396Hzとクラシック音楽──バッハ、モーツァルト、ベートーヴェンで心を整える聴き方
本記事は、連載「396Hzの周波数とメンタルヘルス──クラシック音楽・脳科学・瞑想から読み解く『恐れをほどく音』【全7回】」の第3回である。
はじめに 第2回の振り返り──不安と罪悪感は、頭だけでなく身体にも宿る
第2回では、396Hzを脳、身体、感情の観点から考察した。不安や罪悪感は、単なる「考え」ではない。それらは胸の圧迫感、喉の詰まり、腹部の重さ、肩のこわばり、背中の緊張、呼吸の浅さ、姿勢の縮こまりとして身体にも現れる。人は「不安だ」と言葉にする前に、すでに身体で不安を生きている。人は「自分を責めている」と気づく前に、すでに胸を固くし、腹を重くし、呼吸を浅くしている。396Hzをメンタルヘルスに用いる意味は、こうした身体の微細な反応に気づくための静かな場をつくることにある。
第3回では、この396Hz的な聴き方をクラシック音楽へ広げていく。ただし、最初に重要な注意をしておきたい。バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、ショパン、ドビュッシー、サティ、アルヴォ・ペルトが、396Hzという周波数を意識して作曲したわけではない。現代のクラシック音楽演奏では、A=440HzやA=442Hz前後の調律が用いられることが多く、396Hzは標準的な調律基準ではない。したがって、「バッハは396Hzの治癒力を知っていた」「モーツァルトは396Hzで人を癒すために作曲した」といった表現は避けなければならない。それは音楽史としても、科学としても正確ではない。
では、なぜ396Hzの連載でクラシック音楽を扱うのか。それは、396Hzを「数値としての周波数」だけでなく、「心の聴き方」として考えるためである。396Hzは、ソルフェジオ周波数の文脈では「恐れの解放」「罪悪感からの解放」と結びつけられてきた。しかし本連載では、それを医学的効能として断定するのではなく、「低く、安定し、急がせず、身体に戻るための音」として心理学的に読み替えている。そう考えるなら、クラシック音楽の中には、396Hzそのものではなくても、396Hz的な働きを持つ作品がある。低音が安定している音楽。呼吸を急がせない音楽。感情を押しつけず、静かに受け止める音楽。混乱した心に秩序を与える音楽。言葉にならない罪悪感や悲しみに、祈りのような余白を与える音楽。そうした作品を聴くことで、396Hz的なメンタルケアは単音の世界から、豊かな音楽体験へ広がっていく。
第3回で扱うのは、バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、ショパン、ドビュッシー、サティ、アルヴォ・ペルトである。バッハは、混乱した心に秩序を与える。モーツァルトは、罪悪感や不安で曇った心に透明な空間を開く。ベートーヴェンは、恐れを消すのではなく、恐れと共に立つ力を与える。ショパン、ドビュッシー、サティは、夜の不安をやわらかく包む。アルヴォ・ペルトは、音の少なさと沈黙によって、過剰な思考を鎮める。これらの作品は、396Hz音源ではない。しかし、396Hzのテーマである「恐れ」「罪悪感」「身体への回帰」「静けさ」「解放」を、クラシック音楽の深い聴取体験へと接続してくれる。
まず導入として、396Hzのドローン音源を短く聴いたあと、クラシック音楽へ移る方法をすすめたい。396Hz単音を数分聴き、身体の重心がどこにあるか、呼吸がどうなっているか、胸や腹部にどのような感覚があるかを観察する。そのあと、バッハやサティ、ペルトのような静かな曲へ移る。こうすると、単なるリラックス音楽ではなく、「身体に戻ったあとで音楽を聴く」という体験になる。これは、396Hzをクラシック音楽に無理に当てはめるのではなく、396Hzを聴取の入口として使う方法である。
鑑賞リンク:396 Hz – Pure Frequency
https://www.youtube.com/watch?v=t7cg30hiVkE
第7章 クラシック音楽は396Hzで聴けるのか──調律、移調、響きの違い
クラシック音楽と396Hzの関係を語るとき、最初に整理すべきなのは「調律」の問題である。音楽には、基準となる音の高さがある。現代のオーケストラやピアノでは、A、すなわちラの音を440Hzや442Hz前後に合わせることが多い。これは時代や地域、楽団、楽器、演奏慣習によって変化してきた。バロック音楽では現代より低いピッチで演奏されることもあるし、古楽演奏ではA=415Hz付近が用いられることもある。しかし、396Hzという数値は、一般的なクラシック演奏の標準調律として扱われているわけではない。
この点を曖昧にすると、読者に誤解を与えてしまう。396Hzの連載だからといって、「この曲は396Hzでできている」と書く必要はない。むしろ、そう書かないほうが誠実である。クラシック音楽を396Hzの文脈で聴く方法には、三つの考え方がある。第一は、396Hzの単音やドローンを聴いたあとに、通常のクラシック音楽を聴く方法である。これは、396Hzを「身体に戻る準備音」として使うやり方である。第二は、396Hzに調整されたアレンジ音源を聴く方法である。ただし、その場合でも、音源制作者がどのように調整したかは必ずしも明確ではないため、過度な効果の断定は避けるべきである。第三は、396Hzそのものではなく、396Hz的な心理作用を持つクラシック音楽を選ぶ方法である。本連載で主に採用するのは、この第三の方法である。
396Hz的な心理作用とは何か。それは、低く安定した響き、呼吸を急がせないテンポ、過度に刺激的でない音色、反復による安心感、沈黙や余白、身体の重心を下げる感覚、恐れや罪悪感を否定せずに受け止める音楽的な空間である。この視点から見ると、クラシック音楽には非常に豊かな素材がある。バッハの通奏低音や対位法は、散らばった心に構造を与える。モーツァルトの緩徐楽章や合唱曲は、過剰な感情を透明な空間へ置き直す。ベートーヴェンの後期作品は、苦悩を否認せず、そこから祈りや感謝へ進む。サティやドビュッシーは、夜の不安を柔らかく包む。ペルトは、沈黙そのものを聴かせる。
ここで重要なのは、クラシック音楽を「癒しのBGM」として単純化しないことである。クラシック音楽には、安らぎだけでなく、葛藤、悲しみ、孤独、怒り、祈り、歓喜、絶望、超越が含まれている。メンタルヘルスの文脈でクラシック音楽を使う場合、単に心地よい曲だけを選べばよいわけではない。むしろ、ある程度の陰影を持つ作品のほうが、苦しんでいる人の心に寄り添うことがある。悲しい人に、ただ明るい曲を聴かせても届かないことがある。不安な人に、ただ元気な曲を聴かせても、かえって疲れさせることがある。396Hz的な聴き方とは、心の暗い場所を無理に明るくするのではなく、その暗さの中に安全な音を置くことである。
この章の実践として、次の聴き方を提案したい。最初に396Hzの単音を3分聴く。音量は小さくてよい。その間、身体のどこに意識が向かうかを観察する。次に、1分間無音にする。無音の間に、耳の奥や身体に残る余韻を感じる。そして、バッハ、モーツァルト、サティ、ペルトなどの静かな曲を一曲だけ聴く。聴き終えたら、「音楽は自分を上に持ち上げたか、下に落ち着かせたか」「呼吸は浅くなったか、深くなったか」「胸や腹部の感覚は変化したか」を短く記録する。これが、396Hzとクラシック音楽をつなぐ基本的な聴取法である。
第8章 バッハ──秩序の音楽が不安を受け止める
不安な心に最も必要なのは、しばしば「答え」ではなく「秩序」である。不安が強いとき、人の思考は散乱する。未来の心配、過去の後悔、相手の評価、自分の失敗、体調への不安、仕事の締切、家族の問題、社会への不安が、頭の中で同時に鳴り始める。どれも完全には無視できない。けれど、どれから考えればよいのか分からない。こうした状態では、心は内側で騒音を発している。バッハの音楽は、その騒音に対して、力で沈黙を命じるのではない。むしろ、複数の声が同時に存在しても、それらが秩序を持って進むことを示してくれる。
バッハの音楽の特徴の一つは、対位法である。対位法とは、複数の旋律が独立しながら、同時に響き合う作曲技法である。不安な心にも、複数の声がある。「失敗したらどうする」「でもやらなければならない」「自分には無理だ」「いや、少しはできるかもしれない」「あの時もだめだった」「でも今は状況が違う」。こうした声が無秩序に鳴ると、人は混乱する。しかし、バッハを聴くと、複数の声が存在すること自体は問題ではないと感じられる。大切なのは、それらが互いを破壊せず、秩序の中で進むことである。これは、メンタルヘルスにおける内的対話にも通じる。
《G線上のアリア》は、396Hz的な聴き方に非常に適した作品である。この作品は、もともとバッハの《管弦楽組曲第3番》の第2曲「アリア」であり、後に「G線上のアリア」として広く親しまれるようになった。ゆったりとした旋律、安定した低音、過度に劇的ではない感情、静かな流れがある。不安な心を急がせない。励ましすぎない。慰めを押しつけない。ただ、音楽が一定の秩序を保ちながら、ゆっくり流れていく。396Hzの単音を数分聴いたあとにこの曲を聴くと、身体に戻った意識が、バッハの秩序の中で少しずつ整えられていく感覚を得やすい。
鑑賞リンク:J.S.バッハ《G線上のアリア》Voices of Music版
https://www.youtube.com/watch?v=pzlw6fUux4o
もう一つ、バッハで重要なのは《無伴奏チェロ組曲第1番》プレリュードである。チェロの響きは、人間の声に近い温かさと、身体の深い部分に触れるような低音を持つ。プレリュードの分散和音は、同じ動きを繰り返しながら少しずつ変化していく。これは、不安に対して非常に有効な音楽的構造である。不安な人は変化を怖がる。しかし、同じことの繰り返しだけでも閉塞感を覚える。バッハのプレリュードは、反復と変化の均衡を持っている。同じようで、少しずつ進む。止まっているようで、確かに前へ進んでいる。これは、回復の過程そのものに似ている。
鑑賞リンク:Yo-Yo Ma – Bach: Cello Suite No. 1 in G Major, Prélude / Official Video
https://www.youtube.com/watch?v=1prweT95Mo0
バッハを396Hz的に聴くときのポイントは、「落ち着こう」としないことである。バッハを聴けば落ち着くはずだ、と期待すると、落ち着かない自分を責めてしまう。そうではなく、「音楽の構造をたどる」ことに集中する。低音がどのように支えているか。旋律がどこへ向かうか。音が長く伸びるとき、自分の呼吸はどうなるか。チェロの低音が鳴るとき、身体のどこに響くように感じるか。こうして聴くと、バッハは癒しのBGMではなく、注意を整える訓練になる。396Hzが身体へ戻る入口であるなら、バッハは戻った身体に秩序を与える音楽である。
バッハの音楽は、感情を否定しない。むしろ、感情が混乱していても、その奥に構造がありうることを示してくれる。これは不安を抱える人にとって大きな支えである。不安は、人生が崩れている感覚をもたらす。自分の内側がばらばらになり、何もまとまらないように感じる。しかし、バッハを聴くと、複雑さは必ずしも崩壊ではないと分かる。複数の声があってよい。緊張があってよい。未解決の響きがあってよい。それでも、音楽は進む。これが、バッハが不安に対して持つ深い力である。
第9章 モーツァルト──透明な音が罪悪感を軽くする
モーツァルトの音楽は、バッハとは違う仕方で心を整える。バッハが秩序の音楽であるなら、モーツァルトは透明性の音楽である。罪悪感や不安が強いとき、人の心は濁る。自分のしたこと、自分の言ったこと、自分の言えなかったこと、自分の足りなさ、自分の失敗が、内面を重く覆う。そこでは、世界全体が暗く見えるというより、自分自身の内側が曇って見える。モーツァルトの音楽には、その曇りに風を通すような性質がある。悲しみを消すのではない。罪悪感を否定するのでもない。ただ、心の中に少し透明な空間をつくる。
《クラリネット協奏曲》第2楽章は、その代表的な作品である。クラリネットの音色は、柔らかく、温かく、人間の声に近い親密さを持っている。第2楽章は、過度に劇的ではない。泣き叫ぶ音楽ではない。けれど、深い優しさがある。罪悪感に苦しむ人に必要なのは、しばしば強い言葉ではなく、静かな受容である。「あなたは悪くない」と言われても、すぐには受け取れないことがある。「許しましょう」と言われても、心が追いつかないことがある。モーツァルトの緩徐楽章は、そうした言葉の前に、透明な空気を置いてくれる。そこで人は、自分を責める声から少しだけ離れることができる。
鑑賞リンク:Mozart Clarinet Concerto in A major, K. 622 – II. Adagio
https://www.youtube.com/watch?v=52ohZSj8OGo
モーツァルト《アヴェ・ヴェルム・コルプス》も、396Hz的な聴き方に適している。この作品は、非常に短いながら、祈り、身体、赦し、静けさが凝縮されている。合唱の響きは、個人の感情を過剰に煽らない。むしろ、一人の苦しみを、より大きな響きの中に置く。罪悪感が強いとき、人は「自分だけが責められるべきだ」と感じやすい。視野が狭くなり、自分の過去の一場面だけが何度も再生される。《アヴェ・ヴェルム・コルプス》のような合唱作品は、その狭くなった意識を少し広げる。自分の苦しみを、孤立した罰ではなく、人間全体の弱さや祈りの中に置き直す感覚を与えてくれる。
鑑賞リンク:Mozart: Ave verum | The Choir of King’s College, Cambridge
https://www.youtube.com/watch?v=pscsAvGjQI0
モーツァルトを396Hz的に聴くときには、まず396Hzで身体を落ち着け、そのあとモーツァルトで心に空間をつくるという順番がよい。396Hzは下へ降りる。モーツァルトは透明に広がる。つまり、396Hzだけでは少し重くなりすぎる人にとって、モーツァルトは良い橋渡しになる。身体に戻るだけでなく、心が少し外の空気を吸えるようになるのである。これは罪悪感を扱ううえで重要である。罪悪感に沈み込みすぎると、人は自分を罰し続ける。けれど、早すぎる明るさは受け取れない。モーツァルトの透明さは、その中間にある。重さを否定せず、しかし重さだけに閉じ込めない。
ここで一つ、モーツァルトを使った短いワークを提案したい。396Hz音源を3分聴く。そのあと《アヴェ・ヴェルム・コルプス》を聴く。聴き終えたら、紙に三つの文を書く。「私は何を責めているのか」「それは本当に私だけの責任なのか」「今の私に必要な言葉は何か」。この三つの問いは、罪悪感を消すためではなく、罪悪感を自己攻撃から切り離すためにある。モーツァルトの音楽を聴きながら、無理に許そうとしなくてよい。ただ、心の中に少しだけ透明な場所があるかどうかを感じる。それだけで十分である。
第10章 ベートーヴェン──恐れを突破する音楽ではなく、恐れと共に立つ音楽
ベートーヴェンの音楽は、癒しという言葉だけでは収まりきらない。ベートーヴェンには、葛藤、怒り、孤独、運命への抵抗、病、沈黙、祈り、歓喜がある。したがって、メンタルヘルスの記事でベートーヴェンを扱うときには、慎重さが必要である。ベートーヴェンを単純に「元気が出る音楽」として紹介すると、その深さを見失う。ベートーヴェンの音楽は、必ずしも心をすぐに穏やかにするわけではない。むしろ、心の奥にある葛藤を呼び起こすこともある。しかし、それこそがベートーヴェンの重要性である。恐れを消すのではなく、恐れと共に立つ音楽。それが、396Hzのテーマと結びつく。
396Hzが「恐れをほどく音」であるなら、ベートーヴェンは「恐れを抱えたまま歩く音楽」である。不安や罪悪感を抱える人にとって、必要なのは必ずしも穏やかさだけではない。時には、苦しみを引き受ける力が必要になる。自分の中に怒りがあることを認める力。悲しみがあることを否認しない力。どうにもならない状況の中でも、なお一歩を踏み出す力。ベートーヴェンは、そのような力を音楽の中に持っている。ただし、強い曲を無理に聴く必要はない。ここでは、激しい作品ではなく、内省と祈りを含む作品を中心に取り上げる。
《ピアノ・ソナタ第14番「月光」》第1楽章は、不安な夜と相性が深い作品である。この曲は、一般にはロマンティックな名曲として親しまれているが、メンタルヘルスの観点から聴くと、単なる美しい夜想曲ではない。左手の反復、静かな三連符、暗い調性、ゆっくりした歩みは、夜の思考の反芻に似ている。けれど、その反芻は完全な混乱ではない。音楽は静かに進む。暗いが、崩れてはいない。これは、眠れない夜の不安にとって大切な感覚である。不安がある。暗さがある。しかし、音楽はそこに形を与える。
鑑賞リンク:Beethoven – Moonlight Sonata, 1st Movement
https://www.youtube.com/watch?v=4Tr0otuiQuU
ベートーヴェンで最も重要な作品の一つは、《弦楽四重奏曲第15番》作品132の第3楽章である。この楽章には「病から癒えた者の神への聖なる感謝の歌」という意味を持つ言葉が付されている。ここには、苦しみを抜けた後の静けさがある。ただし、それは単純な回復の歓喜ではない。病を知った人間の祈りであり、弱さを通過した後の感謝である。この音楽は、恐れを否定しない。身体の弱さを否定しない。死や病や孤独を知らなかったふりもしない。そのうえで、静かな光へ向かう。
鑑賞リンク:Danish String Quartet plays Beethoven String Quartet No. 15 in A minor, Op. 132, 3rd movement
https://www.youtube.com/watch?v=gumi5pEpOaA
この作品を396Hz的に聴くなら、まず低いドローン音で身体を落ち着け、そのあと第3楽章を聴くとよい。聴くときには、「回復したい」「元気になりたい」と強く願いすぎない。むしろ、「自分の中にまだ弱さがあることを許せるか」を感じながら聴く。ベートーヴェンの後期作品は、元気のない人を無理に立ち上がらせる音楽ではない。膝をついている人の横に座り、立ち上がる準備ができるまで共にいる音楽である。これは396Hzの思想に近い。恐れを追い払うのではなく、恐れを抱える自分を見捨てない。傷を恥じるのではなく、傷を持つ身体のまま、静かに息をする。
ベートーヴェンは、396Hzの連載において、癒しの厳しさを教えてくれる作曲家である。癒しは、いつも柔らかいとは限らない。癒しには、自分の現実を見る勇気が含まれる。失ったものを失ったものとして認めること。できなかったことをできなかったこととして認めること。身体が弱ること、心が折れること、人生が思い通りにならないことを見つめること。そして、それでもなお、自分を完全には見捨てないこと。ベートーヴェンの音楽は、この厳しい優しさを持っている。
第11章 ショパン、ドビュッシー、サティ──夜の不安をほどくピアノ音楽
夜になると、不安が強くなる人は多い。日中は仕事、家事、人間関係、移動、情報処理に追われているため、心の奥にある不安に気づきにくい。しかし夜になると、外界の刺激が減る。部屋が静かになる。スマートフォンを閉じた後、急に自分の内側の声が大きくなる。あの時の失敗、明日の予定、将来への不安、誰にも言えない孤独、取り返しのつかない後悔が、静けさの中で立ち上がってくる。こういう夜に必要なのは、元気な音楽ではない。正論でもない。心を急がせず、暗さを暗さのまま包む音楽である。
ショパン《ノクターン第2番》は、夜の不安を扱ううえで非常に親しみやすい作品である。甘美で美しい曲として知られているが、その美しさは単なる明るさではない。旋律には装飾があり、揺らぎがあり、ためらいがある。夜に一人で考え込む心の動きに近い。396Hz的な聴き方をするなら、この曲を「癒しの名曲」として聴くよりも、「心の揺れを安全に感じる曲」として聴くとよい。不安な心は、まっすぐ進めない。何度も立ち止まり、戻り、ためらう。ショパンの旋律は、そのためらいを美しいものとして響かせる。
鑑賞リンク:Chopin – Nocturne Op. 9 No. 2
https://www.youtube.com/watch?v=9E6b3swbnWg
ドビュッシー《月の光》は、夜の不安に別の質を与える。ショパンが心の内側の歌だとすれば、ドビュッシーは外の光と影である。《月の光》には、輪郭の曖昧さがある。はっきりした結論へ向かわない。和声は柔らかく移ろい、音は水面の反射のように揺れる。不安な人は、しばしば白黒をつけようとする。「大丈夫なのか、だめなのか」「成功するのか、失敗するのか」「愛されているのか、見捨てられるのか」。しかし、心の回復には、曖昧さに耐える力も必要である。ドビュッシーは、その曖昧さを美しいものとして聴かせてくれる。
鑑賞リンク:Debussy: Clair de lune | Menahem Pressler, piano
https://www.youtube.com/watch?v=-Bxpm0EmOMU
サティ《ジムノペディ第1番》は、夜の不安に対して、さらに静かな選択肢を与える。この曲は、劇的に盛り上がらない。深刻な告白もしない。過度な慰めもしない。ただ、ゆっくりと歩く。少し寂しい。けれど、冷たくはない。396Hz的に聴くなら、サティは「何もしないことを許す音楽」である。不安な人は、眠れない自分を責める。落ち着けない自分を責める。前向きになれない自分を責める。しかし、サティの音楽は、何かになろうとしない。感情を解決しようとしない。そのまま漂う。この「解決しない優しさ」が、夜のメンタルヘルスには重要である。
鑑賞リンク:Satie – Gymnopédie No. 1
https://www.youtube.com/watch?v=2WfaotSK3mI
ショパン、ドビュッシー、サティを夜に聴くときの注意点もある。夜の音楽は、時に感情を深く動かす。美しい音楽が、かえって孤独感を強めることもある。過去の恋愛、喪失、家族、死別、失敗を思い出すこともある。その場合は、無理に聴き続けない。音楽は、つらさに耐えるための修行ではない。途中で止めてよい。照明を少し明るくしてよい。水を飲んでよい。別の軽い音楽に変えてよい。沈黙を選んでもよい。セルフケアにおいて最も大切なのは、自分に合わない刺激から離れる自由である。
夜の396Hz的リスニングとしては、次の順番がよい。まず396Hzを3分だけ聴く。次にサティを聴く。まだ心がざわつく場合は、ドビュッシーへ移る。少し感情を流したい場合は、ショパンを聴く。眠れない夜に重要なのは、眠ることを成果にしすぎないことである。「この音楽を聴いたのに眠れなかった」と考えると、それ自体が新しい不安になる。音楽は睡眠薬ではない。音楽は、眠れない自分を責めないための環境である。身体を横たえ、呼吸を少しだけ感じ、音の流れに注意を預ける。それだけで、夜の苦しみは少し形を変えることがある。
第12章 アルヴォ・ペルトと現代の祈り──沈黙に近い音楽が心を整える
アルヴォ・ペルトの音楽は、396Hzの連載において特別な意味を持つ。ペルトの音楽は、音数が少ない。沈黙が大きい。反復がある。過度な説明をしない。現代社会では、私たちは多くの音に囲まれている。通知音、会話、広告、ニュース、SNS、動画、交通音、職場の雑音、頭の中の自己批判。心が疲れている人の内側には、すでに音が多すぎる。そこにさらに情報量の多い音楽を重ねると、かえって疲れることがある。ペルトの音楽は、その逆を行く。少ない音によって、過剰な内的雑音を浮かび上がらせ、そして静かに遠ざける。
《Spiegel im Spiegel》は、その代表的な作品である。タイトルは「鏡の中の鏡」を意味する。ピアノの単純な分散音型と、弦楽器のゆっくりした旋律が続く。音楽はほとんど動かないように感じられる。けれど、少しずつ進んでいる。これは瞑想に近い。396Hzの低い持続音が身体を下へ戻すとすれば、《Spiegel im Spiegel》は、戻った身体の中に静かな鏡を置く。そこに映るのは、理想化された自分ではない。疲れている自分、不安な自分、責めている自分、何もできない自分である。しかし、その姿を裁かずに見つめる空間が生まれる。
鑑賞リンク:Arvo Pärt – Spiegel im Spiegel
https://www.youtube.com/watch?v=TJ6Mzvh3XCc
公式チャンネル系の演奏を使いたい場合の参考リンク:Renaud Capuçon plays Arvo Pärt: Spiegel im Spiegel / Warner Classics
https://www.youtube.com/watch?v=n37bNmVggtU
ペルトの音楽を聴くときは、音そのものだけでなく、音と音の間を聴くことが大切である。私たちは、音が鳴っている部分に注意を向けがちである。しかし、ペルトでは沈黙が音楽の一部である。これはメンタルヘルスにおいて非常に示唆的である。心の回復にも、沈黙が必要である。何かを考え続けること、何かを説明し続けること、何かを改善し続けることから離れる時間が必要である。396Hzを聴く実践も同じである。音を鳴らし続けるだけでなく、音を止めた後の余韻を感じることが重要である。音が消えた後に、自分の呼吸がどうなっているか。身体の緊張がどう変わったか。心の中にどのような静けさ、あるいはざわつきが残っているか。それを観察する。
ペルトの《Fratres》も、内省と祈りの音楽として重要である。《Spiegel im Spiegel》よりもやや緊張感があり、深い精神性を持つ作品である。心が非常に疲れているときには《Spiegel im Spiegel》のほうが入りやすいが、少し内的な強さが戻ってきたときには《Fratres》もよい。396Hz的な聴き方では、ペルトの音楽は「何かを解決する音楽」ではなく、「解決できないものを抱えて沈黙する音楽」である。これが、現代人には必要である。私たちは、すべてを言語化し、分析し、処理し、解決しようとしすぎている。しかし、心の深い痛みの中には、すぐには解決できないものがある。ただ共にいるしかないものがある。ペルトは、その「共にいる」時間を音楽にする。
鑑賞リンク:Arvo Pärt – Fratres
https://www.youtube.com/watch?v=7vdgZAJVnes
第3回の最後に、クラシック音楽を396Hz的に聴くための基本原則を整理しておきたい。第一に、396Hzとクラシック音楽を混同しないことである。クラシック作品が396Hzで作られたと決めつけない。第二に、396Hzを準備音として使うことである。数分だけ低い音を聴き、身体の重心を感じてからクラシック音楽へ移る。第三に、曲を「効能」で選びすぎないことである。バッハは不安に効く、モーツァルトは罪悪感に効く、サティは眠れる、と単純化しない。あくまで、自分の状態に合わせて聴く。第四に、聴いてつらくなったら止めることである。音楽は自由でなければならない。第五に、聴いた後に一言だけ記録することである。「落ち着いた」「重かった」「涙が出た」「何も変わらなかった」「胸が少し開いた」。この記録が、自分に合う音楽を見つける手がかりになる。
第3回の実践ワーク 396Hzからクラシック音楽へ移る30分リスニング
第3回の実践として、30分のリスニングを提案する。最初の3分は396Hzの純音またはドローンを聴く。音量は小さくする。次の2分は無音にする。身体に残る余韻を感じる。その後、バッハ《G線上のアリア》または《無伴奏チェロ組曲第1番》プレリュードを聴く。ここで、低音の安定と呼吸の変化を観察する。次に、モーツァルト《アヴェ・ヴェルム・コルプス》または《クラリネット協奏曲》第2楽章を聴く。ここでは、心の透明度、罪悪感の重さ、胸の感覚に注意する。最後に、サティ《ジムノペディ第1番》またはペルト《Spiegel im Spiegel》を聴く。音が少なくなったとき、自分の内側に何が残るかを感じる。終わったら、紙に一文だけ書く。「今日の私に合っていた音は何だったか」。この一文が、音楽を自分のセルフケアに変える第一歩である。
次回予告
次回、第4回では「396Hzと世界の音文化──欧米・アジア・日本に広がる音の癒しとメンタルヘルス」を扱う。396Hzは、現代のソルフェジオ周波数や瞑想音楽の文脈で語られることが多い。しかし、人類は古くから、低く持続する音、反復するリズム、祈りの声、鐘の余韻、沈黙、自然音によって心身を整えてきた。欧米の音楽療法とサウンドヒーリング、インドのドローンとラーガ、韓国や東南アジアの音文化、日本の声明、尺八、梵鐘、虫の音、間の感性を比較しながら、396Hzをより広い音文化の中に位置づけていく。
参考文献・関連資料
American Music Therapy Association. What is Music Therapy?
音楽療法を、専門的な治療関係の中で用いられる臨床的・エビデンスに基づく音楽介入として定義している。
https://www.musictherapy.org/about/musictherapy/
Music therapy for patients with depression: systematic review.
うつ病に対する音楽療法の効果を検討したシステマティックレビューである。
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12451534/
Music therapy for the treatment of anxiety: a systematic review with multilevel meta-analyses.
不安に対する音楽療法の効果を検討したレビューである。
https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC12179724/
Akimoto, K., Hu, A., Yamaguchi, T., & Kobayashi, H. Effect of 528 Hz Music on the Endocrine System and Autonomic Nervous System.
528Hz音楽と440Hz音楽の比較を行った小規模研究であり、周波数と自律神経・気分状態の関係を考えるうえで参考になる。
https://www.scirp.org/html/2-8204397_87146.htm
鑑賞リンク:396 Hz – Pure Frequency
396Hzを単音として体験するための導入音源として使用できる。
https://www.youtube.com/watch?v=t7cg30hiVkE
鑑賞リンク:J.S.バッハ《G線上のアリア》Voices of Music版
低音の安定、旋律の持続、和声の秩序を体験するためのクラシック音楽として紹介した。
https://www.youtube.com/watch?v=pzlw6fUux4o
鑑賞リンク:Yo-Yo Ma – Bach: Cello Suite No. 1 in G Major, Prélude / Official Video
独奏チェロの低音、反復、身体性を感じるための演奏として紹介した。
https://www.youtube.com/watch?v=1prweT95Mo0
鑑賞リンク:Mozart Clarinet Concerto in A major, K. 622 – II. Adagio
透明感、柔らかさ、罪悪感から距離を取る音楽として紹介した。
https://www.youtube.com/watch?v=52ohZSj8OGo
鑑賞リンク:Mozart: Ave verum | The Choir of King’s College, Cambridge
祈り、赦し、合唱の静けさを感じる音楽として紹介した。
https://www.youtube.com/watch?v=pscsAvGjQI0
鑑賞リンク:Beethoven – Moonlight Sonata, 1st Movement
夜の不安、反復する思考、暗さの中の秩序を考える音楽として紹介した。
https://www.youtube.com/watch?v=4Tr0otuiQuU
鑑賞リンク:Danish String Quartet plays Beethoven String Quartet No. 15 in A minor, Op. 132, 3rd movement
病からの回復、祈り、感謝、弱さと共に立つ音楽として紹介した。
https://www.youtube.com/watch?v=gumi5pEpOaA
鑑賞リンク:Chopin – Nocturne Op. 9 No. 2
夜の不安、心の揺れ、内省のためのピアノ音楽として紹介した。
https://www.youtube.com/watch?v=9E6b3swbnWg
鑑賞リンク:Debussy: Clair de lune | Menahem Pressler, piano
曖昧さ、月光、夜の感情を受け止める音楽として紹介した。
https://www.youtube.com/watch?v=-Bxpm0EmOMU
鑑賞リンク:Satie – Gymnopédie No. 1
眠れない夜、静かな内省、解決しない優しさを持つ音楽として紹介した。
https://www.youtube.com/watch?v=2WfaotSK3mI
鑑賞リンク:Arvo Pärt – Spiegel im Spiegel
沈黙、反復、余白、祈りの感覚を体験するための作品として紹介した。
https://www.youtube.com/watch?v=TJ6Mzvh3XCc
参考リンク:Renaud Capuçon plays Arvo Pärt: Spiegel im Spiegel / Warner Classics
公式チャンネル系の演奏を使いたい場合の代替候補である。
https://www.youtube.com/watch?v=n37bNmVggtU
鑑賞リンク:Arvo Pärt – Fratres
内省、緊張、祈り、沈黙と共にいる音楽として紹介した。
https://www.youtube.com/watch?v=7vdgZAJVnes
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投稿者プロフィール

- 市村 修一
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【略 歴】
茨城県生まれ。
明治大学政治経済学部卒業。日米欧の企業、主に外資系企業でCFO、代表取締役社長を経験し、経営全般、経営戦略策定、人事、組織開発に深く関わる。その経験を活かし、激動の時代に卓越した人財の育成、組織開発の必要性が急務と痛感し独立。「挑戦・創造・変革」をキーワードに、日本企業、外資系企業と、幅広く人財・組織開発コンサルタントとして、特に、上級管理職育成、経営戦略策定、組織開発などの分野で研修、コンサルティング、講演活動等で活躍を経て、世界の人々のこころの支援を多言語多文化で行うグローバルスタートアップとして事業展開を目指す決意をする。
【背景】
2005年11月、 約10年連れ添った最愛の妻をがんで5年間の闘病の後亡くす。
翌年、伴侶との死別自助グループ「Good Grief Network」を共同設立。個別・グループ・グリーフカウンセリングを行う。映像を使用した自助カウンセリングを取り入れる。大きな成果を残し、それぞれの死別体験者は、新たな人生を歩み出す。
長年実践研究を妻とともにしてきた「いきるとは?」「人間学」「メンタルレジリエンス」「メンタルヘルス」「グリーフケア」をさらに学際的に実践研究を推し進め、多数の素晴らしい成果が生まれてきた。私自身がグローバルビジネスの世界で様々な体験をする中で思いを強くした社会課題解決の人生を賭ける決意をする。
株式会社レジクスレイ(Resixley Incorporated)を設立、創業者兼CEO
事業成長アクセラレーター
【専門領域】
・レジリエンス(精神的回復力) ・グリーフケア ・異文化理解 ・グローバル人財育成
・東洋哲学・思想(人間学、経営哲学、経営戦略) ・組織文化・風土改革 ・人材・組織開発、キャリア開発
・イノベーション・グローバル・エコシステム形成支援
【主な著書/論文/プレス発表】
「グローバルビジネスパーソンのためのメンタルヘルスガイド」kindle版
「喪失の先にある共感: 異文化と紡ぐ癒しの物語」kindle版
「実践!情報・メディアリテラシー: Essential Skills for the Global Era」kindle版
「こころと共感の力: つながる時代を前向きに生きる知恵」kindle版
「未来を拓く英語習得革命: AIと異文化理解の新たな挑戦」kindle版
「グローバルビジネス成功の第一歩: 基礎から実践まで」Kindle版
「仕事と脳力開発-挫折また挫折そして希望へ-」(城野経済研究所)
「英語教育と脳力開発-受験直前一ヶ月前の戦略・戦術」(城野経済研究所)
「国際派就職ガイド」(三修社)
「セミナーニュース(私立幼稚園を支援する)」(日本経営教育研究所)
【主な研修実績】
・グローバルビジネスコミュニケーションスキルアップ ・リーダーシップ ・コーチング
・ファシリテーション ・ディベート ・プレゼンテーション ・問題解決
・グローバルキャリアモデル構築と実践 ・キャリア・デザインセミナー
・創造性開発 ・情報収集分析 ・プロジェクトマネジメント研修他
※上記、いずれもファシリテーション型ワークショップを基本に実施
【主なコンサルティング実績】
年次経営計画の作成。コスト削減計画作成・実施。適正在庫水準のコントロール・指導を遂行。人事総務部門では、インセンティブプログラムの開発・実施、人事評価システムの考案。リストラクチャリングの実施。サプライチェーン部門では、そのプロセス及びコスト構造の改善。ERPの導入に際しては、プロジェクトリーダーを務め、導入期限内にその導入。組織全般の企業風土・文化の改革を行う。
【主な講演実績】
産業構造変革時代に求められる人材
外資系企業で働くということ
外資系企業へのアプローチ
異文化理解力
経営の志
商いは感動だ!
品質は、タダで手に入る
利益は、タダで手に入る
共生の時代を創る-点から面へ、そして主流へ
幸せのコミュニケーション
古典に学ぶ人生
古典に学ぶ経営
論語と経営
論語と人生
安岡正篤先生から学んだこと
素読のすすめ
経営の突破口は儒学にあり
実践行動学として儒学に学ぶ!~今ここに美しく生きるために~
何のためにいきるのか~一人の女性の死を見つめて~
縁により縁に生きる
縁に生かされて~人は生きているのではなく生かされているのだ!~
看取ることによって手渡されるいのちのバトン
など

