はじめに──私たちは「誰を選ぶか」で未来を決めている
「一国(いっこく)は一人(いちにん)を以(もっ)て興り、一人を以て滅ぶ」。北宋の儒学者・蘇洵(そじゅん)(号:蘇老泉 そろうせん)の言葉である。この一文は、王朝政治における為政者の責任を述べたものであるが、2025年の日本、そして世界に生きる私たちにとっても、決して過去のものではない。むしろ、民主主義という「選ぶ仕組み」が確立された現代においてこそ、この言葉の重みはますます増している。
なぜなら、現代のリーダーたちは「選ばれてその座に就く」からである。そしてその選出を支えるのは、私たち一人ひとりの一票である。ゆえに、国家の命運を左右する「一人」を選ぶという行為は、主権者たる私たちの責任にほかならない。
この記事では、2025年の日本社会に警鐘を鳴らすとともに、世界各国の事例をもとに「選ばれる一人」の意味、そしてその一人を選ぶ私たちの行動の重要性を問い直したい。
第1章 「民主主義だから安心」という誤解
民主主義は、一見すると安心感を与えてくれる仕組みに思える。選挙があり、憲法があり、制度が整っている。市民は自由に情報を得て、自分の意志で代表者を選ぶことができる。だが、その「安心感」こそが、最大のリスクとなることがある。
◆ 定義:形式的民主主義 vs 実質的民主主義
用語 | 意味 |
形式的民主主義 | 選挙など民主的制度が存在しているが、市民の関与や判断が形式にとどまっている状態 |
実質的民主主義 | 市民が自ら調べ、対話し、社会を構成する責任を担っている状態 |
日本の現状は、形式的民主主義に留まってはいないか。有権者の半数以上が選挙に行かない地方自治体、SNS上の情報だけを頼りに候補者を決める風潮、討論より印象が優先されるメディア環境──これらはすべて、選ばれる一人を「思考停止で生み出す」危うさを内包している。
第2章 「一人」の判断が招いた世界の変動
以下に、民主主義の名の下で「選ばれた一人」によって国家が大きく揺れた世界の事例をいくつか紹介したい。
- アメリカ:再登場したトランプ政権と「強いリーダー」への期待と不安
2024年の米大統領選挙において、ドナルド・トランプ氏は返り咲きを果たし、再びアメリカ大統領の座に就いた。これはアメリカ史上まれに見る非連続的再選であり、世界中に衝撃を与えた。
トランプ氏は「アメリカ・ファースト」のスローガンを再び掲げ、移民政策、通商政策、国防方針などにおいて前回任期時の強硬路線を再び推し進めている。さらに今回の政権では、以下の点が特に注目されている。
- 国際秩序の再構築と孤立主義の復活
- 言論空間の分断とメディアへの圧力
- 選挙制度そのものへの信頼の揺らぎ
こうした中で、アメリカ国民の一部は「トランプ氏こそが既得権を打破する真の改革者」と見なし、熱狂的に支持する一方、他の層では「民主主義の原則が危うい」との深刻な危機感を抱いている。
補足図表:アメリカ大統領の再登場がもたらす主な国内外インパクト
分野 | 主な影響 |
国際関係 | 同盟関係の再構築 or 緊張(NATO・中東) |
通商政策 | 保護主義強化(関税復活、FTA見直し) |
移民・人権政策 | 入国制限強化、人道政策の後退 |
社会的分断 | 保守vsリベラルの対立激化 |
情報とメディア | SNS・テレビ・報道の信頼性が分断される |
- ブラジル:ボルソナロ政権と環境・公衆衛生政策の混乱
ジャイル・ボルソナロ氏は2018年にブラジル大統領に就任し、強い言葉で国民の不満や不安を代弁した。一方で、アマゾン森林破壊やCOVID-19への対応などで国際社会から強い批判を受けた。民主的に選ばれた一人が、科学や制度よりも感情と敵対心を優先させた結果、国家と国際的信用が揺らいだ。
ヴィクトル・オルバン首相は、選挙での勝利を重ねる中で、司法・教育・メディアへの統制を強め、欧州連合(EU)との摩擦を引き起こしている。選挙制度を利用した「非リベラル民主主義」は、選ばれた一人が制度の中から民主主義を破壊しうる現代的リスクを示している。
第3章 日本の2025年をどう見るか──首相のリーダーシップ力とその分水嶺
2025年、日本は経済低迷、地政学リスク、少子高齢化という三重苦の真っただ中にあり、国家の方向性を決定づける「一人」の指導者、すなわち首相のリーダーシップにかつてないほどの重圧と期待がかかっている。国民が直面する課題は複雑化しており、それらに対応するには戦略的な構想力と迅速な決断力を備えた政治リーダーが必要不可欠である。
歴代首相の中でも、国の針路に大きな影響を及ぼした人物としては、吉田茂(戦後の独立と安全保障)、池田勇人(高度経済成長)、中曽根康弘(行革と国際化)、小泉純一郎(構造改革)などが挙げられる。いずれも「選ばれる一人」が国家の浮沈を左右する存在であったことを証明している。
そして現代において、その最たる例として評価されるのが、2022年に暗殺された安倍晋三元首相である。彼は戦後最長の政権を担い、アベノミクスによる経済再建、積極的平和主義を掲げた外交、安保法制の整備、さらにはインド太平洋戦略を国際社会に提唱するなど、内外にわたって明確な国家ビジョンを打ち出した。
安倍氏はまた、ドナルド・トランプ米大統領(当時)との個人的な信頼関係をいち早く築き、日米関係を安定させる役割を果たした。大統領選直後に訪米し最初に会談した首脳として、個人関係を戦略的資産と捉えるパーソナル・ディプロマシーを実践したことで、TPP離脱後の貿易枠組み見直し、北朝鮮問題への協調対応など、現実的な成果も得た。
こうした姿勢は、国内では賛否を呼びながらも、海外においては「自由主義陣営のリーダー」としての存在感を高め、G7諸国からも一定の信頼を得ていた。リーダー個人の信念と外交手腕が、国家戦略に直結するという点で、まさに「一国は一人を以て興り、一人を以て滅ぶ」の現代的体現者と言えるだろう。
また、今日的な重要課題として特筆すべきは「経済安全保障」である。米中対立の激化、台湾有事の懸念、半導体など戦略物資の争奪など、経済と安全保障が一体化する時代に突入している。国家としての存立を支えるのは、通商政策や軍事力だけではなく、経済的レジリエンスであり、それを確保する政策的ビジョンが首相に強く求められる。
2025年の日本は、このような複合的リスクと機会が交差する地点に立っている。選ばれる首相は、もはや「国民の人気取り」ではなく、国内外の不確実性に備えうる戦略家でなければならない。
比較表:歴代首相と現代の課題におけるリーダー像
リーダー | 特徴的な政策・姿勢 | 現代への示唆 |
吉田茂 | 対米協調、安全保障体制の確立 | 主権回復と国際秩序の枠組みづくり |
池田勇人 | 所得倍増計画、高度経済成長の牽引 | 成長ビジョンと実行力 |
小泉純一郎 | 構造改革、官邸主導型政治 | メッセージ力と国民への直接訴求 |
安倍晋三 | 経済政策、安保、国際発信、個人外交 | 経済安全保障と地政学リスクへの実践的対応 |
このように、日本の命運はまさに「首相という一人」の肩にかかっており、その人物の選出が2025年の未来を大きく決定づけるのである。
安倍晋三元首相が今も健在で、再び日本のかじ取りを担っていたならば、ドナルド・トランプ氏の再登場したアメリカとともに、この複雑で緊迫した世界情勢をどのように乗り越えていただろうか──。そう考えずにはいられない。国家の命運を左右する「選ばれる一人」の存在は、単なる制度上の首班ではなく、時代に向き合い、未来を描く人物そのものである。
第3章を受けて──リーダーが築く信頼と戦略の連携
安倍晋三元首相が体現したような首脳間の信頼構築と戦略的外交は、ポピュリズム的手法とは本質的に異なる。そこには個人のカリスマ性だけでなく、国家戦略に基づいた綿密な関係構築と国益を見据えた交渉姿勢があった。
現代の日本政治においては、このような「信頼と戦略の連携」を築ける人物が求められている。感情に流されず、地政学と経済の複合的課題に立ち向かうリーダーこそが、世界の尊敬と協力を得られる「選ばれる一人」となるのではないか。
第4章 ポピュリズムの誘惑と、深い判断力の必要性
第3章までで見てきたように、日本におけるリーダーシップの本質は「信頼と戦略の連携」にある。これに対して、ポピュリズムはその真逆を進む政治潮流であり、現代民主主義の深層にひそむ脆弱性を浮かび上がらせるものである。
経済的・社会的に不安が強まると、人々は「強く見える一人」に希望を託しがちである。しかし、その希望の裏にある危険を直視しなければならない。安倍晋三元首相が示したような持続可能な信頼関係と国家戦略の実践とは異なり、ポピュリズムは短期的な満足と引き換えに、制度的基盤を掘り崩す傾向がある。
◆ 定義:ポピュリズムとは
民衆の意思を直接反映すると称して、制度や専門家の意見を軽視し、感情的な訴えで政治的支持を集める手法。
ポピュリズム的リーダーはしばしば制度を迂回し、敵対構造を強調することで支持を拡大するが、それは民主主義の基盤を静かに掘り崩していくものである。短期的には喝采を受けるが、長期的には制度疲弊と社会的分断を招く。
図表:ポピュリズムの構造とリスク
特徴 | 内容 | もたらすリスク |
単純化 | 複雑な政策課題を「敵か味方か」で裁断 | 誤情報の拡散、対話の喪失 |
感情操作 | 恐怖・怒り・不安を利用して支持を集める | 集団ヒステリー的傾向 |
反エリート | 専門家や官僚を「敵」と見なす | 科学的根拠の軽視、政策の不安定化 |
直接訴え | メディアや議会を迂回しSNS等で呼びかけ | 制度の正統性の低下 |
健全な民主主義には、安易な感情に流されず、構造的課題を冷静に見極める「深い判断力」が必要である。選ばれる一人の資質と同時に、選ぶ側の成熟が今ほど問われている時代はない。
第5章 選ぶ側の責任──無関心こそが最大の脅威
これまで見てきたように、「選ばれる一人」は国家の命運を左右する。だが、その一人を生み出すのは、私たち主権者一人ひとりの選択である。民主主義社会において最大の脅威は独裁ではない。無関心である。
投票に行かない。なんとなくで候補を選ぶ。SNSで見た情報だけを頼りにする。選挙後に政治への関心を失う。──これらの行動は、私たち自身が「誰かに任せる」民主主義を生み出してしまう。
安倍晋三元首相のように、国家ビジョンを持ち、国際的な信頼関係を築き、戦略的に物事を進める指導者を選ぶには、有権者側にもそれを見抜き、支える「眼力」と「責任感」が求められる。
図表:主権者としての市民の行動チェックリスト
👉チェックリストダウンロード
行動項目 | 自己評価(はい・いいえ) |
候補者の政策や実績を比較・検討したか | □ はい / □ いいえ |
複数の情報源から事実を確認したか | □ はい / □ いいえ |
SNSやメディアの印象だけで判断していないか | □ はい / □ いいえ |
一票の意味と重みを自覚しているか | □ はい / □ いいえ |
選挙後も政策の進捗に関心を持っているか | □ はい / □ いいえ |
選ばれる一人が国家の未来を決めるならば、選ぶ私たち一人ひとりがその未来を設計する設計者でもある。
第6章 読者への問いかけ──次の一人を、誰が選ぶのか?
ここまで読み進めてくださったあなたに、静かに問いかけたい。
- あなたは、次に投票する相手の国家観・歴史観・人間観を理解しているだろうか?
- その候補者の「言葉」と「行動」に一貫性があるかを見ているだろうか?
- あなた自身、未来の日本にどんなリーダーが必要だと感じているだろうか?
民主主義は「制度」ではなく「営み」である。日々の対話、情報の読み解き、異なる意見への敬意、そして何より「参加」する姿勢の集積によってしか、成熟していかない。
安倍晋三元首相のように、時に賛否を越えて国民を巻き込む“構想力”と“発信力”を持った一人が再び現れるとき、私たちはそれを正しく見抜き、選び、支えられるであろうか。
結びに──「選ばれる一人」を変えるのは、「選ぶ一人ひとり」である
「一国は一人を以て興り、一人を以て滅ぶ」。
この言葉が響くのは、リーダーだけでなく、私たち一人ひとりに突きつけられた問いでもある。
2025年、経済安全保障と政治の岐路に立つ日本。
国の未来は、選ばれる一人の資質だけではなく、それを選び出す私たちの「覚悟と成熟」によって決まる。