間と心の余裕があるときに聴きたい。音楽は、個人の心だけでなく、社会の痛みを抱えることがある。《Alabama》には、沈黙、怒り、祈り、哀悼がある。ここでは、サックスが何かを叫ぶのではなく、言葉にならない悲しみを静かに支えている。ニュースや社会の出来事に心が痛むとき、あるいは自分の悲しみが社会の悲しみとつながっていると感じるとき、この曲は深く響く。

鑑賞リンク:John Coltrane《Alabama》
https://www.youtube.com/watch?v=bwc_PnPRNGg
聴くときは、音と音の間にある沈黙に耳を澄ませる。聴いた後には、「自分が忘れたくない悲しみは何か」と一行だけ書いてみるとよい。答えを急ぐ必要はない。

《A Love Supreme》は、コルトレーンの精神的到達点として広く知られている。しかし、初心者が最初に聴くには、少し重く感じられる場合もある。だからこそ、準備ができたときに聴けばよい。《A Love Supreme》は、依存からの回復、感謝、祈り、自己超越、生き直しの誓いを含む作品である。特に第1部《Acknowledgement》は、繰り返されるモチーフが祈りのように響く。自分の人生をもう一度整えたいとき、過去を抱えながら前へ進みたいとき、助けを必要としている自分を認めたいとき、この曲は大きな支えになる。

鑑賞リンク:John Coltrane《A Love Supreme, Pt. I – Acknowledgement》
https://www.youtube.com/watch?v=Dmx2WuUPVcs
聴くときは、繰り返される音型を、自分自身へ戻る言葉として聴く。「私はここにいる」「私は変わりたい」「私は助けを求めてよい」。聴いた後に、自分への小さな誓いを一文で書くとよい。

一方で、《Meditations》《Ascension》《Interstellar Space》などの後期作品は、初心者が無理に急いで入る必要はない。これらは非常に強い音楽である。激しい音、集団的なエネルギー、形式の解体、精神的極限がある。心が安定しているときには、深い体験になる場合がある。しかし、不安が強いとき、抑うつが深いとき、怒りが高まっているとき、トラウマ反応があるときには、刺激が強すぎる可能性がある。初心者にとって大切なのは、名盤をすべて聴かなければならないと思わないことである。聴く準備ができたときに聴けばよい。音楽との関係は、急ぐ必要がない。

初心者のための聴く順番をまとめるなら、次のようになる。まず《Naima》で静けさに触れる。次に《After The Rain》で悲しみの余韻に寄り添う。次に《My Favorite Things》で反復と安心を感じる。余裕があれば《Giant Steps》で混乱の中の構造に触れる。その後、《Alabama》で社会的悲嘆を聴く。そして準備ができたら《A Love Supreme》へ進む。さらに深く聴きたい人は、《Crescent》《Meditations》《Ascension》《Interstellar Space》へ向かえばよい。コルトレーン入門とは、難しい順に登る階段ではない。自分の心に合う入口から入り、少しずつ音の深みに慣れていく道なのである。

第27章 上級者のための深い聴き方──後期コルトレーンと精神の極限
コルトレーンを深く聴くうえで避けて通れないのが、後期作品である。《A Love Supreme》以降、彼の音楽はさらに精神的、身体的、宇宙的、集団的な方向へ進んでいく。そこでは、従来の美しい旋律、明快な構造、心地よいスイングだけを期待していると戸惑うことになる。音は激しくなり、演奏は長くなり、サックスは叫びに近づき、ドラムやベースや他の管楽器との関係も、従来のソロ回しとは異なるものになる。後期コルトレーンは、安心して聴ける「癒しの音楽」ではない。むしろ、心の深い層に潜り、混沌や限界や祈りに触れる音楽である。だからこそ、メンタルヘルスの視点からは、後期作品を安易にすすめるべきではない。しかし、適切な距離をもって聴くなら、そこには非常に大きな意味がある。

《A Love Supreme》は、後期コルトレーンへの入口である。この作品には、まだ明確な構造がある。四部構成があり、祈りの方向性があり、聴き手がついていける足場がある。しかし同時に、ここから先のコルトレーンが向かう精神的深度もすでに現れている。第1部《Acknowledgement》には感謝と誓いがある。第2部《Resolution》には決意がある。第3部《Pursuance》には追求がある。第4部《Psalm》には祈りがある。この流れは、回復のプロセスとも重なる。自分の状態を認める。方向を定める。探求する。最後に言葉を超えた祈りへ向かう。上級者は、《A Love Supreme》を単なる名盤としてではなく、心の変容の物語として聴くことができる。

《Meditations》においては、混沌と祈りがさらに激しく交錯する。ここでの音楽は、心を穏やかに整えるというより、心の中にある激しいものを避けずに通過するための音楽である。怒り、悲しみ、不安、叫び、祈り、解放が、明確に分けられないまま音の中で渦巻く。これは、心の現実に近い。人間の感情は、いつも整理されているわけではない。怒りの中に悲しみがあり、悲しみの中に愛があり、不安の中に願いがあり、叫びの中に祈りがある。《Meditations》は、その複雑さを単純化しない。上級者がこの作品を聴くときは、「美しく癒される」ことを期待するよりも、「自分の中にある混沌をどこまで見つめられるか」を確認するように聴くとよい。

《Ascension》は、集団的エネルギーの作品である。複数の演奏者が参加し、個人のソロと集団の音の塊が交互に現れる。これは、個人の内面だけでなく、共同体の混沌、社会のエネルギー、時代の圧力を感じさせる音楽である。メンタルヘルスの観点から見ると、《Ascension》は扱いが難しい。人によっては、解放感や生命力を感じるかもしれない。しかし別の人には、圧倒感、騒がしさ、不安定さとして響くこともある。したがって、この作品をセルフケアとして使う場合は、短く聴くこと、音量を下げること、心が不安定なときは避けることが大切である。強い音楽は、強い薬のようなものである。用い方によって支えにもなれば、負担にもなる。

《Interstellar Space》は、サックスとドラムによる極限的な対話である。ここでは、音楽はほとんど宇宙的な孤独と対話の場になる。和声的な支えは少なく、旋律も安定した形で続くわけではない。サックスとドラムが、互いに反応し、押し返し、呼びかけ、応答し、限界まで音を進めていく。上級者にとってこの作品は、自己と他者、孤独と対話、身体と精神、音と沈黙の極限を考えるうえで重要である。ただし、これもまた、心が疲れているときに無理に聴く音楽ではない。静けさが必要なときには《Naima》へ戻ればよい。悲しみに寄り添いたいときには《After The Rain》へ戻ればよい。深く潜る準備ができたときにだけ、後期作品へ向かえばよい。

後期コルトレーンを聴く際に重要なのは、三つの姿勢である。第一に、理解しようとしすぎないことである。後期作品を、理論的に完全に理解しようとすると疲れる。むしろ、身体がどう反応するか、呼吸がどう変わるか、どこで緊張し、どこで解放されるかを観察する方がよい。第二に、途中で止める自由を持つことである。強い音楽を最後まで聴くことが偉いわけではない。聴き手の安全が優先である。第三に、聴いた後に静かな曲へ戻ることである。《Ascension》や《Meditations》を聴いた後には、《Naima》や《After The Rain》のような曲で神経系を落ち着かせるとよい。これは、激しい感情を扱った後に接地するための重要な手順である。

後期作品は、「整える音楽」ではなく「深く潜る音楽」である。ここを誤解してはならない。リラックスしたいとき、眠る前、強い不安があるとき、パニック気味のとき、深い抑うつのときに、後期作品を安易に使うのは避けた方がよい場合がある。しかし、心にある混沌を見つめたいとき、自分の中の怒りや祈りや限界感に触れたいとき、芸術表現としての極限を経験したいとき、後期コルトレーンは他に代えがたい力を持つ。癒しとは、いつも穏やかになることではない。ときには、心の奥にある混沌を安全に見つめ、その中にある祈りを見出すことでもある。後期コルトレーンは、そのような深い癒しの可能性を持っているのである。

上級者にすすめたい聴き方は、作品を単体で聴くのではなく、「戻る場所」を持ちながら聴くことである。たとえば、《Meditations》を聴く前に《Naima》を短く聴く。あるいは、《Ascension》を10分だけ聴いた後、《After The Rain》へ戻る。《Interstellar Space》を聴いた後、5分間沈黙する。このように、深く潜る曲と、戻る曲を組み合わせることで、強い音楽を安全に扱いやすくなる。これは、メンタルヘルスの実践にも通じる。人は闇に入るとき、戻る場所が必要である。深く潜るには、帰ってこられる感覚が必要である。コルトレーンの音楽を深く聴くとは、闇に飲み込まれることではない。闇の中へ入り、音を頼りに戻ってくることである。

おわりに コルトレーンの音楽は、心の闇を消すのではなく、闇の中に道を開く
全8回を通じて見てきたように、ジョン・コルトレーンの音楽は、単なる鑑賞対象ではない。それは、不安、怒り、抑うつ、喪失、孤独、祈り、再生をめぐる深い人間理解の場である。第1回で述べたように、現代社会では多くの人が心の混乱を抱えている。情報は過剰であり、関係は複雑であり、仕事は速く、人生の不確実性は高まっている。人は孤独を抱えながら、平気な顔をして生きている。悲しみを抱えながら、予定をこなしている。怒りを押し殺しながら、社会に適応している。抑うつや無気力を感じながら、それでも毎日を続けている。そのような時代に、コルトレーンの音楽は、私たちに単純な慰めを与えるのではなく、心の奥にあるものを聴くよう促す。

コルトレーンの音楽は、不安を消す音楽ではない。不安に飲み込まれないための足場を与える音楽である。《Naima》や《After The Rain》を聴くとき、私たちは不安をなくすのではなく、不安とともに呼吸することを学ぶ。不安は、未来への警戒である。だが、音楽は私たちを現在へ戻す。今ここに音がある。今ここに身体がある。今ここに呼吸がある。この現在への帰還が、不安への小さな対抗力になる。

コルトレーンの音楽は、怒りを否定する音楽ではない。怒りを破壊ではなく表現へ変える音楽である。《Giant Steps》の構造、《My Favorite Things》の反復、後期作品の激しさは、怒りのエネルギーを映し出す。怒りは悪ではない。怒りは、何かが傷つけられたことを知らせる感情である。問題は、怒りそのものではなく、怒りが無自覚に他者や自分を傷つけることである。音楽は、怒りを外に置き、観察し、形を与えるための場になる。

コルトレーンの音楽は、抑うつを無理に明るくする音楽ではない。低い場所に寄り添う音楽である。抑うつや無気力のとき、人はしばしば「早く元気にならなければ」と自分を責める。しかし、回復はいつも上向きの形をしているわけではない。休むこと、動けない自分を責めないこと、静けさの中に身を置くことも、回復の一部である。《After The Rain》は、雨が過ぎた後の静けさのように、何かが完全に解決していなくても、そこにいてよいと伝えてくれる。

コルトレーンの音楽は、喪失を忘れさせる音楽ではない。悲しみに居場所を与える音楽である。大切な人、仕事、役割、故郷、時間、未来像を失ったとき、人は簡単には前へ進めない。喪失は、記憶と愛の裏側にある。悲しいのは、それが大切だったからである。《Alabama》や《A Love Supreme》は、悲しみを消すのではなく、祈りへと変える可能性を示す。祈りとは、宗教的形式だけを意味しない。言葉にならないものを、なお大切に抱こうとする心の姿勢である。

コルトレーンの音楽は、混沌を避ける音楽ではない。混沌を通過する音楽である。《Giant Steps》の複雑さ、《Meditations》の激しさ、《Ascension》の集団的エネルギー、《Interstellar Space》の極限的対話は、心の中にある混沌を映し出す。人生には、整理できない時期がある。何が正しいのかわからない時期がある。自分の感情が自分でも理解できない時期がある。そのようなとき、必要なのは、すぐに答えを出すことではない。混沌の中にも音があることを知ることである。混沌の中にも、呼吸があり、リズムがあり、応答があることを知ることである。

そして、コルトレーンの音楽は、祈りの音楽である。ただし、その祈りは、苦しみのない場所へ逃げる祈りではない。苦しみの中でなお、生きる方向を見出そうとする祈りである。彼の人生には苦悩があった。依存があった。葛藤があった。探求があった。そして、その先に音楽を通じた感謝と祈りがあった。《A Love Supreme》が今なお多くの人に響くのは、それが完璧な人間の勝利の音楽ではなく、不完全な人間が、それでも生き直そうとする音楽だからである。

本連載の結論は、明確である。ジョン・コルトレーンの音楽は、心の闇を消す音楽ではない。闇の中に、なお歩くための音を響かせる音楽である。人は誰しも、自分だけの暗がりを持っている。不安、怒り、悲しみ、孤独、抑うつ、後悔、祈り。その暗がりを誰かが完全に取り除いてくれるわけではない。しかし、音楽はその暗がりの中に、一筋の道を開くことがある。歩けないと思っていた場所に、足を置く場所を見つけることがある。言葉にならなかった感情が、音として外に出ることがある。忘れたくない悲しみが、祈りとして残ることがある。コルトレーンのサックスは、そのような音である。混沌の中に祈りを、沈黙の中に声を、闇の中に道を響かせる音なのである。

付録1 演奏リンク一覧──本連載で取り上げた主要曲
以下は、本連載で取り上げた主要曲のリンク一覧である。リンクは変更・削除される場合があるため、再生できない場合は、曲名とアルバム名で再検索するとよい。セルフケアとして用いる場合は、音量を低めにし、無理に最後まで聴かず、つらくなったら途中で止めることを基本とする。

John Coltrane《Giant Steps》
https://www.youtube.com/watch?v=KwIC6B_dvW4
混乱を構造化したいとき、複雑な状況に向き合いたいときに適している。ただし、速く密度が高いため、不安が強いときは短く聴く。

John Coltrane《Naima》
https://www.youtube.com/watch?v=bPAC6zt_1ZM
静けさに戻りたいとき、不安や孤独を抱えているとき、心を落ち着かせたいときに適している。

John Coltrane《My Favorite Things》
https://www.youtube.com/watch?v=rqpriUFsMQQ
反復と安心を感じたいとき、気分を少し動かしたいとき、同じ悩みに戻っている自分を観察したいときに適している。

John Coltrane《Alabama》
https://www.youtube.com/watch?v=bwc_PnPRNGg
社会的悲嘆、喪失、沈黙の祈りに触れたいときに適している。感情が強く動く場合があるため、短く聴いてもよい。

John Coltrane《A Love Supreme, Pt. I – Acknowledgement》
https://www.youtube.com/watch?v=Dmx2WuUPVcs
生き直しの誓い、感謝、祈り、自己超越を感じたいときに適している。

John Coltrane《A Love Supreme, Pt. IV – Psalm》
https://www.youtube.com/watch?v=8kOu61AtFVk
言葉を超えた祈りとしてのサックスを聴きたいときに適している。静かな環境で聴くとよい。

John Coltrane《Crescent》
https://www.youtube.com/watch?v=3z6Fo61Ts_k
夜の孤独、内省、静かな悲しみに向き合いたいときに適している。

John Coltrane《After The Rain》
https://www.youtube.com/watch?v=HmUcBZay8-E
抑うつ、無気力、悲しみの余韻、疲れた日の終わりに適している。

John Coltrane《India(Live At The Village Vanguard)》
https://www.youtube.com/watch?v=cihfiUlbZ78
瞑想性、反復、音の場に身を置く感覚を味わいたいときに適している。

John Coltrane《Ascension》
https://www.youtube.com/watch?v=S0gIATXhsGQ
集団的エネルギー、混沌、激しい表現に触れたいときに適している。ただし、刺激が強いため、心が不安定なときは避ける。

John Coltrane《Meditations》
※再生可能な公式・権利元音源を確認してから掲載することを推奨する。
混沌と祈りの交錯を聴く作品であり、上級者向けである。

John Coltrane《Interstellar Space》
※再生可能な公式・権利元音源を確認してから掲載することを推奨する。
サックスとドラムによる極限的対話を聴く作品であり、上級者向けである。

付録2 読者向け実践ワーク──自分だけのコルトレーン・セルフケア表を作る
本連載を読み終えた後、読者にすすめたいのは、自分だけの「コルトレーン・セルフケア表」を作ることである。音楽の響き方は人によって異なる。同じ曲でも、ある人には安心を与え、別の人には悲しみを呼び起こす。同じ人でも、日によって響き方は変わる。したがって、一般的なおすすめ曲リストをそのまま使うだけでなく、自分自身の反応を記録し、自分に合う聴き方を育てていくことが大切である。

以下の項目をノートやスマートフォンに記録するとよい。

心の状態:不安
聴く曲:
聴く時間帯:
音量:
聴いた後の身体感覚:
聴いた後の気分の変化:
注意点:

心の状態:怒り
聴く曲:
聴く時間帯:
音量:
聴いた後の身体感覚:
聴いた後の気分の変化:
注意点:

心の状態:抑うつ・無気力
聴く曲:
聴く時間帯:
音量:
聴いた後の身体感覚:
聴いた後の気分の変化:
注意点:

心の状態:喪失・悲嘆
聴く曲:
聴く時間帯:
音量:
聴いた後の身体感覚:
聴いた後の気分の変化:
注意点:

心の状態:孤独
聴く曲:
聴く時間帯:
音量:
聴いた後の身体感覚:
聴いた後の気分の変化:
注意点:

心の状態:再出発したいとき
聴く曲:
聴く時間帯:
音量:
聴いた後の身体感覚:
聴いた後の気分の変化:
注意点:

さらに、次の三つも記録しておくとよい。

自分にとって「戻る場所」になる曲:
自分にとって「強すぎる」曲:
専門家に相談すべきサイン:

この表は、一度作って終わりではない。何度も書き直してよい。音楽との関係も、心の状態も変化する。以前は強すぎた曲が、ある時期には支えになることがある。以前は安心できた曲が、別の時期には悲しみを呼び起こすこともある。その変化に気づくこと自体が、セルフケアである。自分の心を固定されたものとして見るのではなく、日々変化するものとして丁寧に観察する。そのための小さな道具として、このセルフケア表を活用してほしい。

付録3 専門家向け活用上の注意──音楽は治療の代替ではない
本連載では、コルトレーンの音楽をメンタルヘルスの視点から読み解いてきた。しかし、最後に改めて確認しておきたい。音楽鑑賞は、医療や心理療法の代替ではない。音楽には感情を動かす力がある。記憶を呼び起こす力がある。身体反応を変える力がある。だからこそ、支援の場で使う場合には、慎重さが必要である。特に、トラウマ、重い抑うつ、依存症、希死念慮、自傷衝動、パニック、解離、強いフラッシュバックがある人に対して、強い音楽を安易に用いることは避けなければならない。

第一に、音楽鑑賞と音楽療法は異なる。音楽療法は、専門的訓練を受けた音楽療法士が、対象者の状態、目的、関係性、環境、安全性を考慮して行う専門的実践である。一方、本連載で提示したのは、読者が日常生活の中で取り組める音楽的セルフケアである。両者を混同してはならない。支援者が音楽を用いる場合には、自分の専門領域と限界を理解し、必要に応じて医療・心理の専門家と連携する必要がある。

第二に、強い曲は感情を刺激しすぎる場合がある。《Ascension》《Meditations》《Interstellar Space》のような作品は、芸術的には非常に重要である。しかし、心理的に不安定な人にとっては、圧倒感、不安、興奮、フラッシュバックを引き起こす可能性もある。支援の場では、まず穏やかな曲を短く用いる方が安全である。《Naima》《After The Rain》のような曲であっても、聴き手によっては喪失や孤独を強く感じる場合がある。音楽の効果を一律に決めつけないことが重要である。

第三に、グループワークでは、同意と選択権を守る必要がある。参加者に、目を閉じること、感想を話すこと、涙を見せること、最後まで聴くことを強制してはならない。途中で退出してよい、話さなくてよい、何も感じなくてもよい、別の反応があってよいということを事前に明確にする必要がある。また、感想共有の場では、他者の反応を解釈しすぎないことが大切である。「あなたは本当は悲しいのですね」「この涙は癒しですね」といった決めつけは避けるべきである。涙にも、沈黙にも、無感覚にも、それぞれの意味がある。支援者は、それを急いで意味づけてはならない。

第四に、文化的背景と宗教的背景に配慮する必要がある。《A Love Supreme》や後期コルトレーンには、祈りや精神性の要素がある。しかし、それを特定の宗教的価値観として押しつけてはならない。聴き手によっては、宗教的表現に安心を感じる人もいれば、距離を取りたい人もいる。また、文化によって感情表現の仕方は異なる。泣くことを自然に受け止める文化もあれば、人前で感情を表すことに抵抗を感じる文化もある。支援者は、自分の解釈ではなく、参加者の文化的文脈を尊重しなければならない。

第五に、専門家につなぐべきサインを見逃してはならない。音楽を聴いた後に、強い希死念慮、自傷衝動、激しいパニック、現実感の喪失、フラッシュバック、強い怒りの爆発、深刻な無気力、睡眠や食事の大きな乱れが見られる場合には、音楽的セルフケアの範囲を超えている可能性がある。その場合、音楽で何とかしようとせず、医療機関、心理職、相談窓口につなぐ必要がある。セルフケアの目的は、一人で抱え込むことではない。自分の状態を知り、必要な支援につながることである。

コルトレーンの音楽は、深い力を持つ。だからこそ、その力を丁寧に扱わなければならない。音楽は、人を開くことがある。閉じていた感情を動かすことがある。言葉にならなかった記憶を呼び起こすことがある。その可能性は美しい。しかし同時に、支援者には安全を守る責任がある。音楽を使うとは、感動を演出することではない。人の心に触れる場を、安全に支えることである。

参考文献・関連資料 第8回読者向けセレクト
本稿の理解を深めるために、以下の文献を参考資料として挙げておく。第8回では、初心者・上級者の聴き方、後期コルトレーン、音楽的セルフケア、実践ワーク、専門家向け注意点を扱ったため、コルトレーン研究、音楽と感情、音楽療法、マインドフルネス、グリーフケア、トラウマと身体に関する文献を中心に選定した。

アシュリー・カーン『ジョン・コルトレーン「至上の愛」の真実[新装改訂版]──スピリチュアルな音楽の創作過程』川嶋文丸訳、DU BOOKS。
《A Love Supreme》を理解するための重要文献である。コルトレーンの精神性、録音背景、創作過程を知るうえで、本連載全体の中核となる一冊である。

Lewis Porter, John Coltrane: His Life and Music, University of Michigan Press。
コルトレーン研究の基本文献である。生涯、音楽的発展、演奏分析が体系的に整理されており、コルトレーンを文化的・音楽的に理解するうえで重要である。

Ben Ratliff, Coltrane: The Story of a Sound, Farrar, Straus and Giroux。
コルトレーンの「音」がどのように形成され、どのように受け止められてきたかを考えるうえで示唆に富む。受容史の観点からも参考になる。

Eric Nisenson, Ascension: John Coltrane and His Quest, St. Martin’s Press。
コルトレーンの後期音楽と精神的探求を考えるうえで有用な文献である。スピリチュアルジャズや晩年の音楽的方向性を理解する助けとなる。

オリヴァー・サックス『音楽嗜好症──ミュージコフィリア 脳神経科医と音楽に憑かれた人々』大田直子訳、早川書房。
音楽が脳、記憶、感情、身体感覚にどのように関わるかを、豊富な臨床例を通して描いた文献である。音楽が人間の心身に深く作用することを理解するうえで重要である。

ダニエル・J・レヴィティン『音楽好きな脳──人はなぜ音楽に夢中になるのか』西田美緒子訳、白揚社。
旋律、リズム、記憶、快感、感情の関係を理解するための入門書である。反復やリズムが心に与える影響を考えるうえで有用である。

ジョン・カバットジン『マインドフルネスストレス低減法』春木豊訳、北大路書房。
身体感覚、呼吸、現在への気づきを重視する実践の基礎文献である。音楽を聴きながら自分の反応を観察する音楽的マインドフルネスの考え方と相性がよい。

Tia DeNora, Music in Everyday Life, Cambridge University Press。
音楽が日常生活の中で感情、記憶、自己調整にどのように使われているかを考えるための重要文献である。音楽を特別な芸術体験だけでなく、日々の心の調整資源として捉える視点が得られる。

Kenneth E. Bruscia, Defining Music Therapy, Barcelona Publishers。
音楽療法とは何かを定義から理解するための基本文献である。音楽鑑賞と専門的な音楽療法の違いを理解するうえで重要である。

Leslie Bunt & Brynjulf Stige, Music Therapy: An Art Beyond Words, Routledge。
音楽療法を、言葉を超えた表現、関係性、文化的実践として理解するための文献である。グループワークや非言語的共有を考えるうえで参考になる。

Bessel van der Kolk『身体はトラウマを記録する──脳・心・体のつながりと回復のための手法』柴田裕之訳、紀伊國屋書店。
トラウマが心だけでなく身体に刻まれることを理解するための重要文献である。強い音楽刺激を扱う際、身体反応と安全感を重視する必要性を考えるうえで参考になる。

  1. William Worden, Grief Counseling and Grief Therapy, Springer Publishing Company。
    グリーフケアの基本文献である。喪失に直面した人が、どのように悲嘆を抱え、生活の中で意味を再構成していくのかを理解するうえで役立つ。

Robert A. Neimeyer, Meaning Reconstruction and the Experience of Loss, American Psychological Association。
喪失体験を「意味の再構成」として捉える視点を学ぶための文献である。音楽を通じて喪失との関係を新しい形で生きるという本連載の視点と深く関わる。

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投稿者プロフィール

市村 修一
市村 修一
【略 歴】
茨城県生まれ。
明治大学政治経済学部卒業。日米欧の企業、主に外資系企業でCFO、代表取締役社長を経験し、経営全般、経営戦略策定、人事、組織開発に深く関わる。その経験を活かし、激動の時代に卓越した人財の育成、組織開発の必要性が急務と痛感し独立。「挑戦・創造・変革」をキーワードに、日本企業、外資系企業と、幅広く人財・組織開発コンサルタントとして、特に、上級管理職育成、経営戦略策定、組織開発などの分野で研修、コンサルティング、講演活動等で活躍を経て、世界の人々のこころの支援を多言語多文化で行うグローバルスタートアップとして事業展開を目指す決意をする。

【背景】
2005年11月、 約10年連れ添った最愛の妻をがんで5年間の闘病の後亡くす。
翌年、伴侶との死別自助グループ「Good Grief Network」を共同設立。個別・グループ・グリーフカウンセリングを行う。映像を使用した自助カウンセリングを取り入れる。大きな成果を残し、それぞれの死別体験者は、新たな人生を歩み出す。
長年実践研究を妻とともにしてきた「いきるとは?」「人間学」「メンタルレジリエンス」「メンタルヘルス」「グリーフケア」をさらに学際的に実践研究を推し進め、多数の素晴らしい成果が生まれてきた。私自身がグローバルビジネスの世界で様々な体験をする中で思いを強くした社会課題解決の人生を賭ける決意をする。

株式会社レジクスレイ(Resixley Incorporated)を設立、創業者兼CEO
事業成長アクセラレーター

【専門領域】
・レジリエンス(精神的回復力) ・グリーフケア ・異文化理解 ・グローバル人財育成 
・東洋哲学・思想(人間学、経営哲学、経営戦略) ・組織文化・風土改革  ・人材・組織開発、キャリア開発
・イノベーション・グローバル・エコシステム形成支援

【主な著書/論文/プレス発表】
「グローバルビジネスパーソンのためのメンタルヘルスガイド」kindle版
「喪失の先にある共感: 異文化と紡ぐ癒しの物語」kindle版
「実践!情報・メディアリテラシー: Essential Skills for the Global Era」kindle版
「こころと共感の力: つながる時代を前向きに生きる知恵」kindle版
「未来を拓く英語習得革命: AIと異文化理解の新たな挑戦」kindle版
「グローバルビジネス成功の第一歩: 基礎から実践まで」Kindle版
「仕事と脳力開発-挫折また挫折そして希望へ-」(城野経済研究所)
「英語教育と脳力開発-受験直前一ヶ月前の戦略・戦術」(城野経済研究所)
「国際派就職ガイド」(三修社)
「セミナーニュース(私立幼稚園を支援する)」(日本経営教育研究所)

【主な研修実績】
・グローバルビジネスコミュニケーションスキルアップ ・リーダーシップ ・コーチング
・ファシリテーション ・ディベート ・プレゼンテーション ・問題解決
・グローバルキャリアモデル構築と実践 ・キャリア・デザインセミナー
・創造性開発 ・情報収集分析 ・プロジェクトマネジメント研修他
※上記、いずれもファシリテーション型ワークショップを基本に実施

【主なコンサルティング実績】
年次経営計画の作成。コスト削減計画作成・実施。適正在庫水準のコントロール・指導を遂行。人事総務部門では、インセンティブプログラムの開発・実施、人事評価システムの考案。リストラクチャリングの実施。サプライチェーン部門では、そのプロセス及びコスト構造の改善。ERPの導入に際しては、プロジェクトリーダーを務め、導入期限内にその導入。組織全般の企業風土・文化の改革を行う。

【主な講演実績】
産業構造変革時代に求められる人材
外資系企業で働くということ
外資系企業へのアプローチ
異文化理解力
経営の志
商いは感動だ!
品質は、タダで手に入る
利益は、タダで手に入る
共生の時代を創る-点から面へ、そして主流へ
幸せのコミュニケーション
古典に学ぶ人生
古典に学ぶ経営
論語と経営
論語と人生
安岡正篤先生から学んだこと
素読のすすめ
経営の突破口は儒学にあり
実践行動学として儒学に学ぶ!~今ここに美しく生きるために~
何のためにいきるのか~一人の女性の死を見つめて~
縁により縁に生きる
縁に生かされて~人は生きているのではなく生かされているのだ!~
看取ることによって手渡されるいのちのバトン
など
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