ジョン・コルトレーンの音楽とメンタルヘルス 第7回──7日間のコルトレーン鑑賞プログラム

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ジョン・コルトレーンの音楽とメンタルヘルス
──混沌、祈り、再生を聴くジャズの深層心理学

第7回 7日間のコルトレーン鑑賞プログラム

連載導入の言葉
本稿は、「ジョン・コルトレーンの音楽とメンタルヘルス──混沌、祈り、再生を聴くジャズの深層心理学」全8回シリーズの第7回である。本連載では、ジョン・コルトレーンの音楽を、単なるジャズ鑑賞や名盤紹介としてではなく、不安、喪失、怒り、孤独、抑うつ、祈り、再生と向き合うための音楽的実践として読み解いている。第1回では、なぜ今、コルトレーンの音楽をメンタルヘルスの視点から聴く必要があるのかを確認した。第2回では、コルトレーンの人生を、苦悩から祈りへ向かった精神的変容の物語としてたどった。第3回では、代表曲を作品別に読み解き、音楽が心の状態にどのように響くのかを考察した。第4回では、音楽的マインドフルネス、グリーフケア、不安、怒り、抑うつ、依存からの回復を扱った。第5回では、不安、怒り、抑うつ、喪失への日常的セルフケアとして、曲の選び方、聴く順番、30分セッション、心の状態別おすすめ曲を整理した。第6回では、欧米、アジア、日本におけるコルトレーン受容を取り上げ、彼の音楽が文化を超えてどのように癒し、祈り、社会的悲嘆、沈黙、求道と結びついてきたのかを考察した。第7回では、これまでの議論を実際の行動に落とし込み、読者が一週間かけて取り組める「7日間のコルトレーン鑑賞プログラム」を提示する。

全8回シリーズの流れ
第1回 なぜ今、混沌と祈りのジャズを聴くのか
第2回 苦悩から祈りへ向かった音楽家
第3回 《Giant Steps》《Naima》《My Favorite Things》の聴き方
第4回 悲嘆・不安・怒り・抑うつを音楽で整える
第5回 不安・怒り・抑うつ・喪失へのセルフケア
第6回 欧米・アジア・日本に広がる癒しのジャズ
第7回 7日間のコルトレーン鑑賞プログラム
第8回 心の闇に道を開く音楽

はじめに
第7回は、連載全体の中で、もっとも実践的で保存版として使いやすい回である。これまで本連載では、コルトレーンの人生、音楽的特徴、代表曲の心理的意味、不安や怒りや抑うつや喪失への聴き方、欧米・アジア・日本における文化的受容を見てきた。だが、音楽をメンタルヘルスに活用するためには、知識だけでは不十分である。実際に聴くこと、自分の反応を観察すること、聴いた後に言葉へ戻すこと、日常の中に無理なく取り入れることが必要である。コルトレーンの音楽は強い。深く、美しく、祈りに満ちている一方で、ときに激しく、ときに難解で、ときに心の奥を揺さぶる。だからこそ、いきなり長時間聴くのではなく、段階を踏んで聴くことが大切である。本稿では、7日間という短い枠組みを設け、1日ごとに異なる心のテーマに向き合いながら、コルトレーンの音楽を安全に、丁寧に、そして自分自身のために聴く方法を提案する。

この7日間プログラムは、治療プログラムではない。医療的診断や心理療法の代替でもない。強い抑うつ、希死念慮、自傷衝動、重い依存、パニック発作、トラウマ反応、解離症状などがある場合には、医師、公認心理師、臨床心理士、カウンセラーなどの専門家に相談する必要がある。本稿で提案するのは、日常のセルフケアとして、音楽を通じて自分の心の現在地を知るための実践である。音楽は、自分の不調を一瞬で消してくれる魔法ではない。しかし、音楽は、感情に輪郭を与え、言葉にならないものを外に置き、呼吸を深め、記憶や悲しみを安全に浮かび上がらせることがある。とくにコルトレーンの音楽は、単なる気分転換を超えて、心の深層へ降りていく力を持っている。

このプログラムの基本は、毎日30分である。30分が難しければ、10分でもよい。大切なのは、完璧にこなすことではなく、自分の心を置き去りにしないことである。毎回、聴く前に今の状態を確認する。聴いている間は、音楽を評価するのではなく、身体と感情の反応を観察する。聴いた後は、一言でもよいので記録する。心が動かなかった日も記録する。涙が出た日も、何も感じなかった日も、途中で止めた日も、すべてが大切なデータである。音楽的セルフケアにおいて、失敗とは「予定どおりに聴けなかったこと」ではない。自分の状態を無視して無理に聴き続けることである。途中で止めることも、音量を下げることも、別の曲に変えることも、立派なセルフケアである。

第23章 7日間のコルトレーン鑑賞プログラム──静けさから祈りへ進む一週間
7日間のコルトレーン鑑賞プログラムは、心の状態を段階的に扱うための小さな旅である。1日目は《Naima》で静けさに戻る。2日目は《After The Rain》で悲しみの余韻に寄り添う。3日目は《My Favorite Things》で反復と安心を得る。4日目は《Giant Steps》で混乱を構造化する。5日目は《Alabama》で社会的悲嘆と沈黙の祈りに触れる。6日目は《A Love Supreme》で生き直しの誓いを聴く。7日目は、自分に必要な一曲を選ぶ。この順番には意味がある。最初から激しい曲や複雑な曲に入るのではなく、まず静けさと安全をつくり、悲しみを受け止め、反復によって心に足場をつくり、その後で混乱や社会的悲嘆に触れ、最後に祈りと自己選択へ進むのである。これは、音楽を聴く順番であると同時に、心が回復へ向かう順番でもある。

1日目 《Naima》で静けさに戻る
1日目のテーマは「静けさに戻る」である。使用する曲は《Naima》である。この曲は、コルトレーンの静謐さ、愛情、余白、沈黙への感受性が凝縮された作品である。1日目の目的は、何かを理解することではない。心を劇的に変えることでもない。ただ、音に身を置き、自分の呼吸と身体感覚に戻ることである。現代人の心は、日々多くの刺激にさらされている。通知、メール、仕事、家庭、人間関係、ニュース、SNS、予定、義務。こうした刺激の中で、心はいつの間にか外側へ引っ張られ、自分の内側の声を聴けなくなる。《Naima》は、その引っ張られた注意を、静かに自分へ戻す音楽である。

鑑賞リンク:John Coltrane《Naima》
https://www.youtube.com/watch?v=bPAC6zt_1ZM
1日目は、この曲を低めの音量で聴く。最初の3分だけでもよい。聴く前に、今の心の状態を一言で書く。「疲れている」「落ち着かない」「何も感じない」「少し寂しい」。聴いている間は、音の少なさ、余白、沈黙、サックスの息づかいを感じる。聴いた後は、「聴く前と比べて、呼吸は変わったか」「胸の重さはどうなったか」「何か言葉が浮かんだか」を一行だけ書く。

2日目 《After The Rain》で悲しみの余韻に寄り添う
2日目のテーマは「悲しみの余韻に寄り添う」である。使用する曲は《After The Rain》である。この曲は、雨が過ぎた後の静けさのような音楽である。激しい感情が過ぎ去った後、まだ空は完全には晴れていない。しかし、空気の中には少しだけ透明感がある。悲しみも同じである。泣いた後、怒った後、眠れなかった夜の後、何かが完全に解決したわけではないが、ほんの少しだけ呼吸が戻る瞬間がある。《After The Rain》は、そのような時間に寄り添う。2日目の目的は、悲しみを消すことではない。悲しみがそこにあることを認め、その悲しみと一緒に座ることである。

鑑賞リンク:John Coltrane《After The Rain》
https://www.youtube.com/watch?v=HmUcBZay8-E
2日目は、聴く前に「私の中に残っている雨は何か」と問いかける。答えは出なくてよい。聴きながら、悲しみが身体のどこにあるかを感じる。胸か、喉か、目の奥か、腹か、背中か。聴いた後には、「いま、自分に優しくするなら何をするか」を一つ書く。水を飲む、早く寝る、誰かに短いメッセージを送る、部屋の明かりを少し落とす。それだけで十分である。

3日目 《My Favorite Things》で反復と安心を得る
3日目のテーマは「反復と安心」である。使用する曲は《My Favorite Things》である。この曲は、ミュージカル由来の親しみやすい旋律を、コルトレーンがまったく新しい精神空間へと変容させた作品である。ここで重要なのは反復である。同じ旋律が戻ってくる。しかし、戻るたびに意味が変わる。これは、心のセルフケアにおいて重要な感覚である。人は同じ悩みに何度も戻る。なぜまた不安になるのか。なぜまた同じ悲しみに戻るのか。なぜまた同じ怒りが出るのか。しかし、同じところに戻っているようで、実は少しずつ違う場所にいる。経験が増え、言葉が増え、身体感覚への気づきが増え、悲しみの意味が変わっている。反復は停滞ではない。反復は、心が安心して変化するための足場である。

鑑賞リンク:John Coltrane《My Favorite Things》
https://www.youtube.com/watch?v=rqpriUFsMQQ
3日目は、テーマが戻ってくるたびに、自分の呼吸へ戻る。吸う、吐く、聴く、戻る。曲を最後まで集中して聴こうとしなくてよい。途中で注意がそれてもよい。気づいたら戻ればよい。聴いた後には、「私は何度も戻ってしまう悩みがあるか」「その悩みは、以前と同じ意味なのか、それとも少し変わっているのか」と書いてみる。

4日目 《Giant Steps》で混乱を構造化する
4日目のテーマは「混乱を構造化する」である。使用する曲は《Giant Steps》である。この曲は、複雑なコード進行と高速の展開で知られる。初めて聴くと、圧倒されるかもしれない。しかし、この圧倒感こそが4日目のテーマである。現代人の心は、しばしば《Giant Steps》的である。次々と変化が起きる。考えなければならないことが多い。情報が多すぎる。人間関係が複雑である。予定が詰まっている。心が追いつかず、呼吸が浅くなる。だが、《Giant Steps》は無秩序ではない。非常に高度な構造を持っている。つまり、混乱の中にも構造がある。4日目の目的は、混乱をなくすことではなく、混乱の中に小さな秩序を見つけることである。

鑑賞リンク:John Coltrane《Giant Steps》
https://www.youtube.com/watch?v=KwIC6B_dvW4
4日目は、冒頭1分だけ聴くことから始める。全曲を聴こうとしなくてよい。音の速度、密度、身体の反応を観察する。胸が緊張するか。呼吸が速くなるか。逆に集中するか。聴いた後には、「いま自分の生活で最も混乱していることは何か」「その中に一つだけ構造をつくるなら何をするか」と書く。今日やることを一つに絞る、机の上を片づける、誰かに相談する、予定を一つ減らす。小さな構造でよい。

5日目 《Alabama》で社会的悲嘆と沈黙の祈りに触れる
5日目のテーマは「社会的悲嘆と沈黙の祈り」である。使用する曲は《Alabama》である。この曲は、個人の悲しみだけでなく、共同体が抱える悲しみ、社会的暴力、差別、失われた命への哀悼と深く結びついている。メンタルヘルスは個人の内面だけの問題ではない。社会の不正義、災害、戦争、差別、暴力、孤立、貧困、過労は、人々の心に深い影響を与える。《Alabama》は、怒りを単純な叫びとしてではなく、沈黙を含んだ祈りとして表現する。5日目の目的は、自分の悲しみと社会の悲しみがどのようにつながっているかを感じることである。ただし、感情が強く動きすぎる場合は、短く聴き、途中で止めてよい。

鑑賞リンク:John Coltrane《Alabama》
https://www.youtube.com/watch?v=bwc_PnPRNGg
5日目は、曲を聴く前に「自分が忘れたくない悲しみは何か」と問いかける。個人的なことでも、社会的なことでもよい。聴きながら、音と音の間にある沈黙に耳を澄ませる。聴いた後には、「その悲しみに対して、自分ができる小さな敬意の表し方は何か」と書く。祈る、黙祷する、誰かの話を聴く、寄付する、学ぶ、忘れない。それぞれの人に、それぞれの応答がある。

6日目 《A Love Supreme》で生き直しの誓いを聴く
6日目のテーマは「生き直しの誓い」である。使用する曲は《A Love Supreme, Pt. I – Acknowledgement》である。この曲は、コルトレーンの精神的到達点である《A Love Supreme》の入口であり、自己の限界、感謝、祈り、回復への決意が凝縮されている。回復とは、完璧な人間になることではない。過去を消すことでもない。自分が傷ついてきたこと、自分が間違えてきたこと、自分が助けを必要としていることを認めたうえで、もう一度、自分を生かす方向へ向き直ることである。6日目の目的は、自分自身への小さな誓いを見つけることである。大げさな宣言はいらない。「今日は自分を責めすぎない」「明日、相談先を調べる」「眠る前に酒を一杯減らす」「朝、光を浴びる」。それでよい。

鑑賞リンク:John Coltrane《A Love Supreme, Pt. I – Acknowledgement》
https://www.youtube.com/watch?v=Dmx2WuUPVcs
6日目は、繰り返されるモチーフを、自分自身へ戻る言葉として聴く。「私は傷ついている」「私は変わりたい」「私は助けを求めてよい」「私は生き直したい」。聴いた後には、「今日の自分への小さな誓い」を一文で書く。誓いは守れなかった日があってもよい。大切なのは、何度でも戻ってこられる言葉を持つことである。

7日目 自分に必要な一曲を選ぶ
7日目のテーマは「自分に必要な一曲を選ぶ」である。ここまでの6日間で、《Naima》《After The Rain》《My Favorite Things》《Giant Steps》《Alabama》《A Love Supreme》を聴いてきた。7日目は、こちらから曲を指定しない。自分で選ぶ。いまの自分には静けさが必要なのか。悲しみに寄り添う音が必要なのか。反復による安心が必要なのか。混乱を構造化する力が必要なのか。社会的悲嘆への祈りが必要なのか。生き直しの誓いが必要なのか。自分に問いかけ、その日の一曲を選ぶ。音楽セルフケアの目標は、誰かに決められた曲を聴き続けることではない。自分の心に合う曲を、自分で選べるようになることである。

7日目の聴後ジャーナルには、次の四つを書くとよい。第一に、「この一週間で最も心に残った曲」。第二に、「最も聴くのが難しかった曲」。第三に、「自分の心について気づいたこと」。第四に、「今後、困ったときに戻りたい一曲」。この四つが書ければ、7日間プログラムは十分に意味を持つ。感動的な体験を得る必要はない。人生が劇的に変わる必要もない。ただ、自分の心の動きに少し詳しくなること。それが、このプログラムの目的である。コルトレーンの音楽は、正解を与えない。だが、自分の問いへ戻る力を与えてくれる。

第24章 30分でできるセルフケア・セッション──聴く前、聴く間、聴いた後
7日間プログラムを実践するうえで、基本となるのが30分セルフケア・セッションである。音楽をセルフケアとして使うとき、ただ再生ボタンを押して聴くだけではもったいない。音楽の前後に、自分の状態を確認する時間を置くことで、鑑賞は自己理解の実践に変わる。30分という時間は、現実的である。長すぎず、短すぎず、日常の中に組み込みやすい。もちろん、30分が難しい日は10分でよい。大切なのは、形式を守ることではなく、音楽を通じて自分の心の状態に気づくことである。

30分セッションは、五つの段階で行う。第一段階は、3分間のチェックインである。聴く前に、不安、怒り、抑うつ、喪失感を0から10で評価する。数字は厳密でなくてよい。たとえば、不安6、怒り2、抑うつ5、喪失感3というように、直感で書く。次に、身体の状態を一言で書く。「胸が重い」「肩が硬い」「眠い」「落ち着かない」「何も感じない」。第二段階は、2分間の呼吸と接地である。足裏を床につけ、息を長めに吐く。第三段階は、10分間の音楽鑑賞である。曲は一曲でもよいし、一部だけでもよい。第四段階は、5分間の沈黙である。音楽を止めた後、すぐにスマートフォンを見ない。音の余韻を感じる。第五段階は、10分間の聴後ジャーナルである。

聴後ジャーナルは、長文でなくてよい。むしろ、短く続ける方がよい。基本の三つの問いは、「聴く前の私はどうだったか」「曲のどこで心が動いたか」「聴いた後、何が少し変わったか」である。たとえば、「聴く前は焦っていた」「《Naima》の最初の音で胸がゆるんだ」「聴いた後、少し眠くなった」。これで十分である。大切なのは、音楽を聴いた体験を、少しだけ言葉へ戻すことである。言葉にすることで、感情は輪郭を持つ。輪郭を持った感情は、少し扱いやすくなる。これが音楽的セルフケアの核心である。

30分セッションでは、曲の選び方も重要である。不安が強い日は《Naima》《After The Rain》《Welcome》など、静かで安全感のある曲を選ぶ。怒りが強い日は、いきなり激しい後期作品へ行くのではなく、まず《Giant Steps》や《My Favorite Things》のように構造や反復のある曲を短く使う。抑うつや無気力の日は、《After The Rain》《Naima》《Crescent》のように、心の低い位置に寄り添う曲を選ぶ。喪失感がある日は、《Naima》《Alabama》《A Love Supreme》を短く聴き、悲しみの居場所をつくる。再出発したい日は、《My Favorite Things》や《A Love Supreme》を選ぶ。曲は、自分を変えるために選ぶのではない。今の自分に合う音を選ぶのである。

30分セッションには、短縮版も用意しておくとよい。忙しい日や疲れている日は、3分チェックイン、5分鑑賞、1分沈黙、1行ジャーナルでよい。合計10分である。たとえば、夜に疲れて帰宅したとき、《After The Rain》を5分だけ聴き、「今日はずっと気を張っていた」と一行書く。それだけでも、自分の心を置き去りにしない行為になる。セルフケアは、立派である必要はない。続けられることが大切である。大きな変化よりも、小さな確認が大切である。毎日、自分の状態を一度だけ見る。その積み重ねが、心の回復力を支える。

一方で、30分セッションを行わない方がよい場合もある。強い希死念慮があるとき、自傷衝動があるとき、パニックが激しいとき、フラッシュバックが起きているとき、音楽によって現実感が失われるときには、一人で音楽に深く入るよりも、まず安全確保と専門的支援が必要である。また、怒りが非常に強いときに激しい音楽を聴くと、興奮が高まる場合もある。セルフケアとは、自分だけで何とかすることではない。必要なときに助けを求める判断も、セルフケアである。音楽はその判断を鈍らせるためではなく、自分の状態に気づくために使うべきである。

30分セッションを一週間続けると、自分の反応パターンが少し見えてくる。《Naima》で落ち着く人もいれば、悲しみが出てくる人もいる。《Giant Steps》で集中する人もいれば、圧倒される人もいる。《A Love Supreme》で祈りを感じる人もいれば、まだ重すぎると感じる人もいる。どの反応も正しい。音楽の効果は一律ではない。音楽は、聴き手の記憶、身体、文化、経験、現在の状態と結びついて響く。その違いを知ることこそが、音楽的セルフケアの価値である。自分には何が合うのか。何が強すぎるのか。何が戻る場所になるのか。それを知ることは、自分自身を知ることなのである。

第25章 グループワークでの活用──語らずに共有する音楽体験
コルトレーンの音楽は、一人で聴くセルフケアだけでなく、グループワークにも活用できる。職場、地域コミュニティ、カウンセリンググループ、グリーフケアの場、学習会、研修、読書会、音楽鑑賞会などで、同じ曲を聴き、それぞれが感じたことを短く共有するだけでも、深い相互理解が生まれることがある。音楽は、言葉にしにくい感情を媒介する。人は「私は悲しい」「私は怒っている」「私は孤独だ」と直接言うのが難しい場合がある。しかし、「この曲の沈黙が胸に残った」「サックスの音が叫びのように感じた」「同じ旋律が戻ってくるところで安心した」となら言えることがある。音楽について語っているようで、実は自分の心について語っているのである。

グループワークで最も大切なのは、安全である。コルトレーンの音楽は強い。とくに《Alabama》《A Love Supreme》《Crescent》《Meditations》のような曲は、深い感情を呼び起こす可能性がある。そのため、グループで扱う場合には、参加者に事前に目的を伝え、無理に感想を話さなくてよいこと、途中で退席してよいこと、目を閉じなくてもよいこと、涙が出てもよいこと、何も感じなくてもよいことを明確にしておく必要がある。音楽を聴く場では、感情を引き出すことが目的ではない。安全に感じ、観察し、共有できる範囲で扱うことが目的である。ファシリテーターは、自分の解釈を押しつけてはならない。「この曲は祈りである」「この曲では悲しむべきである」と決めつけるのではなく、参加者それぞれの反応を尊重する必要がある。

グループワークの基本手順は、次のようにするとよい。まず、導入として、今日扱う曲と目的を簡単に説明する。次に、1分間の呼吸と接地を行う。足裏を床につけ、身体の感覚に戻る。次に、曲を3分から7分程度聴く。長すぎる曲を丸ごと聴く必要はない。聴いた後は、すぐに話し合わず、1分間沈黙する。その後、一人ずつ短く共有する。共有の問いは、「どの音が心に残ったか」「身体のどこに反応があったか」「一言でいうと、どんな感情が浮かんだか」でよい。議論や評価は避ける。感想に対して、他者が分析したり助言したりしないことが大切である。

たとえば、グリーフケアのグループでは、《Naima》や《After The Rain》が使いやすい。参加者は、喪失について直接語る前に、音楽を通して自分の悲しみに触れることができる。ある人は沈黙に安心を感じるかもしれない。ある人はサックスの音に涙を感じるかもしれない。ある人は何も感じないかもしれない。何も感じないこともまた、大切な反応である。深い喪失の中では、心が自分を守るために感情を一時的に閉じることがある。グループワークでは、涙を価値ある反応とし、無感覚を価値の低い反応とするような雰囲気をつくってはならない。すべての反応に居場所を与えることが、音楽を使ったグリーフケアの基本である。

職場研修やチームビルディングでは、《My Favorite Things》や《Giant Steps》が使いやすい。《My Favorite Things》は、反復と変化を通じて、チームが同じテーマに何度も戻りながら、少しずつ理解を深めることを示してくれる。《Giant Steps》は、変化が速く複雑な環境の中で、構造を見つけることの重要性を教えてくれる。参加者に、「この曲を聴いて、変化の速さをどう感じたか」「混乱の中で、自分は何を足場にするか」「チームにとって戻る場所は何か」と問いかけると、音楽鑑賞が単なる感想交換ではなく、組織学習につながる。ジャズ即興は、ビジネスにおける柔軟性、傾聴、応答、心理的安全性を考えるうえでも有効な比喩となる。

ただし、職場で音楽を使う場合には、参加者の文化的背景や音楽的好みに配慮する必要がある。ジャズに親しみのない人もいる。サックスの音が苦手な人もいる。静かな場で目を閉じることに不安を感じる人もいる。感情を共有することに抵抗がある人もいる。したがって、参加は強制しない。感想共有も任意にする。音楽を聴くこと自体が苦手な人には、観察者として参加する選択肢を用意する。グループワークにおける音楽活用は、参加者を感動させるために行うものではない。安全な場で、他者の感じ方の違いを知り、自分の反応にも気づくために行うものである。

グループワークで避けるべきことも明確にしておきたい。第一に、強い曲を長時間流さないことである。第二に、参加者に感情表出を強要しないことである。第三に、涙や沈黙を過剰に意味づけないことである。第四に、音楽の正しい解釈を押しつけないことである。第五に、トラウマや喪失を扱う場で、十分なフォローを用意せず深い感情を喚起しないことである。音楽には力がある。だからこそ、その力を丁寧に扱う必要がある。コルトレーンの音楽は、グループに深い共有体験をもたらす可能性があるが、それは安全、同意、選択権、沈黙の尊重があって初めて成り立つのである。

グループワークの最後には、必ず現在へ戻る時間を置くとよい。曲を聴き、感想を共有した後、参加者に足裏を床につけてもらう。部屋の中にあるものを三つ見る。手を軽く握って開く。水を飲む。最後に、「今、自分が持ち帰りたい一言」を書く。たとえば、「静けさ」「戻る場所」「悲しみを急がない」「聴くこと」「一人ではない」。この一言が、音楽体験を日常へ持ち帰る橋になる。音楽は、その場で感動して終わるものではない。日常へ戻った後、ふとした瞬間に思い出され、自分を支える言葉や感覚になることがある。コルトレーンの音楽をグループで聴く意味は、そのような共有された余韻を生むところにある。

第7回のまとめ
第7回では、これまでの理論的・実践的な議論を踏まえ、「7日間のコルトレーン鑑賞プログラム」として、日常で実際に取り組める形に整理した。1日目は《Naima》で静けさに戻り、2日目は《After The Rain》で悲しみの余韻に寄り添い、3日目は《My Favorite Things》で反復と安心を得る。4日目は《Giant Steps》で混乱を構造化し、5日目は《Alabama》で社会的悲嘆と沈黙の祈りに触れる。6日目は《A Love Supreme》で生き直しの誓いを聴き、7日目は自分に必要な一曲を選ぶ。この流れは、単なる曲紹介ではない。静けさ、安全、悲しみ、反復、混乱、社会的痛み、祈り、自己選択へと進む、心の小さな旅である。

また、30分セルフケア・セッションでは、聴く前、聴く間、聴いた後を丁寧に扱う方法を示した。音楽を聴く前に心身の状態を確認し、聴いている間は評価ではなく観察を行い、聴いた後に一言でも記録する。この一連の流れによって、音楽鑑賞は自己理解の実践となる。さらに、グループワークでは、音楽が言葉にしにくい感情を共有する媒介になりうることを確認した。同じ曲を聴いても、人によって感じ方は違う。その違いを尊重することが、心理的安全性を生む。コルトレーンの音楽は、一人で深く聴くこともできるし、他者と静かに共有することもできる。いずれの場合も大切なのは、音楽を使って何かを無理に変えることではなく、音楽を通して自分と他者の心に丁寧に耳を澄ませることである。

次回はいよいよ最終回として、本連載全体を振り返る。コルトレーンの音楽は、心の闇を消し去る音楽ではない。むしろ、闇の中に身を置き、その奥にある祈り、問い、再生への道を見出す音楽である。第8回では、連載の総まとめとして、初心者のための聴き方、上級者のための深い聴き方、後期コルトレーンと精神の極限、演奏リンク一覧、実践ワーク、専門家が活用する際の注意点を整理する。最後に、コルトレーンの音楽が私たちに教えてくれる「心の闇に道を開く力」について考察する。

参考文献・関連資料 第7回読者向けセレクト
本稿の理解を深めるために、以下の文献を参考資料として挙げておく。第7回では、7日間の鑑賞プログラム、30分セルフケア・セッション、グループワーク、聴後ジャーナリング、音楽的マインドフルネスを扱ったため、音楽と日常生活、音楽療法、グループ実践、マインドフルネス、感情調整に関する文献を中心に選定した。

オリヴァー・サックス『音楽嗜好症──ミュージコフィリア 脳神経科医と音楽に憑かれた人々』大田直子訳、早川書房。
音楽が脳、記憶、感情、身体感覚にどのように関わるかを、豊富な臨床例を通して描いた文献である。音楽が人間の心身に深く作用することを理解するうえで重要である。

ダニエル・J・レヴィティン『音楽好きな脳──人はなぜ音楽に夢中になるのか』西田美緒子訳、白揚社。
旋律、リズム、記憶、快感、感情の関係を理解するための入門書である。反復やリズムが心に与える影響を考えるうえで有用である。

ジョン・カバットジン『マインドフルネスストレス低減法』春木豊訳、北大路書房。
身体感覚、呼吸、現在への気づきを重視する実践の基礎文献である。音楽を聴きながら自分の反応を観察する音楽的マインドフルネスの考え方と相性がよい。

Tia DeNora, Music in Everyday Life, Cambridge University Press。
音楽が日常生活の中で感情、記憶、自己調整にどのように使われているかを考えるための重要文献である。音楽を特別な芸術体験だけでなく、日々の心の調整資源として捉える視点が得られる。

Kenneth E. Bruscia, Defining Music Therapy, Barcelona Publishers。
音楽療法とは何かを定義から理解するための基本文献である。音楽鑑賞と専門的な音楽療法の違いを理解するうえで重要である。

Leslie Bunt & Brynjulf Stige, Music Therapy: An Art Beyond Words, Routledge。
音楽療法を、言葉を超えた表現、関係性、文化的実践として理解するための文献である。グループワークや非言語的共有を考えるうえで参考になる。

Stige, B., Ansdell, G., Elefant, C., & Pavlicevic, M. Where Music Helps: Community Music Therapy in Action and Reflection, Ashgate。
コミュニティ音楽療法の実践と理論を扱う文献である。音楽を個人のセルフケアだけでなく、共同体の中で共有する実践として捉えるうえで有用である。

アシュリー・カーン『ジョン・コルトレーン「至上の愛」の真実[新装改訂版]──スピリチュアルな音楽の創作過程』川嶋文丸訳、DU BOOKS。
《A Love Supreme》を理解するための重要文献である。コルトレーンの精神性、録音背景、創作過程を知るうえで、本連載全体の中核となる一冊である。

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投稿者プロフィール

市村 修一
市村 修一
【略 歴】
茨城県生まれ。
明治大学政治経済学部卒業。日米欧の企業、主に外資系企業でCFO、代表取締役社長を経験し、経営全般、経営戦略策定、人事、組織開発に深く関わる。その経験を活かし、激動の時代に卓越した人財の育成、組織開発の必要性が急務と痛感し独立。「挑戦・創造・変革」をキーワードに、日本企業、外資系企業と、幅広く人財・組織開発コンサルタントとして、特に、上級管理職育成、経営戦略策定、組織開発などの分野で研修、コンサルティング、講演活動等で活躍を経て、世界の人々のこころの支援を多言語多文化で行うグローバルスタートアップとして事業展開を目指す決意をする。

【背景】
2005年11月、 約10年連れ添った最愛の妻をがんで5年間の闘病の後亡くす。
翌年、伴侶との死別自助グループ「Good Grief Network」を共同設立。個別・グループ・グリーフカウンセリングを行う。映像を使用した自助カウンセリングを取り入れる。大きな成果を残し、それぞれの死別体験者は、新たな人生を歩み出す。
長年実践研究を妻とともにしてきた「いきるとは?」「人間学」「メンタルレジリエンス」「メンタルヘルス」「グリーフケア」をさらに学際的に実践研究を推し進め、多数の素晴らしい成果が生まれてきた。私自身がグローバルビジネスの世界で様々な体験をする中で思いを強くした社会課題解決の人生を賭ける決意をする。

株式会社レジクスレイ(Resixley Incorporated)を設立、創業者兼CEO
事業成長アクセラレーター

【専門領域】
・レジリエンス(精神的回復力) ・グリーフケア ・異文化理解 ・グローバル人財育成 
・東洋哲学・思想(人間学、経営哲学、経営戦略) ・組織文化・風土改革  ・人材・組織開発、キャリア開発
・イノベーション・グローバル・エコシステム形成支援

【主な著書/論文/プレス発表】
「グローバルビジネスパーソンのためのメンタルヘルスガイド」kindle版
「喪失の先にある共感: 異文化と紡ぐ癒しの物語」kindle版
「実践!情報・メディアリテラシー: Essential Skills for the Global Era」kindle版
「こころと共感の力: つながる時代を前向きに生きる知恵」kindle版
「未来を拓く英語習得革命: AIと異文化理解の新たな挑戦」kindle版
「グローバルビジネス成功の第一歩: 基礎から実践まで」Kindle版
「仕事と脳力開発-挫折また挫折そして希望へ-」(城野経済研究所)
「英語教育と脳力開発-受験直前一ヶ月前の戦略・戦術」(城野経済研究所)
「国際派就職ガイド」(三修社)
「セミナーニュース(私立幼稚園を支援する)」(日本経営教育研究所)

【主な研修実績】
・グローバルビジネスコミュニケーションスキルアップ ・リーダーシップ ・コーチング
・ファシリテーション ・ディベート ・プレゼンテーション ・問題解決
・グローバルキャリアモデル構築と実践 ・キャリア・デザインセミナー
・創造性開発 ・情報収集分析 ・プロジェクトマネジメント研修他
※上記、いずれもファシリテーション型ワークショップを基本に実施

【主なコンサルティング実績】
年次経営計画の作成。コスト削減計画作成・実施。適正在庫水準のコントロール・指導を遂行。人事総務部門では、インセンティブプログラムの開発・実施、人事評価システムの考案。リストラクチャリングの実施。サプライチェーン部門では、そのプロセス及びコスト構造の改善。ERPの導入に際しては、プロジェクトリーダーを務め、導入期限内にその導入。組織全般の企業風土・文化の改革を行う。

【主な講演実績】
産業構造変革時代に求められる人材
外資系企業で働くということ
外資系企業へのアプローチ
異文化理解力
経営の志
商いは感動だ!
品質は、タダで手に入る
利益は、タダで手に入る
共生の時代を創る-点から面へ、そして主流へ
幸せのコミュニケーション
古典に学ぶ人生
古典に学ぶ経営
論語と経営
論語と人生
安岡正篤先生から学んだこと
素読のすすめ
経営の突破口は儒学にあり
実践行動学として儒学に学ぶ!~今ここに美しく生きるために~
何のためにいきるのか~一人の女性の死を見つめて~
縁により縁に生きる
縁に生かされて~人は生きているのではなく生かされているのだ!~
看取ることによって手渡されるいのちのバトン
など
シエアする:
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